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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#5 Twitter探偵の登場 #2

 ——犯人がわかってしまった。

 ツイートされたのは、令和四年の五月二十六日。
 コメントは十数件ついていて、「嘘つけ」「おまえが犯人だろ?」「教えて」「すごいね」と簡略化された言葉がならんでいる。
 それらに対して、ツイ主となるアカウントの返信はなく、それ以降、新規のツイートもされていない。

 アイコンをタップする。
 冷めたコーヒーを飲みながら、指を滑らせていく。
 アカウント名は〈シン・プロゴルファー猿〉
 藤子不二雄A氏の名作だ。もしかしたら同世代かもしれない。しかし、プロフィールには、高校を卒業したばかりの専門学生と記載されていた。推しの小説家は、綾辻行人。漫画家なら、藤本タツキ(藤子不二雄Aではないのか?)
 ヘッダの画像は、自分の本棚。よく見かける読書アカウントの印象だ。画像で確認できる書籍は、いずれも新本格ミステリと呼ばれる小説で、島田荘司、綾辻行人、法月綸太郎といった人気作家が名を連ねている。
 その後はTwitterの仕様に従って、新しいツイートから古いツイートに目を通していく。
 シン・プロゴルファー猿さんは、ほぼ毎日更新していたが、事件とは関係のない個人的な呟きもあるので、それらは除外し、ここでは私がピックアップした、事件についてのツイートのみを記載することにする。

 令和四年五月十二日のツイート。
 ——新聞社に問い合わせたが、個人情報は教えられないとのことだった。人の命がかかっているというのに。時間がない。

 シン・プロゴルファー猿さんは、新聞社に何を問い合わせたのだろう? 人の命がかかっているという言葉から事件のことだと思うのだが、このツイートだけではわからない。個人情報というのだから、特定の人物に関する情報なのは間違いないだろうが、まさか犯人の? と疑問符が浮かぶ。時間がないというのは、殺人事件が起こるかもしれない六月六日が迫っているということだろう。

 さらにツイートを遡っていくと、新聞社に問い合わせしたのは、おそらくこの記事のことだったのではないかと思われる別のツイートを発見することができた。
 文章は短く、画像のタイトルのように添えられているだけ。

 ——もしかして?

 新聞をスマホで撮影した画像が貼ってある。
 画像を指先で引きのばす。
 日付はわからないが、ツイートされた当日か、前日と考えてよいだろう。
 どの新聞にも存在する読者参加型のページだ。一般公募された俳句や川柳、読者の意見や若者の声が掲載されている。スマホで撮影されていたのは、その一枠——

 ——春先から新緑の季節まで、私は森に入って鳥を探す。お目当ての鳥にはなかなか出会えないが、舗装されていない山道を歩いているだけでも気分転換になるものだ。バードウォッチング四年目、今年はどんな鳥に出会えるかと楽しみにしている。

 最初は、何のことかわからなかった。
 シン・プロゴルファー猿さんは、なぜこんなツイートをしたのか?
「もしかして?」とはどういう意味なのか?

 犯人がこれを投稿した?

 そういう目で見てみる。獲物を探す行為を、バードウォッチングと称する殺人鬼——そう読み取れなくもない。しかし、これを犯人が投稿したものだという確証がない。文面を素直に読めば、バードウォッチングを楽しみにしているだけの読者の声だ。だからこそ、紙面の担当者も掲載を決めたのだ。これが殺害予告だとしたら、新聞に掲載されるはずがない。
 さらにこの文章には、重大な欠陥があることに気づく。
 バードウォッチングは四年目ではなく、三年目ではないのか?
 一年目が香山沙織さん。
 二年目が深谷夏帆さん。
 次は三年目になるはずだ。仮に犯人が書いたものとするならば、そんなミスを犯すはずがない。
 田沼文乃の名前が脳裏を過ぎる。
 しかし田沼文乃が行方不明になったのは、平成二十八年のことだ。もしも田沼文乃をカウントするならば、四年目ではなく、七年目と記すのが正しいだろう。
 いや、もしかしたら、と思う。
 田沼文乃は生きていた?(生かされていた?)

 私は加熱式タバコのスイッチを押した。
 思考の罠だと思う。事件のことばかり考えているから、どんなことも事件に結びつけてしまう。意味のないものに意味を付与して、自分で謎解きし、そんなことをしていたら自分に都合がいい、自分が望んでいる回答が導かれて当然だ。
 シン・プロゴルファー猿さんも思考の罠にはまり、まるで自分だけが発見した真実のように、きっとこの記事を投稿をした人物を犯人と思いこみ、新聞社に問い合わせまでしたのだろう。記事の末尾には、会社員、男性、四十八歳と書かれている。
 現時点、それ以上のことを知るすべはない。

 ——犯人がわかってしまった。

 加熱式タバコをふかしながら、私はもう一度、そのツイートを眺めた。
 魅力的な文章だ。
 胸が高鳴ったのは事実だった。点しかなかった地図に、初めて線がひかれた気がしたのだ。それも極太のマジックペンだ。
 私は、シン・プロゴルファー猿さんにダイレクトメールを送ることにした。

 ——お会いして、情報交換できませんか?

 Twitterの更新は止まっており、返信がある可能性は低かった。
 そして結論をいえば、シン・プロゴルファー猿さんから連絡が来ることはなかった。


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