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中学三年生にエロ本を買わされそうになった元旦

◯餅つき大会の罠

餅つき大会においでよという魅惑の誘いを断れるほど無欲な人類をぼくはまだ知らない。
ネバネバしたあの奇妙な物体に渾身の一撃を叩き込んでみたいと疼くこの野心は、日本人たる大和魂の産物だと信じている。

例に漏れずぼくも、友人夫妻からの餅つき大会の誘いにほいほい乗った。

しかしながらお家に到着した途端に、思ったより参加者が多くて臼が足りないみたいだからちょっとお留守番しててね、とのたまう友人夫妻。

「「お餅いっぱい持って帰ってくるからね〜!」」

一瞬おっぱいいっぱいって聞こえたなとか考えながら、意気揚々と餅つき大会に馳せ参じる友人夫妻を送り出す。そんなにおっぱいいっぱい持って帰って来られても困る。困っちゃう。

とりあえず残ったのは、25歳男性(ぼく)と友人夫妻の15歳の息子(以下、中三)と大型テレビ。

テレビを付けるとガキの使いの再放送が流れてきたので、一緒に見よっかと中三に優しく声をかける。

「え、ガキ使なんか好きなの。大人なのに」

ふむ。ぼくとしたことが、忘れていた。
何を隠そうぼくはこの友人夫妻の息子である中三がちょっと苦手だった。
漫画を貸してあげたら、毎回ヨレヨレになって返ってくるし悪びれもしない横暴さに恐れ入っている。
基本的に子供と接するのも苦手である。

子供自体が苦手なのではなく、子供だから許そうみたいな周りにいる大人が無意識に醸す甘やかしの空気が苦手なのである。子供だから甘やかすなんてぼくの辞書には載ってない。言うときは言わな。
それに今は大人がいない、サシの時間だ。大人気ないよとか抜かす大人もおらんのよ。

「ガキ使はいつもは強い立場にいるベテランの芸人さんがなす術もなくお尻を叩かれ続けるっていう普段は中々見れない光景を見せてくれる革命的な番組だよ。普段我慢することが多い人のモヤモヤを笑いに変えたりしてくれてるかもしれないんだよ。わかるかな?お?ん?」

口から出まかせを垂れ流して、反応を見ると

「あー、確かに。ちょっとわかるかも」

何がちょっとわかるのかは分からなかったが、中三はコタツの中に入ってみかんを剥きながらガキ使を見だした。ぼくも自分の大人気なさを内心詰りながらガキ使で時間を潰して友人夫妻の帰りを待つことにした。

そういえば、お餅は苦手な食べ物だ。ネバネバしていて飲み込みにくい。お餅もおっぱいも持ち帰らないで欲しい。

◯キングダムとエロ本

「腹減った」
と、ガキ使を見始めて1時間くらいしてからジタバタし出す中三。

冷蔵庫の中を漁ったようだが何もなかったらしく、飯行こうぜの一点張り。

みかんでも食べときなさいと言うと、そっちがいっぱい食べちゃったからもう無いよ、とのこと。

ふむ。
確かにぼくは10個以上食べた気がするけど、中三が座ってた席にある皮の亡骸は2個くらいだ。
手のひらを見るとちょっと黄色くなってきている。

仕方なく彼の食欲を満たすために最寄りのイオンモールに向かった。
ズカズカと常連の覇気を纏った背中についていき、ラーメン店の食券販売機で立ち止まるやいなや顎でクイっと金を促される。
みかんの代償だ仕方あるまいと半ば強引に己を納得させ、券売機へ飲み込まれていく樋口一葉さんに別れを告げる。

無言でラーメンを啜る中三に美味しいかと尋ねると、

「別に、普通」

大河ドラマを降板したお騒がせ女優みたいなこと抜かしやがる。
このクソ餓鬼もなんかやらかして神妙にお縄について折檻されてしまえとか思いながらみかんでパンパンのお腹に半チャーハンを流し込んだ。

途中、中三からの

「ねえ、彼女とかいる?」

という非常にデリケートな質問に

「いや、いない」

と即答したのが唯一の楽しい会話の記憶である。
そんな和気あいあいとした空気に包まれてそれぞれ無言で箸を進めて完食し、帰ろうかと声をかけると「アイス食べたい」という鶴の一声に今度はぼくの財布から500円玉が徴兵された。

アイス片手に今度は本屋に行きたいという中三の覇気を纏い直した背中に導かれ本屋に到着すると、無言でヤングガンガンを一心不乱に読み出した。
中々シブいチョイスだなと横目で見ながら、ぼくもヤングジャンプを手に取りキングダムの最新の戦況をチェック。


ツンツン。


キングダムの世界に没頭していると何者かが脇腹を突いてきた。
手をこまねいている左翼の戦況の報告であろうかと、五千人将気分で振り返った先にいたのは三白眼でぼくを見つめる中三。さっきまで橋本環奈似の河了貂ちゃんと一緒に戦っていたので、一瞬ルックスの違いに戸惑う。

「これ買ってくれない?」


(・・?)(?・・)(゚ω゚)
n、ん。ン?


差し出されたそれを無意識に受けとった1秒弱の間に、それを三度見くらいはしたと思う。

赤らんだ頬に悩ましげな表情。
たわわにたわわが詰まったはち切れんばかりのたわわんとした双丘。
そんなせくすぃーきゅーとなお姉さんのイラストがこちらを見つめている。
彼女の横には初搾り♡という文字。
何が一体果たしてどのように搾られるのか♡はぼくの想像力に委ねられたが取り急ぎ断定しても問題なさそうだ。
この代物は紛うことなき成人男性の教科書。しかも二冊。

はやる胸をおさえ平静を装い

「おおぉおおぉぉ。こ、こ、こ、これはど、どうしたんだい?」

と尋ねると、

「いや、自分で買えないからさ」

やけに冷静に切り返してきたけど、そりゃそうだろうよ、君。
よく言えばナチュラルヘアー、普通に言えば寝癖。
変声期丸出しのミドルボイス。
服興味ないからとか言うやつが履くサイズの合ってない色褪せたジーパン。
うぶ毛とも毛ともつかぬ放置されたナマズルックのうっすいヒゲ。
大げさに見ても控えめに見ても君は中三だ。安心したまえ。

「てか、今時こーゆーのってネットで賄えるもんなんじゃないの。調べたら出てくるべ?」


中三の言い分はこうだ。
スマホはあるが利用制限をかけられている。
受験が終わるまではその利用制限はとけない約束になっており、インストールの履歴や課金状況などはすべて母さんが把握している。世間が思うより自分たち中学生はスマホで自由になんでも見れるわけではない。スマホの利用を制限されている奴とされてない奴とでは随分と差がある。それに、単にエロ本が欲しいのではない。付き合っている彼女とのムフフな行為を豊かにするためにこの中にある「彼女とのはじめての♡」という一問一答コーナーで予備知識をつけたいだけ。そこは誤解しないで欲しい。


ふむ。なるほど。
「エロ本じゃなくて、中にある一問一答が見たいんだよね。そうだよね」




って納得するわけねーだろ。誤解しないで欲しい、じゃねーよ。おい。

もし仮に君の言うことが本当だとしてだよ。仮にね。

よし、じゃあ君達カップルのムフフな行為を豊かにするためにお兄さんが一肌脱いでこの快楽天ビーストとペンギンクラブとやらを買ってあげよう♡お年玉代わりだぞ♡とはならないよね。うん。絶対ならない。


あと、知ってるんだよ。


君、彼女いないよね。


君のお母さんから「LINE全部見ても一向に女の子とのやりとりが出てこなくて逆に心配になる」ってようわからん話を昨年度末聞かされたばっかりなんだ、こっちは。
えええ息子のLINE全部見てるのってちょっとヒいたから鮮明に覚えてる。
君が塾で受験勉強とやらに勤しんでいる間に、お母さんは君のスマホのチェックに勤しんでるみたいだよ。こえぇぇよ。絶対昔彼氏の携帯見て浮気見つけたことあるとか女子会で言い出すタイプだよ君のママン。


それに利用制限かけられたのってアレだよね。
一年くらい前にムフフな漫画に課金しまくったことがバレた挙句、それが妹モノばっかりだったことに危機感を覚えた夫婦の夜通しの話し合いの結果生んだ新たなる法、それが君のスマホ利用制限だよね。その法案可決されたの去年の春頃じゃなかったっけ。その時も相談されてるんだ、こっちは。

したがって、ダウト。断言する。君に彼女おらんやろ。

てかさ、嘘とか吐くのやめよ。逃げも隠れもするな。

俺はいずれ天下の性夷大将軍となる漢。その糧としてこの快楽天ビーストとペンギンクラブが必要だ。今の俺では買えぬが、天下を取った暁には18禁などというくだらぬ法を変えてみせる。だから、力を貸せ。借りは返す

くらい言っちゃいなよ。そしたら、その気迫に押されて買うかもしれんだろーが。キングダム読んで人を動かす術を学びなさい。"スマホの利用を制限されている奴とされてない奴とでは随分と差がある"とか、都会と地方の情報リテラシーの差みたいな感じに言うんじゃないよ。なんでちょっと社会問題っぽい言い回ししてんねん。社会どころか、恐ろしく個人的な話じゃねーか。


と言いたいのをグッと堪えて

「いや、ちょっとそれは買えないな。ごめん」

何も謝ることはないが一応謝罪しながら伝えると、中三はそっかとだけ言い快楽天ビーストとペンギンクラブを元の場所に戻しに行った。

◯中三の平穏を脅かす性の番人

イオンモールの本屋さんを後にして、ぼくたちは帰路に着いた。
心なしか覇気を失った中三の後ろ姿になんだか罪悪感が募る。

あーゆーのはバレないようにしなよ、と声をかけてみると

「ああ。もう絶対にバレないようにしてある」

無駄にキメ顔で返ってきた。
ただならぬ決意を感じてちょっとヒいていると、ついてきてと再び覇気を取り戻した背中を追いかける。

家に到着するなり二階の自室に上がってここに全部閉まってあるんだと、押入れの上の方からランドセルを取り出した。
懐かしさに襲われ、うわぁと声を出しながら持ち上げてみるとメチャクチャ重い。

「母さんの身長じゃここまでは届かないし、まさかランドセルに入ってるとは思わないでしょ。それに万が一を考えて鍵もかけてあるんだ」

ドヤ顔の中三はおもちゃみたいな鍵でガチャガチャすると中にはギチギチに詰められた大人の教科書。
子供の教科書だけじゃなくて大人の教科書も経験したねこのランドセル。
目をキラキラさせながら、読むか?と差し出されたけれど丁重にお断りした。
なんかネバネバしてそうだったもので。

「去年の夏はもう少しあったんだけど、母さんに見つかったから今はこれだけしかない。気に入ってたやつは近くの古本市場とかで買ったりして取り戻したんだ」

中三の瞳は中学三年生とは思えない哀愁に満ちていた。
きっと、彼とお母さんの間には数え切れない仁義なき戦の歴史があったのだろう。
隠されたそれを恐るべき嗅覚で見つけ出しては、教育の名の下に奪い去っていく非情な番人。それが彼にとってのお母さんなんだ。

平穏に見える家庭にも戦乱はあるらしい。

宝物を見つめる憂いを帯びた中三の横顔を見て願う。

どうかもう彼の大切なものが奪われませんように。

ぼくにできることは平和をただ祈ることだけだった。



大量に貰ったお餅をどう処分しようかと頭を抱えてぼくは家路に着いた。
お茶でも飲みながら考えようと思ってお湯を沸かしていると、中三のお母さんから着信が。

「今日はありがとうね。面倒見てもらった上にラーメンまでご馳走になっちゃって」

いえいえこちらこそ、ありがとうございました。息子さんのまっすぐで恐れを知らない飽くなき性的欲求に深く感銘を受け、ぼく自身も考えさせられることが多かったです。と、息子さん以下の部分を省略して伝えると、

「またちょっと相談なんだけどさ。あの、やっぱ中学の時期とかって性的なものって中々抑えられないものなのかなぁ。」



え?



「いや実は、息子がそういう本を隠してるんだよね。しかも、ランドセルの中に閉まってあって、鍵までかけてるんだけど。昔私が100均で同じ型のものを買ったことがあるからその鍵で開けてみたのね。そしたら、もう凄い量が詰め込まれてて。前は近くの古本市場に電話して買い取ってもらったんだけど、もう恥ずかしくて」


近所の古本市場エロ本の託児所みたいになってるやん。

この御恩は100万回生まれ変わっても忘れません。たぶん。