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夏川草介 始まりの木 読書感想

初版 2020年9月 小学館

『神様のカルテ』著者、新たなステージへ!
「少しばかり不思議な話を書きました。
木と森と、空と大地と、ヒトの心の物語です」
--夏川草介

第一話 寄り道【主な舞台 青森県弘前市、嶽温泉、岩木山】
第二話 七色【主な舞台 京都府京都市(岩倉、鞍馬)、叡山電車】
第三話 始まりの木【主な舞台 長野県松本市、伊那谷】
第四話 同行二人【主な舞台 高知県宿毛市】
第五話 灯火【主な舞台 東京都文京区】

 藤崎千佳は、東京にある国立東々大学の学生である。所属は文学部で、専攻は民俗学。指導教官である古屋神寺郎は、足が悪いことをものともせず日本国中にフィールドワークへ出かける、偏屈で優秀な民俗学者だ。古屋は北から南へ練り歩くフィールドワークを通して、“現代日本人の失ったもの"を藤崎に問いかけてゆく。学問と旅をめぐる、不思議な冒険が、始まる。
“藤崎、旅の準備をしたまえ"

(小学館公式サイトより)

足と口の悪いツンデレ民俗学准教授、古屋神寺郎。
ほとんどカバン持ち扱いで、日本全国あちこち連れまわされる大学院生、藤崎千佳。
物語は二人の軽妙な掛け合いと共に、凸凹珍道中然として進行していく。
序盤、ラノベチックな二人の会話がいささか気になるが・・・。
古屋が時折繰り出す深みのある言葉の数々に、
あっという間に惹き込まれていく。
藤崎もそんな古屋の言葉が聞きたいから、なんやかんや言いながらも
カバン持ちを楽しんでいる節がある。
藤崎千佳が、就職になんの利にもならない、なんの華もない「民俗学」
なんてものを専攻したのは
高校生の頃に読んだ柳田國男「遠野物語」に感動したことから、
なんとなく覗いた民俗学の講義で、古屋の話を聞いたのがきっかけだった。

「我々は、ただ単純に古書の中から干からびた知識や、失われた風俗や慣習を記録しているわけではない。未来のために過去を調べる。それが民俗学である」

何の利もない。なんの華もない学問を学ぶ意味とは・・・。
目に見えるものだけではない何か。
必要かどうかではない何か。
世の中には人の英知が及ばない事がまだまだたくさん存在する。
忘れ去られつつある自然信仰。
自然信仰とは別に特定の宗教の話ではない・・。
大いなる自然への畏敬から人の心の在り様を想う。
先人たちの知恵。
医師でもある著者の、死生観。
そんなことが一見ラノベチックな二人の旅の物語から垣間見えてくる。

「始まりの木」とは長野県伊那谷の氏神として祭られている樹齢400年の御神木。
滅びゆく日本の神の最後の痕跡から古屋の民俗学の旅は始まった。

不要不急の外出を控え。会食は言語道断。7割テレワーク。
それはさておき・・・。
いずれにせよ押し寄せる合理化の波。
そんな社会だからこそますます必要になって来るのが心の在り様なんだと。
「学問とは大局的な使命感を持たなければたちまち堕落する」
「民俗学の出番だと思わんかね」
うんうん。たしかにそうだ!
なんて思ったりして・・・。
大きな感動はないけれど、静に沁みる作品だった。


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