就活嫌すぎてサンティアゴ巡礼した話

私と同じINFJの方の就活に関するnoteを偶然見かけて、わ、わかる〜となった。
わかりすぎる。わかります。

自分の経験を前置きとして、上記note筆者さんの質問に回答していこうと思う。

まず私も就活が嫌すぎて、大学卒業の年の1月末まで就活を一切しなかった。
やばいそろそろエントリーしなきゃと思った頃には、めぼしい大手企業は一切受付を締め切っていた。

その年、大好きだったおばあちゃんが死んだ。しかもその時私はスペインにいて、おばあちゃんの死に目に会えなかった。「○○(私)はどこにいるの」と言っていた、と家族に言われて発狂しそうになった。飼っていたウーパールーパーも同じ年に死んだ。大学の単位も落としてギリギリだった。4年の最終学期を15単位ほど取らないと留年確定だった。

そんな状態で精神も不安定だった。就活が嫌すぎて、卒業の年の9月に内定1個もない状態で、人生とは何かを探すためにスペインのサンティアゴ巡礼を1人で200kmほど歩いた。普段家に引きこもっていたが突然思い立って旅に出た。

1週間歩き続けた。歩いてたどり着いた先に何かが見えると思ったが、そうではなかった。歩いても歩いても荒野。そして同じ道に世界中の人がいた。

歩くペースが大体みんな同じなので、2,3日もすると色んな顔見知りや友人が出来た。

道中、がんの闘病中のスペイン人のおじさんと、ひたすらに明るいスペイン在住のエクアドルのおばさんと仲良くなり3人で歩くようになった。スペインの政治事情や日本がどんな国であるかを色々と話した。私って日本のこと全然知らないなと思った。

他のみんなとも協力して、空いている巡礼宿を探して回って泊まったりした。1か月のスペイン語留学なんかより、1週間巡礼旅した方がよっぽどスペイン語の勉強になった。

イタリア人のお兄さんともスペイン語とイタリア語でコミュニケーションを何とか取って仲良くなり、バンテリンのようなイタリアの塗り薬を一本もらった。70%くらい言ってることがわかった。他のロマンス諸語勉強しよと思った。コロンビアのお姉さんはフランスから歩いてきたらしい。物凄く人生楽しそうだった。彼女からは可愛いコロンビアのキーホルダーを貰った。

人生で大切なことはゴールを目指すことではなく、歩く事そのもの、そして人との出会いを楽しむことなんだと気づいた。

ゴール地であるサンティアゴにたどり着き仲間と喜び合い、また会おうねとみんなと抱き合って別れた。

2年後おじさん、おばさんとはスペインで再会した。巡礼中おじさんに、私がかぶっていた日本代表の野球帽が欲しいと言われていたので、再会したときに渡した。彼は闘病生活を乗り越えて元気そうにしていた。今は指圧の勉強をしていて、いつか自分のサロンを開きたいと言っていた。

エクアドルのおばちゃんからは”mente positivaをいつも心にもってね”と旅の終わりに笑顔で送り出してもらった。ポジティブマインド。私にずっと欠けていたマインドである。ずっと身の回りに起きた悲しい出来事の方に気持ちが行って、ネガティブに生きていた。

歩き始めないと何も始まらないんだな、と、巡礼が終わってから当たり前のことに気づいた。

就活することで自分と向き合うのが嫌で仕方なかった。何も取り柄が無いと思っていた。皆と同じ喪服みたいな黒い服を着て合同説明会に行くのが嫌だった。

巡礼に行って色々な国の人と話して、初めて私は逃げていた私自身と向き合うことができるようになった。

人との出会い、ご縁を大切にしていくこと、これは私の人生のキーワードになった。

巡礼後、日本に戻ってから急いで大学の単位を取りながら就活を始めた。何とかぴったりの単位で卒業できて、1月末に始めた就活も2月末で内定を取る事が出来た。

直前まで逃げ続けたが、最後の1ヶ月でなんとかなった。

前置きが長くなりすぎた。以下、質問への回答を書いてみた。

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質問① 現在、どんなお仕事をしていますか?そのお仕事とどのように出会いましたか?

現在はイベント主催者をやっているが、近々職を変える。転職先はすでに決定している。そこへは一社目お世話になった先輩との縁で決まった。

一社目はガチガチの某JTCに入った。

巡礼から帰ってきて、1月末に適当な会社(たしか果物系の商社だったと思う)にエントリーした結果、エージェントに「こっちの会社の方が絶対良い」とお勧めされて入ったところだ。その会社で一生大切にしたい同期の友人が出来た。真摯に仕事だけでなく人生についてアドバイスしてくださる、素晴らしく面白い先輩方にも恵まれた。働き始めてようやく、自分の長所と短所が掴めてきた。

そこで何も考えず事務職になったが事務が絶望的に合わないことが分かったので、上司に相談して業種を転換した。フロントとして企業様ともやり取りし、刺激的な経験ができた。その時の元上司と、案件で知り合った女性社長とも仲良しになった。上司、女社長、同期の皆を去年結婚式に呼んだ。その会社は外部要因で3年目で辞めた。

一旦働きたくなかったので、7ヶ月の無職期間をエンジョイした。その後半年間バッセンでのライスワーク期間を楽しんだが「そろそろ金が尽きる」と焦ったので転職活動を始めた。
二社目のイベント主催企業はdodaのエージェントからの紹介で知り、割とすぐに内定が出た。
そこに入社して一ヶ月で前任が辞職し、ほぼ何も分からない状態での勤務が一年続いた。前任の他に2人同じポジションの先輩が辞めていった。3人分のロスもあって、しんどくなり一ヶ月くらいプチ休職した。
休職明け、人生は好転した。ピンチヒッターで私を助けてくれた先輩が底抜けに明るくて、仕事ってこんな気楽に働いて良いんだと初めて知ることが出来た。私はシリアス過ぎたのかもしれない、やっと元気に働けるようになった。笑顔が増えて、2年目にしてようやく社内・社外の人たちと仲良くなれた。今は4年目だが定期的に飲みに行ったりしている。仲良くなった人たちから退職を惜しまれて、正直ちょっと嬉しい。

出会ってくださった皆さんが私を繋いでくれたと思っている。

質問② 現在のお仕事は、自分に合っていると思いますか?また他にやってみたお仕事がある場合、どんなものは自分に合っていて、どんなものは合っていないと感じましたか?

どこに転職しても、自分に合っている業務と合っていない業務があった。

二社目のイベント業はぶっちゃけ殆どの業務が全く合っていない。マルチタスクで大量の仕事を捌かなければいけないので、じっくりタイプだった私には本当にキツかった。慣れるのに2年はかかったが、業界のキーパーソンと話せるのが楽しかったので何とか続けられた。苦手なこともなんとかなるもんだと思った。頑張っても人並みにしかならないが。

次点でキツかったのは一社目の事務作業である。延々と段ボール数箱分の資料をコピーしたりPDFに取り続ける作業は発狂しそうだった。入力系だけは楽しかったが、手でやる単純作業は性に合わなかった。同期はとてもキッチリ出来ていて羨ましかった。英語だと不器用な人を親指が5本あるって表現が確かあった。私だ。

どんな仕事を選んでも自分の苦手なものと向き合わなければならない場面があると思うが、使命感があればどんな仕事もやりがいを感じられるんだだと思った。このために私はこの仕事しているんだ、と思える瞬間があれば何をやっていても楽しい。

私にとっては、イベント当日に業界を動かす立場である視座の高い方々と直接会えたり、M&Aでずっと社長が大事にしてきた企業を他の企業に譲渡する場面に立ち会えたり、そういった出会いの場を大事に出来る場面があったのでこの仕事をやっていて良かったなと思えた。

バッティングセンターの受付をやってたときも、某野球漫画のヒロイン気分で将来の野球選手たちと出会えたので非常に楽しかった。

私は人と関われる仕事がどうやら好きなようである。

死んだおばあちゃんが築地市場の老舗の娘で人と関わる商売が大好きな人間だったので、私はおばあちゃんに似たんだなと思った。おばあちゃんは私の中で今でも生きていた。

祖母から引き継いだ私の才能について、肝心の就活中は全く気付かなかった。意外と向き不向きはやってみないとわからないものだなと思った。

質問③ 就活生の時に、苦労などはありましたか?具体的に何が辛かったなどあれば、知りたいです。

就活ひたすらサボった勢だったので、就活を始めること自体に苦労した。
特に自分と向き合う必要があるのが怖かった。

自分自身が全く価値があると思えていなかったので、そんな自分を企業に売り込むなんて絶対にできない、と当時は本気で思っていた。

辛いイベントが就活の時期に重なって、ちょっとした躁鬱状態だったのもあるがとにかく自己分析ができなかった。わざわざ買った自己分析の本は1ページも読まず売り払った。

私のように逃げ続けた人間は、はたから見たら新卒カードを無駄にしてもったいないやつ、という感じだったと思う。

あと普通にお祈りとか傷つくのでエントリーすること自体が嫌だった。
あの時はお祈り=自己否定された気持ちに本気でなっていたのだ。
法人も個人も人であり、合う合わないがあるのに私はそれが分かっていなかった。私自身が他人に合わせて他人の顔色を窺って生きてきたタイプだったので、それが受け入れられないのはつらいと思っていたのだった。

競争の要素にしんどいとなる人が多いと思う。事実この社会は競争だらけだ。人に合わせて、より気に入ってもらうにはどうしたらよいか、と我を失った状態で競争したらそれは辛いよな。

大事なのは他人に合わせて勝負することでなく、自分が何を大事に生きていきたいか見つけることだと働き始めてわかった。

そして仕事はそんな自分を実現させるための一つの手段だ。毎日飯を食うために人に言われたことをやらされたと思いながら働くか、それとも自分の使命感を胸に好きな仕事で働くかで人生の幸福度は大きく変わる。

自分の長所や短所は意外と自分ではわからない。使命は人生の中で感じた喜びや悲しみの中にある。色んな人と話しながらそれを見つけてほしい。

私自身就活をまともにしなかったが、この選択で結果的には良かったと思う。今思えばリスクは大きかったが。

おかげでかけがえのない大切な人たちと出会えた。ちょっとでも真面目に就活していたら、彼らと出会えていなかった。

そして私は歩きながらやっと自分自身を見つけることが出来るような、マイペースな人間だということも分かった。

歩いた道は山あり谷ありで、他の人たちより遠回りした分擦り傷は多かった気がする。でも私は今元気に生きれている。鬱状態からも抜け出した。

もし就活に悩んでいる方がこれを読んでいたら、こんな適当なやつでもなんとかやっていて生きていられているんだなと気楽に思いながら、出会いを楽しむノリで就活を楽しんでほしい。

無理やり人や会社に個を合わせる必要があると思っていたらそれは間違いで、自分の軸を大事に、無理せず自分のペースで歩んで欲しい。

人生は人との出会いでいくらでも変わっていく。いい方向にも悪い方向にも変わる。

是非ゆっくり休みながらも歩いてほしい。道中色んな人と出会って話を聞くことができる。

耳を傾けながら、自分にとって良いと思う選択肢を選んでいってほしい。

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