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国際紛争に関する研究、北アイルランド紛争 #05、コミュニティーの分断と融和

北アイルランド紛争は1994年、IRAによる1度目の停戦宣言を機に和解に向けて大きく動き出しました。ここでは、どのような和解や更なる紛争を防ぐための方策がとられていったのかを「暴力と和解の間」を元に研究してみました。

①物理的な距離の発生

北アイルランドでは、カトリック・プロテスタントのお互いが実際のところ「和解」したのではなく、対立を防ぐためにお互いが物理的な距離をとったため目に見える紛争は減ったという事情もある。
例えばデリー市では河を挟んだ町の西区・東区にそれぞれカトリック・プロテスタントの人口が集中している。西区の人口の9割がカトリックであり、デリー市では特にプロテスタントが東区に移り住んだ事例が多い。

また北アイルランド全体でも、プロテスタント・ロイヤリストがイギリス本土へ移住する件数が増えてきている。北アイルランドの大多数の人々が望んでいるのは「和解」という言葉から想像されるようなコミュニティー間の融和よりも、まずは物理的に思想・信条が異なる人々が接触しないことで保たれる過渡的な平和であると言える。

ベルファストの北アイルランド議会。議会ではリパブリカン党であるシン・フェイン、ユニオニスト党である民主ユニオニスト党が拮抗している

②異なるコミュニティーを繋ぐ試み

北アイルランドではIRA・アルスター防衛協会といった過激派によりカトリック・プロテスタントの分断が強まる一方、それらを接触・対話させようという試みも1970年台から存在した。こうした異なるコミュニティーを繋ぐ試みを拡大するのに大きな役割を果たしたのが、北アイルランド専門の登録チャリティー団体「コミュニティー関係協議会」(CRC)である。CRCは北アイルランドにおけるカトリック・プロテスタントの融和、そして文化的多様性の承認を促進することを目的としている。
北アイルランドのカトリック・プロテスタント教会団体、紛争犠牲者の遺族組織、ボーイ・ガールスカウトといった団体の多くはCRCによる援助を受けている。

CRCの公式サイト。「平等、多様性、相互扶助」という社会的価値を掲げている

CRCが援助する北アイルランド紛争関連事業の中では、特に紛争犠牲者の家族に対する支援・相互扶助の活動が積極的に行われている。また経済的・社会的な支援だけでなく、個々の暴力の犠牲者の情報や物語を発信するという姿勢も重視している。

西ベルファストの犠牲者支援団体「HAVEN」は安全かつ一方的な価値判断をされることのない環境で自らの経験・他の人の体験を共有する、という方法でカトリック・プロテスタントの紛争犠牲者の対話を試みている。

犠牲者団体「Seed of Hope」は元アルスター防衛協会・元IRAの服役囚からなるプロジェクトで、個々のメンバーが自らの意思で暴力に関わるようになった過程を語っている。彼らの発信する個々の物語は、暴力を生み出し継続させてきた社会に特有の社会的・経済的な構造要因を分析するのに有益な情報となっている。

北アイルランド紛争は、これから世界各国の紛争や政治的分断を防ぐのに有益な1事例となった。極めて大雑把に要約すると、深刻な戦争や紛争はこのような段階を経て解決・融和することができる、と言える。

異なるアイデンティティーをもつもの同士が直接的な暴力・対立に及ぶことがないよう、まず物理的な距離・お互いの安全地帯を確保する
安全、かつ一方的な価値判断が行われない環境で異なるコミュニティーを融和する活動を再開する


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