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猛暑傾向と上位大会の在り方

猛暑傾向と上位大会の在り方について記します。要約すると、猛暑傾向が強まる中、ジュニアスポーツ選手の熱中症リスクを適切に回避する上で、真夏に開催されるジュニアの全国大会については、時期や内容・運用を大幅に見直すべきということを書いています。

真夏の熱戦

五輪・世界陸上

陸上競技長距離種目にとって、暑さは何よりもの大敵です。今から39年前、1984年ロス五輪で初めて開催された女子マラソンで、選手が熱中症によりトラック最終周をさまようように歩き、ゴールする姿が印象に残りました。男子マラソンでは、優勝を期待された日本のエース・瀬古利彦氏が35km付近から遅れはじめ、まさかの14位。前回モスクワ五輪を国のボイコットで欠場し、そのリベンジに燃えていたはずだった瀬古氏のことを、メディアは「悲劇」と表現しました。

その後の1991年8月、東京で初めて開催された世界陸上競技選手権大会で、日本チームではロス五輪の失敗を踏まえ様々な研究を重ね、万全の暑さ対策を講じ、レースに臨みました。その結果、女子マラソンで山下佐知子選手が2位、男子マラソンで谷口浩美選手が優勝。それぞれ酷暑を克服して活躍したことで、国内は歓喜に沸きました。

ジュニアの全国大会

国内ではジュニアの全国大会も、生徒の夏休み期間を利用する都合から、猛暑時期である 7・8月に開催されています。

中学生の「全中」は1974年に第1回大会が行われ、現在は例年8月下旬に開催地持ち回りで行われています。高校生の「インターハイ」は7月下旬に開催され、現在は地区持ち回りとなっています。陸上競技大会は2023年で第75回を数えますので、第1回大会は1948年であったと想定することができます。全中、インターハイともに、それぞれ歴史と伝統のある大会です。

毎年、全国から精鋭が集い、暑さを乗り越えながら頂点を目指し、競い合いが行われます。こうした全国大会の出場や活躍を通じて、生徒は大きく成長するといいます。私は競技の支援活動を通じて、様々な中体連・高体連関係者と交流を持ちます。それらの多くの方々にとって、これらの全国大会の存在は「かけがえのない文化・伝統」「いつまでも受け継がれるべきもの」と考えられているように感じます。

熱中症による重大事故を防ぐこと

猛暑傾向に伴う熱中症の増加

「過去の気象データ・ダウンロード|気象庁ホームページ」より筆者編集https://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/index.php

近年、気象変動の影響から、気温が摂氏35度を超える「猛暑日」の年間日数が増加傾向にある上、国内各地で観測史上最高値となる気温が記録されています(例:2020年8月17日 静岡県浜松市・41.1℃、同年8月11日 群馬県桐生市・40.5℃ など)。

そうした猛暑傾向が進む中、高齢者を中心として熱中症による死亡者数が急増しているほか、熱中症による救急搬送件数も増加傾向にあります(ただし搬送者の半数が軽症であることから、早期の異常認識がなされている結果とも捉えられます)。

こうした熱中症による被害防止のため、関東甲信地方では2020年より、7月から10月までを対象として、翌日または当日の熱中症指数(WBGT)が33以上になることが予想される場合に、環境省と気象庁が共同で「熱中症警戒アラート」を発表し、熱中症への警戒を呼びかけることとなりました。

熱中症指数による運動指針の解釈

公益財団法人日本スポーツ協会が示す指針では、WBGT(熱中症指数)が31以上となった場合、「危険」もしくは「運動は原則中止」とされています。

この場合の「運動」実施者の対象(定義)は、日常的に運動・スポーツを行っていない方や、幼児から高齢者まで幅広い年代を含めてのことです。したがって「日常的に運動・スポーツを行っていない生徒」や「暑熱順化が十分でない生徒」などを含む、体育の授業や学校行事でスポーツ活動を行う場合や、地域のスポーツ・レクリエーションなどは、この基準を超えた環境では活動を中止すべきといえます。

一方、(1) 参加者が競技に精通し日頃から十分なトレーニングを積んでいるとともに、暑熱に順化しており、さらに (2) 参加者と運営側の双方が、熱中症予防に係る様々な対応を最大限講じている場合は、WBGTが31を超えていても競技を実施することは可能であるという判断・解釈のもと、現状ではWBGTが31を超える環境下においても(もしくはWBGTを確認することなく)、様々な対策をとりながら競技会が開催されています。

スポーツ活動時の熱中症事故

スポーツ場面において生命に直結する緊急性の高い重大事故としては、心肺停止・熱中症・脳震盪・アナフィラキシーショックなどがありますが、このうち熱中症については、事前の予測と準備・対応により、比較的予防が可能な疾患です。

しかし、学校管理下における熱中症死亡例は依然として存在し、最近ではその多くが高校の部活動で発生しています。独立行政法人日本スポーツ振興センター「学校事故事例検索データベース」によると、2005~2022年の18年間において、全国では、中学生および高校生の課外指導場面(主に運動部活動)における熱中症による死亡件数は21件、後遺症障害は3件が記録されています。また、こうした記録に残らない熱中症事故は、毎年のように全国で広く発生しているものと考えられます。

近年の著しい猛暑傾向に加え、参加生徒における体力・暑熱順化の状況や生活環境等の変化、さらには競技の専門性を持つ指導者の減少等を踏まえると、熱中症対策の重要性は、今後も増していくといえるでしょう。

選手は概して、自分から競技を止めたいとは言わないものです。そのため指導者が、日ごろから熱中症予防に関する適切な対応を講ずるとともに、適切なタイミングで競技を中止できる信頼関係を構築することも、大切であるといえます。

上位大会の在り方の見直しを求めたい

五輪を真夏に開催するのは収益を優先するため

冒頭で取り上げたロス五輪では、当地で五輪を開催するにあたり、開催期間を7・8月とすることに疑念の声がありました。猛暑による選手への健康被害が懸念されたためです。それでも、秋に開催するよりも7・8月に開催すると、放映権料などによる収益が大幅に拡大するため、選手のコンディションよりも大会の収益を優先し、真夏に開催したのでした。

五輪の歴史の中でよく知られる通り、この1984ロサンゼルス大会から、プロ選手が参加できるようになるなど、五輪の商業化が進められました。以降も南半球のシドニーを除き、猛暑時期となる7・8月に五輪が開催され続けています。1964年の東京五輪が10月10日開会であったのに対し、2020東京五輪では7月23日開会としたのも、主に収益性の都合によるものです。競技の特性や、選手のコンディションを優先するなら、こうした判断はあり得ないものと思います。

このような経済を優先するスポーツの在り方は、本来の意義や本質から外れたものであり、持続可能なもの、本当に人々や社会を豊かにするものとはいえないのではないでしょうか。豊かになるのは、運営に関わる大会関係者と関連業者などばかりです。根本的な在り方を変えるべきだと考えます。

根強く残る「暑さを理由に活動を止める必要はない」という発想

日本では、五輪や国内中高生の全国大会が真夏に開催されていることや、暑さを根拠として大会を延期・中止する基準や習慣がないことが、「暑さを理由に活動を止める必要はない」という発想を招き、日常活動や合宿等において、熱中症の重大事故発生に大いに影響してきたといえます。

こうした点を含め、様々な理由から、少なくとも国内中高生の全国大会開催時期や内容・運用については、大幅に見直すべきであると考えます。

私と面識がある、過去に優れた指導実績を有する年配指導者の中には、現在も「オリンピックもインターハイも、猛暑の中で開催されている。日常の活動も、暑さを理由に止めるのはおかしい。」と主張する方がいらっしゃいます。どんなに暑い中でも熱中症を予防しながら指導するのが、指導力であるということです。

自身が優れた競技成績や指導実績を残した方の一部には、社会情勢が大きく変化する現在においても、意識や発想を変えることができない方がいらっしゃるのだと感じます。そうした方が、実績や人脈によって地域組織のリーダーに選ばれ、従来の歴史伝統の踏襲に固執することが、陸上競技/スポーツの健全な発展を妨げているものと考えます。

結びに

「国内中高生の全国大会開催時期や内容・運用を、大幅に見直すべき」と記したのは、熱中症対策のことだけが理由では無く、むしろ、それは理由の一部に過ぎません。別の機会に、将来におけるジュニアの全国大会の在り方について、まとめたいと思います。