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スポーツ事故の保険・補償と部活動地域移行

学校教員の働き方改革を進めるべく、国が「部活動地域移行」の方針を示しています。まずは中学校の部活動を地域へ移行させようと、全国中学体育大会にクラブ員が参加できるようになるなど、取組が徐々に本格展開されようとしています。

そのような流れを受け、栃木県内ではここ数年、小学生や中学生を対象とした、陸上競技の教室やイベントを開催するクラブ等が多数組織されるようになりました。全国的にも、同様の傾向にあるようです。

これまでジュニアのスポーツ振興に関する様々な取組は、主に学校が主体となり担ってきました。現在は徐々に、意欲ある地域人材が関わりを強めるようになっています。それが教員の負担軽減につながるのであれば、望ましいことと思います。それぞれのクラブ等のご活躍をご期待申し上げます。

この記事では、部活動の地域移行を進める上で、確認すべき「保険・補償の対応」について記してみます。

陸上競技活動中の重大事故

先日公開した記事「陸上競技の危機管理と安全対策」では、過去の事例から、陸上競技の重大事故は「選手の衝突」「投てき物の直撃」「跳躍・ハードル試技の失敗に伴う転倒」「熱中症」の4パターンがあることなどを記しました。また「砲丸投による事故」においては、最近発生した砲丸投の事故に関し、同様の事故が過去17年間のうち全国で8件ほど発生していたことをまとめました。

こうした事故は、未然に防ぐことが最も重要です。加えて、万一の事故発生時に備え、傷害保険や賠償責任保険などへの加入について、予め検討しておくべきものとなります。

  • 陸上競技大会のウォーミング時、スタート練習をしていた選手が、トラックの走路を横断する係員と接触し、転倒した。

  • 突風で飛ばされたテントが、来場者に直撃した。

このような、どこでも起こりうる事故等が発生した結果、被害程度が死亡や重度の後遺症障害に及んだ場合、過去判例からみた損害賠償請求額は、4,000万円から1億2千万円程度となる見通しです。そのような万一の事態に備え、事業の主催者は一般に、必要な内容・補償の保険に加入しています。

部活動における事故等発生時の補償

日本スポーツ振興センターによる災害共済給付制度

部活動を含む、学校教育活動で生じた事故・災害については、一般には「独立行政法人日本スポーツ振興センター」による災害共済給付制度が適用になります。見舞金として最大で死亡時3,000万円・後遺症障害時4,000万円が給付されるほか、通常の怪我などでは、必要な医療費相当額が支払われる仕組みです。

学校体育団体の障害見舞金・賠償責任保険

さらに、中体連・高体連・高野連など、いわゆる学校体育団体が主催する大会や練習会などでは一般に、障害見舞金や、団体で独自に加入する賠償責任保険が適用されます。

現在は危機管理意識の高まりから多くの都道府県学校体育団体において、主催事業における事故発生時に、1件あたり最大で対人3億円・対物1千万円などといった、高額の賠償責任保険に加入しているといいます。また、こうした賠償責任保険は、参加選手(生徒)だけでなく、審判や役員、会場来場者なども補償対象となるそうです。以下は、適用事例です。

  • 陸上競技大会。引率教員ではない一般の審判員の頭部に、飛来した投てき物が直撃。通常であれば、被害者本人が加入している生命保険のみが適用となるが、加えて団体で加入する保険が適用された。

  • サッカー大会。参加チームの顧問教員が、他チーム同士のゲームの審判に従事する中、負傷。ところが教員の大会審判対応は、校長による出張命令の対象外と判断され、公務災害に認定されなかった。その際に、団体で加入する保険が適用された。

このように、一般に学校の部活動で起きた事故・災害等は、学校や団体で加入する手厚い保険が適用されます。

一方、地域のクラブでは、保険の加入状況は一律ではなく、発信される関連情報も十分とはいえません。子どものスポーツが、学校から地域に移行した結果、クラブでは「保険に一切加入していない・まったく適用されない」こととなると、参加者にとって大変大きな問題です。

「ケガと弁当は自分持ち」か

昔、社会全体が労働災害に関する認識が乏しく、法的な対応が整備されていない時代、とび職人さんや大工さんなどの間では「ケガと弁当は自分持ち」という言葉が言い継がれてきたそうです。ケガが起きても自己責任、弁当は持参するのが常識だという意味のフレーズです。もちろん、現在はこうした状況はありえません。

スポーツ活動は、内在的に危険が存在するものです。例えばプレーに伴う軽微な怪我等は、ある程度、誰もが受け入れなければならないでしょう。ただ、そうではない事案が発生した際に、必要な補償を受けることができるかどうかは、とても大切な要件です。当然ながら「ケガと弁当は自分持ち」と言い切ることは適切とはいえないでしょう。

一般には、事故の事例を見聞しても「こんな事態は起こりえない」「そうしたことが自分に身の回りで起きたことがない」と考えがちです。しかし過去事例を精査すると「過去に全国のどこかで起きた事故は、いつかまたどこかで起こりうる」ということです。そして、重大事故の被害に遭われたほとんど方々が口にされるのが「まさか自分の身に起こるとは思わなかった」という一言です。

スポーツ活動時における安全を確保するための取り組みは、いかなる場合でも「空振りは許されるが、見逃しは許されない」といえます。

任意クラブの事業で事故が発生した場合

最近、法人格を持たない、いわゆる「任意団体」のクラブ等で展開される事業が増えているように感じます。例えば、地域の有志が集い、クラブ・サークルのようなものをつくり、公共の施設を会場として参加者を募集し、教室や大会を催すといったケースです。

こうした教室・大会の中には、ひとりにつき数千円などの参加料を徴収してるにも関わらず、いかなる保険にも入っていない。「入っていない」ことが参加者に周知されていない。仮に、入っていてもその内容や内訳が公開されていない。こうした実情が少なからず存在します。

こうした事業で事故や災害が発生した際に、参加者に対して何らの保険金・見舞金が準備されていないというのは、その事業と主催組織の信頼を大きく損ねるとともに、スポーツに対する「安心」を揺るがすものとなります。

また、主催者に何らかの過失が認められた場合、法人格を持たない任意団体においては、最終的には役員個人に請求が及ぶといいます。仮に、冒頭に示したような、損害賠償請求額が 「4,000万円から1億2千万円程度」など高額に及ぶ可能性もあります。それを役員個人が支払うことは、非常に困難でしょう。必要な保険に加入していないということは、参加者だけで無く主催者にとっても、大きなリスクになるといえます。

スポーツ活動には様々なリスクが存在する以上、クラブ運営者は参加者に対し、「活動ではどのようなリスクが存在するのか」「リスク回避に向けてどのような準備をしているか」「リスク発生時の補償について、主催者はどのような準備をしているのか」などについて、十分な周知・理解に努めながら、クラブの活動を運営しなければならないといえます。

また、こうしたクラブ等の事業に参加される皆さまにおかれては、所属するクラブや参加する大会等が、どのような危機管理体制のもと運営されているかについて、予めきちんと把握していただくことが大切であるといえるでしょう。

結びに

このような内容は、学校体育団体関係者や、総合型地域スポーツクラブの運営に関わる方々、スポーツ関係行政職員などにとっては、多くの皆さまが知るところであり「何をいまさら」という感も、あると思います。

また、部活動の地域移行に関して、これまで国や専門機関等が実施した様々なフォーラムなどでも、移行後の危機管理体制や事故・災害等発生時の補償対応などについては、既に多くの懸念の声が示されていると聞きます。

しかし、部活動地域移行の流れに沿って、新たにクラブを立ち上げて活動を展開しようとする方々や、これから学校の部活からクラブに子どもを預けようとする保護者の皆さまにとっては、十分な認識をお持ちで無いのではないかと想像します。そこで、この記事をまとめた次第です。何らかのお役に立てましたら幸いです。

(なお、もしも記事内容について誤りや私の思い違いなどが含まれておりましたら、恐れ入りますがご指摘いただけますと幸いです。)