目指せ!ES#006:最低限知っておきたい交流の話
2024/09/29 わかりやすくするため,一部改訂を行いました
心の交流も電気の交流も,なかなかに難しい
どれほど仲良しの人でも別々の人間である以上,脳内の考え方も違えば言葉の受け取り方も違います.その結果思わぬ抵抗や反発を招いたり,逆に言葉が届かずスルーされてしまったり,心の交流と言うのはなかなか難しいものです.
我々がここで学んでいるんのは電気電子なので,本稿で扱う交流というのは「心の交流」ではなくて「電気の交流」ですが,これもまた思わぬところで抵抗が生まれたりすり抜けが生じたり…と面倒なことになります.
エンベデッドシステムスペシャリスト試験を受けるためには交流の知識はあまりいりませんが,とはいえ多少は知っておいた方がいい内容ではあります.本稿では交流の知識を可能な限り最小限にまとめて学びます.さらに次回の記事ではその応用として「フィルタ回路」も学びます.
最低限知っておくべき「交流」の知識
交流とは,フーテンの寅さんである
いきなり引用したのはご存知の方も多いであろう「男はつらいよ」の名セリフ.なぜ急にこのセリフを持ってきたかというと,交流(電圧・電流)というのは,このフーテンの寅さんのようなもの・・・だからです.
上に,「交流」とその真反対である「直流」について整理して比較する図を示します.「直流」は時間が経過しても値が変化しない,すなわち一定の電圧(または電流)を維持するものです.まるで柴又に根を下ろし生活を営む寅さんの妹「さくら」やその家族のよう.
一方「交流」は時間経過に伴って電圧・電流が変化します(広義の交流の定義)どこかに行ってはまた柴又に戻り,気づけばまたどこかへ旅立っていく,「フーテンの寅さん」的な存在です.
この広義の交流の定義だと,一定間隔で繰り返すものとそうでないものが混在します.実用的には前者の方が使い勝手が良いので狭義の「交流」は「一定間隔で繰り返すもの」だけを指します.繰り返さないものは「ノイズ(※)」と呼ばれます.
※ ノイズも全く役に立たないわけではなく,積極的に活用する場合もあります.完全にランダムなノイズは「ホワイトノイズ」と呼ばれ,低域から広域までの周波数帯域成分を幅広く一定に持っていることが特徴です.周波数帯域成分に偏りを持たせたノイズは「カラードノイズ」といい,「ピンクノイズ」「ブラウニアンノイズ」など特別な名前の付いたノイズも存在します.
さらに最も狭義の「交流」は,0を超えてプラスとマイナスを行き来するものだけを指します.単に「交流」といった場合は,この定義の意味で使われる場合が多いです.時間変動があって一定間隔で繰り返すもが,0を超えないものは「脈流」といって区別します.
交流のフーテン具合は周波数で表す
狭義の「交流」は「一定間隔で繰り返すもの」と言いました.この繰り返す間隔を示す時間を専門用語では「周期」といい,単位は[s](秒)です.
1秒間に同じ波形が何回繰り返されるかを専門用語では「周波数」といいます.単位は[1/s](秒の逆数)ですが,通常はこれを[Hz](ヘルツ)という単位で表します.
周期Tと周波数fは同じことを表しており,以下の関係式で換算できます.
$$
f\mathrm{[Hz]}=\frac{1}{T\mathrm{[s]}}
$$
周波数が低い(周期が長い)と電圧の変化は穏やかになります.周波数をどんどん下げていき,極端に下げていって最終的に周波数が0[Hz]になると,それは「直流」とみなせます.周波数が高い(周期が短い)ほど,電圧は激しく(1秒間になんども)変化します.
フーテンさんには思わぬ抵抗勢力も?インピーダンスの不思議
直流の「電圧」「電流」「抵抗」の関係(=オームの法則)については,別記事「目指せ!ES#003:オームの法則/ジュールの法則」で説明しました.オームの法則は以下の式で表せます.
$$
I=\frac{E}{R}
$$
「抵抗」の意味にはいろいろな解釈ができるのですが,電圧Eを一定として抵抗Rを大きくしたり小さくしたりすることを考えます.抵抗Rが小さくなればなるほど電流Iは大きくなる,つまり一気に大量の電子が流れるようになります(抵抗が0になると電流は無限大に近づいていきます…短絡とかショートと呼ばれる状態です).逆に抵抗Rが大きければ大きいほど電流は小さく(電子の流れが少なく)なります.つまり抵抗は「電源のマイナス端子から飛び出してくる電子をほどほどにせき止めて電子の流れを制限する働き」と解釈できます.
抵抗Rというのは,直流回路において電子の流れを制限する唯一の成分なのですが,交流回路では電流の流れを制限する成分が抵抗だけではなくなってしまうのです.直流だけではなく交流も加味して「電子をほどほどにせき止めて電子の流れを制限する働き」を表現する値がインピーダンスです.
説明をわかりやすくする2つの言葉
以下本稿では,説明をわかりやすくするために2つの独自用語を使おうと思います.これは私が独自に名付けているもので,一般的な用語ではないことに注意して下さい.独自用語であることを強調するため《》で囲って表示することにします.
《究極の交流》
交流の周波数を色々に変化させる極端な事例として,周波数がゼロ(周期が無限大)まで下げると,それは「直流」とみなせると説明しました.
では反対方向に極端な事例として,周波数をどんどん上げて,周波数が無限大(周期がゼロ)という状態を考えます.そのような状況は現実にはあり得ないのですが,説明のためにそのような状態があると仮定して《究極の交流》と呼ぶことにします.これを考えるとこの後学ぶインピーダンスがぐっとわかりやすくなります.
《抵抗効果》
抵抗は「電源のマイナス端子から飛び出してくる電子をほどほどにせき止めて電子の流れを制限する働き」と説明しました.
直流の場合はこの働きを持つのは「抵抗」だけでしたが,交流では抵抗以外にもこの働きを持つ要素が存在します.そこでこの「電源のマイナス端子から飛び出してくる電子をほどほどにせき止めて電子の流れを制限する効果」を《抵抗効果》という表現で表すことにします.
インピーダンスを構成する3つの部品
最初にまとめ
本稿で説明したいインピーダンスの説明は,下の図1枚に集約されます.
この図の意味について,詳しく説明していきます.
抵抗(レジスタンス)
回路部品としての「抵抗(器)」は,抵抗体と呼ばれる,電流を通しにくい物質(炭素やニクロムなど)を一定の大きさや形に成型することで作られます.直流でも交流でも《抵抗効果》を持ち,周波数に関係なく一定の《抵抗効果》を持つことが特徴です.
コンデンサまたはキャパシタ(キャパシタンス)
コンデンサ(英語ではキャパシタという)の基本構造は,平板状の端子2枚を向かい合わせにして,誘電体と呼ばれる素材をサンドイッチしたものです(並行平板コンデンサ).
誘電体には電気を通さない素材(セラミック・油・空気など)が使用されます.そのため,直流電圧を加えてもコンデンサの中を電子が通り抜けることができません(=直流電流は通らない).その代わり,片方に負電荷(電子)が溜まり,反対側には正電荷が溜まったままの状態になります(直流電圧を加えると,コンデンサは電荷を貯める役割をする).
どれくらいの量の電荷を貯められるかはコンデンサの特性を表す重要な値で,静電容量といいます.単位は[F](ファラッド)です.
交流電圧の場合,電圧は一定ではなく常に変化します.電圧がプラス~ゼロ~マイナスと変化するにしたがって,コンデンサにたまる電荷の状態も変化します.そのため,コンデンサの中を直接電子が通過するわけではないのですが,電圧の変化が伝わるため,まるで電流が通っているかのように見えます(ただし±は入れ替わる)
以上の特性から,コンデンサは直流(周波数f=0)の時には電流を流さず(《抵抗効果》無限大),交流(周波数f>0)で徐々に電流が流れ始めます.周波数が高くなればなるほど大電流が流れるようになり(すなわち《抵抗効果》が減ってくる),《究極の交流》では電流が一切制限されない《抵抗効果》ゼロの状態になります.
コイルまたはインダクタ(インダクタンス)
コイル(英語ではインダクタという)の基本構造は,電線(一般には銅やアルミなど)を円筒状に巻いたものです.芯の部分は何もない(=空気)の場合もあれば,フェライトなどの磁気を通しやすい素材が入っていることもあります.
小学校などでコイルを「電磁石」として使う実験をした人は多いと思います.円筒コイルに電流を流すと,アンペールの法則に従って電流の周囲に磁力が生まれます.円筒コイルは隣同士の線が作る磁力が互いに強め合って一体になることで,全体が一つの棒磁石のようにふるまう性質があります.これは見方を変えれば電流のエネルギーが一部磁力に変換され,しかもコイルの周囲にある程度留まっている状態です.つまり電流のエネルギーが磁力という形で蓄積されている状態です.
コイルに流した電流に対し,どれだけの強さの磁力(より正しくは磁束)が生まれるかを表す係数がコイルの特性を表す重要な値で,インダクタンスといいます.単位は[H](ヘンリー)です.
コイルは円筒状に巻かれているだけの「電線」であって,コイルに直流電流を流しても電流は邪魔されずに流れます(抵抗値ゼロ相当).
コイルに直流電圧を加えると周囲に磁力を産み出しますが,電流には何ら影響を与えません.らせん状に巻かれているとはいえ単なる「電線」ですので,電流が一切制限されない《抵抗効果》ゼロの状態です.
交流電圧の場合は電圧は一定ではなく常に変化します.すると電圧が高くなる(≒電流が増える)と,新たな磁力を産むためにエネルギーを消費します.逆に電圧が下がる(≒電流が減る)と,周囲に磁力として蓄えられたエネルギーが電流として戻ってきます.つまりコイルの周囲にある磁力は「電流の変化を妨げる」働き…すなわち《抵抗効果》を産み出します.《抵抗効果》は周波数が高くなるにつれて強くなり,《究極の交流》では電流を流さない(《抵抗効果》無限大)状態になります.
インピーダンスのまとめ
以上3つの交流における《抵抗効果》の源,すなわち「抵抗」「キャパシタンス」「インダクタンス」を合成(統合)して一つの値としてとらえたものが「インピーダンス」です.
なお,本来「インピーダンス」について考えるときは,電圧と電流のずれ(位相差という)もあわせて理解する必要がありますが,難しい話になるので本稿では思い切って割愛します.
まとめとして,インピーダンスの説明図をもう一度載せておきましょう.
執筆者
N.Y.City(山口直彦)
工学院大学学生職員、組み込みエンジニア、専門学校HAL東京(先端ロボット開発学科)教員を経て、現在東京国際工科専門職大学(情報工学科)助手。プログラムや電子回路、産業用ロボット教育等に従事。その他、音楽情報科学研究、文筆業、ラノベ研究や発達障害者支援、写真等も。
主要著書
『コンピュータの動くしくみ(電子書籍再刊)』(秀和システム,2019年)
『小説の生存戦略 ライトノベル・メディア・ジェンダー』(青弓社,2020年)
Web連載「イメージでしっかりつかむ信号処理」(APS-WEB,2023~)
より詳細なプロフィールはWeb(N.Y.Cityのまちかど)へ。
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