見出し画像

半沢的思考と拳だけが正義じゃない

「ちょっと前に、2年生の男の子にスイミング帰りに叩かれたり蹴られたりして嫌だったんだよね」と娘が言ってきた。「え!?ほんでどうしたん?」と聞くと、「やめてって言ったけど、やめないから放っておいた」と言う。

私は小さな頃から「やられたことはやり返す!倍返しや!」と、半沢直樹的思考をたたき込まれ、忠実にその教えを守ってきた。幼稚園のころ、ガキ大将の男子が教室中の積み木を数日間占領していて、腹が立った私はガキ大将とケンカして、ボコボコにし合ったことがある。最終的に、私は痛くて怖くてみんなの前で泣いてしまったけど、ガキ大将は二度と積み木を占領しなくなった。

そんな些細な成功体験があったから、娘にも幼稚園のころから半沢的思考をすり込んできた。でも、娘は昔から一向にやり返さない。理由を聞くと、「やり返したら、相手がかわいそうじゃん」と言う。

自分に酷いことをしてきた友達の気持ちを考えるなんて、ハッキリ言って私の思考回路にはない。「自分を大切にしてくれない人の気持ちなんて、考えなくていいやん!」と娘に言うが、娘はやり返さない。戦わなきゃ、相手がつけあがって意地悪を続けるのに。

******

気の合うママ友に話したら「私も、意地悪なことされても相手の気持ちを考えちゃって、何もできないタイプなんだよね」と言った。てっきり私と同じく半沢タイプだと思っていたからびっくりした。

「え、何もできなかったらどうするん?」
「こっちの反応がつまらなかったら、意地悪なことされなくなるんだよ。だから、放っておいた」
「やられたらやり返すのが正しいと思ってたけど、戦い方って他にもあるの・・・?」
「やり返す方が辛い子もいるよ。私がそうだもん」

37歳にして、目から鱗が落ちまくった。戦い方は、いろいろあるらしい。
例えて言うなら、世の中には刀とか槍とか銃とか戦車とかいろいろな戦い方があるのに、わたしは37年間、拳で戦うだけが正義だと思い込んでたってコト・・・!?(ちいかわのハチワレ風)

娘は自分に合う戦い方を実践していたのに、私は半沢的思考から拳を使うことしか教えていなかった。というか、拳のみで戦うことを押しつけていた。私から、ことあるごとに「拳、こぶし!」「倍返しだ!」と言われて、娘は辛かっただろう。

******

帰宅後、娘ともう一度話した。

やり返すことが辛ければ、無理しなくていいこと。
放っておくのがあなたのやり方なら、それも正しいこと。
辛いことがあれば、ママも相手にお話するからすぐに話すこと。
(いつも時間が経ってから相談されるので、相手が忘れていることが多い)
身を守るために、意地悪ことをする奴からはできるだけ距離を取ること。

このことを伝えたら、納得してスイミングに出かけていった。ママ友にも、「持ち合わせていなかった視点を教えてくれてありがとう」と感謝した。

「いまは、放っておくのが娘ちゃんの戦い方なんだろうけど、これからいろんなことを経験して、自分に合う方法を選んでいくと思うよ。だから、ママが教えてくれた戦い方も、知っておくことは悪いことじゃない」

と言ってくれた。親子とはいえ別人格なんだから、お互いを完全にわかり合えるわけがない。そして、自分の意見だけが正しいわけでもない。だから、「私の子どもだから、きっと分かってくれる」なんて少しでも勘違いして、自分の一意見を知らず知らずのうちに押しつけてしまうのは傲慢だと学んだ。

******

スイミングから娘が帰ってきた。今日は大丈夫だったかな。

「急に蹴られたから、今日ははじめて蹴り返してみた!」
「・・・え!?」
「痛くないように優しくやり返したから、次は頭チョップされたけど『やめて?』って静かに言ったら、逃げていった!わはは」

いきなりマイルドな半沢的思考が垣間見えた。
何はともあれ、娘には自分に合った、自分を守る術を身に付けてくれたらと思う。人を傷つけないことは大前提として、娘が辛くない方法が一番の正解なのだ。




この記事が参加している募集

育児日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?