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『ブラック・クランズマン』 スパイク・リーの「LOVE&HATE」

 今年の5月25日、ミシガン州で警察官の暴行により46歳の黒人男性ジョージ・フロイドさんが殺害された事件を発端に、Black Lives Matter(黒人の命も重要だ)運動が盛り上がり、日本でも報道されている。

 アメリカでは、警察官による黒人を不当に殺害するケースが繰り返されてきた。この問題は元を正せば、アメリカ合衆国の白人による黒人奴隷制度の歴史まで遡る事になるが、今回は割愛する。

 アメリカを揺るがす今回の事件と抗議運動を予言したと言われている、1989年(因みに筆者が生まれた年)に公開された、ある映画が再び注目を集めている。

・『ドゥ・ザ・ライト・シング』

 黒人が多く住むブルックリンの町にある、イタリア系の家族が経営するピザ屋を舞台に、猛暑の中、人種間の軋轢が高まっていく様子を描く。

 パブリック・エネミーの『Fight the Power』等のヒップホップが全編に鳴り響き、ポップな絵作りとユーモラスなキャラクター達、また、テンポの良い会話で、ぐいぐい物語の中に引き込まれていくのだが、最後に衝撃的な展開が訪れる。

 町の住人であるラジオ・ラヒームという黒人男性が、ピザ屋の店主と口論の末、喧嘩になる。そこへ警察官がやってきて、ラジオ・ラヒームの首を警棒で絞めて殺してしまう。それがきっかけとなり、町に住む黒人達が怒りを露わにし、暴動が起こる。

 この展開は、今年に起きた事件とまるっきり重なるのだが、本作を監督したスパイク・リーはTwitterで、ジョージ・フロイドさんが警察官に首を絞められて殺された所を撮影した動画と、『ドゥ・ザ・ライト・シング』でラジオ・ラヒームが同じく警察官に首を絞められて殺される場面を、カットバックで繋ぎ編集した動画を公開した。

・冷遇されてきたアカデミー賞

 その後も『マルコムX』等の大ヒット作を手掛けるも、アカデミー賞には縁が無かった。ところが第91回アカデミー賞にて、作品での受賞はこれが初となる脚色賞をスパイク・リーが受賞した。

 受賞スピーチの際に自身の『ドゥ・ザ・ライト・シング』のタイトルを用いて、こう締めくくった。

 「間もなく2020年、大統領選になります。共に歴史を正しい方向に導いていきましょう。レッツ・ドゥ・ザ・ライト・シング(正しい事をしましょう)!」

・第91回アカデミー賞、脚色賞を受賞した『ブラック・クランズマン』

 スパイク・リーが初のアカデミー賞を受賞した『ブラック・クランズマン』は、黒人警官が白人至上主義団体、KKK(クー・クラックス・クラン)に入団し、潜入捜査をするという一見、荒唐無稽な話に聞こえるが、実話を基にした作品だ。

 とは言え、劇中でも言及されるが、「ブラックスプロイテーション」という、アフリカ系アメリカ人をターゲットに70年代に作られた、ジャンル映画の要素を盛り込んでいる為、フィクショナルな部分も多く、その辺りの脚色の手腕が認められ、アカデミー賞に繋がったのかもしれない。

・劇中で批判される2本の「名画」

 本作の冒頭、白黒の映画が映し出される。南北戦争による南軍の負傷兵たちが大量に、地べたに寝転がっている。カメラが引いていくと、はためく南部連合の旗がフレームインしてくる。

 南北戦争は奴隷制存続を主張する南部と、奴隷解放を訴える北部との間で行われたアメリカの内戦である。

 この作品は『風と共に去りぬ』で現在、奴隷制度のあった当時の南部を美化した作品として議論されている。

 もう1本、劇中で登場する映画が『國民の創生』である。この作品はクローズアップやカットバックなど、現在の映画で用いられている撮影技術や編集方法の基礎を作った、映画史の中でも最も重要な作品の一つで、映画学校の教材として使われる事が多い。

 しかし本作は、黒人をリンチして殺したKKKを賛美する内容で、『風と共に去りぬ』同様、批判の対象となっている。詳しくは町山智浩氏の名著、『最も危険なアメリカ映画』を読んで頂きたい。

 スパイク・リーはニューヨーク大学の映画学科で、映画制作を学んでいた頃、『The・Answer』という短編を制作した。『國民の創生』の続篇を若い黒人監督が任されるといった内容で、これが大学教授から酷評を得て、退学寸前にまでなる。彼の一貫した批判精神が分かるエピソードだ。

 本作では、KKKの集会で『國民の創生』が上映されている場面と、実際に起きた黒人少年がリンチされて無惨な形で殺された事件を老人が語る場面、この二つを『國民の創生』で発明された編集手法、カットバックを使って同時並行で描かれる。

・現実を突きつけるラスト

 本作は前述した通り「ブラックスプロイテーション」の体で作られている為、POPな娯楽作品に仕上がっている。人種差別主義者は皆、痛快なまでに、やっつけられる。しかし、そう単純には終わらせない。スパイク・リーだから。

 2017年、米南部バージニア州シャーロッツビルで、白人極右集会に抗議する人たちの間に自動車が突入し、1人が死亡し19人が負傷した事件を、本編のラスト、ソーシャルメディアに投稿された動画を用いて映し出される。

 この事件に関して、ドナルド・トランプは明確な非難を表明しなかった。2016年の大統領選中に『ブラック・クランズマン』にも登場するKKKの元最高幹部、デービッド・デュークがトランプの支持を表明した。事件が起きた極右集会には、デイビッド・デュークも参加している。

 そしてエンドロールにPrinceの『Mary Don't You Weep』が流れる。元々は差別に苦しんでいた黒人たちが、教会で歌い継いできた黒人霊歌である。

 この曲のMVをスパイク・リーが監督している。MVの最後にプリンスのメッセージがテロップで挿入される。

Compassion is an action word with no boundaries. - Prince

(思いやりの行動は、国境のない共通言語だ − プリンス)

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