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有名論文に基づいた一般向け情報の様子 ・・ 断食・ファスティングを題材とした一例

筆が進まないですが公開・・

New England Journal of Medicine(NEJM)という医学誌に報告された間欠的断食/絶食(Intermittent Fasting)について致命的と私が考えている問題点について以前、述べました(リンク)。多くの方が読んでくださったようで感謝しています。それとともにそうした情報に対する関心の高さに懸念を抱くばかりです。

その懸念とは、世の中にあるダイエットに関する情報について、やはり情報の質として納得できるものがほぼ無いことに由来しています。

このNoteではその懸念の一端を紹介しています。こうしてNoteに記すのも気持ちの良い作業ではないのですが、そんな内容でもお役にたてば幸いです。こうした記載を通じて、見かけ上は立派で解り易い情報に対しても、やはり注意が必要なんだと理解してもらえたらと願っています(私のNoteも同様の注意をして頂いてもちろん構いません)。

ここではあるBlog記事について触れたいと思います(註1)。多くある一例として捉えて頂けたらと思っています。

仮のFact Check

私が真実(Fact)をチェックできているという客観的な判断を私は提供していないので「仮の」とさせて頂きました。私が読んでいってFactとして問題のある点、またFactでなくて科学的な表現として相応しいかについて記していきます。該当のウェブサイトの文章を引用として貼り付けて、それについて私が簡単に解説するという仕様になっています。

●"よくある癌患者に対するインチキ医療で、時々癌サイズが縮小したという報告は、一部Intermittent fastingで説明がつきます。"

これは間欠的断食で健康効果を説明したい人が、独自に説明しているだけで間欠的断食が効果を示しているのか解っていません。

●”医学界で最も注目されている方法だということを意味します。学問的にも商業的にも、2020年間違いなく流行ることが見込まれます。”

私は(栄養学の専門家として)そのようには思っていません。NEJMに総説が紹介されたからといってそれが最も注目されていることを意味するとは限りません。「もう過去から注目されてきていますが、取り遺されてしまっている人はこの総説でおさらいしてね」という意も考えられます。

ここ数年の流行りというと、たとえばPersonalized Nutrition(食生活の個別化)や遺伝情報や腸内細菌、メタボロミクス(代謝産物を網羅的に調べる方法)による情報を応用した食生活の改善なども挙げられるでしょう。「流行ることが見込まれる」というのも学界のコンセンサスではなく個人的な意見ですので要注意です。

●(Intermittent fastingとは何か?)"間欠的に断食をすることで、細胞のエネルギー源を糖や脂質からケトン体に変えることです。"

脂質をエネルギー源として消費する際はケトン体にしてから燃やしていくので、「脂質からケトン体に変える」というのは生物化学的に誤りです。

●"総摂取カロリーを少なくするだけでなく"

「カロリー」というのは単位なので(大衆向けとしては仕方ないのは解りますが)この使用方法は誤りです。体重を減らす際に、「kgを減らす」とは言いませんよね。意味は解りますが・・。

間欠的断食はエネルギー摂取量を少なくするか否かは関係ありません。一日、2000 kcalの食事で体重が維持してきた人が、朝食1200 kcal摂り、12時間の断食を経て夜に800 kcalを摂るというのでも間欠的断食になります。エネルギー摂取を下げることが間欠的断食に必須と考えるのは誤りです。

●"人で試されている方法は3種類あります"

3つの種類が示されていますが、その限りではありません。たとえば3日に極度にエネルギー摂取量を減らして4日は多めに摂るという研究もあります(Coutinho et al., Clin Nutr, 2018),

●”Intermittent fastingは、人間本来のあるべき形"

ここに述べられている内容は興味深いですが、証明されているわけではないので仮説として表現すべきでしょう。また、この文章に限ったことではないですが、NEJMに紹介されている文面なのか、ご自身の意見なのか不明です。引用文献を示すべき内容でしょう。

●”50人の健康な成人を対象にした研究です(Cell Metab. 2018;27(4):805–815.e4.)。2年間のIntermittent fastingにより、肥満・インスリン抵抗性・脂質異常・高血圧・炎症が改善されました。"

これは誤った解釈です。この研究では間欠的断食なのか、ただのエネルギー制限職なのか区別できていません。詳しくは私のNoteをご覧ください(以下、Note)。

●"肥満女性100人で単なるカロリー制限とintermittent fastingを比較した試験です。6ヶ月後、体重減少は同程度でしたが、intermittent fasting群でより大きな・・略・・(Br J Nutr. 2013;110(8):1534–1547.)"
(任意に略しました)

この研究はエネルギー制限とエネルギー制限+間欠的断食の比較とはいえません。まず単なるエネルギー制限ではなくて炭水化物を制限したことによるエネルギー制限です。そして断食に従わない群では炭水化物を制限しながら、たんぱく質と脂質を主とする食品の摂取が許されています。そのためけっきょく同じレベルのエネルギー制限下での比較が成されておらずNoteに記した問題を抱えています。

●"4:3 intermittent fasting(1日断食を1週間に3日)により、境界糖尿病・糖尿病患者のインスリン抵抗性が改善した(=糖尿病のレベルでなくなった)という報告もあります(Cell Metab. 2018;27(6):1212–1221.e3.)。"

引用文献が誤りです。ここで引用されている研究は一日内で断食の時間帯(午後3時以降から朝まで)作るか作らないかという試験になります。

●"高血圧・脂質異常症・糖尿病に対し良い影響が認められることは、その他多くの研究で確かめられています。"

Noteに記した問題点から、確かめられているとはいえません。断食の研究ですらないものがNEJMでは根拠として挙げられています。

●"高齢者で言語記憶能力、作業記憶が改善しました(Proc Natl Acad Sci U S A. 2009;106(4):1255–1260., CNS Spectr. 2019;1–7.)"

ここで引用されている研究はそもそも断食の研究ではありません。Note にも記した問題を抱えています。

●"その他、認知症、喘息、多発性硬化症、関節リウマチ、外傷による組織破壊を予防・改善させることが期待されています。これらはまだコホート研究では確認されておらず、case seriesや動物実験で示唆されています。"

Case seriesや動物実験でもNoteに挙げた問題があり、さらにヒトを対象にした研究では効果の実証に失敗しているものもあります(Note)。「示唆されている」ことを述べて、示唆に失敗した質の良い研究について述べないのは示威的で不適切といえるでしょう。言うまでも無く、Case seriesや動物実験由来のエビデンスは(あったとしても)質は低いです。また介入試験もある意味、コホート研究です。「確認されておらず」は研究が無いのか、実証に失敗したのかわからないので表現が不十分といえます。

●(間欠的断食の問題点)"医師がintermittent fastingの効用を知らない。知らないから勧められない。"

私のNoteでも引用した実際に期待される効果が見出せなかった介入研究や私が挙げる問題点に詳しい医療従事者が多いからかもしれません。また(効果が認められれば)医師が勧められなくても栄養士が勧められればよいのでそもそも問題ではありません。「多くの医師は解ってない」というような表現は読み手の気分を害するものですし不適切でしょう。

●"最初の1ヶ月間は、断食期間がつらい。おなかすいたり集中できなかったりイライラしたりする。ただ、1ヶ月過ぎると問題なくなる(Br J Nutr. 2013;110(8):1534–1547.など)。"

他の制限食と比べて違いがなかったというだけで、どれだけ大変なのかは引用された研究からはわかりません。どのような制限を行うかによって異なりますが、断食を依頼して40%ほどの脱落者がいたという研究もあります(Trepanowski et al., JAMA Intern Med, 2017)。偏った引用、および問題無くなると言い切るのはともに不適切と言えるでしょう。

●(結論)"今後必ず、さらなる(良い)エビデンスが出て来ます。そして最終的にはintermittent Fasting が肥満・心血管疾患・癌にとどまらず、全ての生活習慣病に対する一つの治療戦略となるでしょう。"

これは非常に問題のある発言です。研究とは仮説が本当に正しいかどうか客観的に解らないから行うものです。この結論にはその客観性が欠如してます。さらにNEJMの論文が出た時点でも、仮説通りにいっていない研究成果もあります。そういった研究を無視している偏った考えでもあります。科学的な情報を伝える姿勢の骨子に関わる問題といえるでしょう。

不適切な情報が流布する問題

申し訳ないですが、突っ込みどころの方が、許容できる内容よりも遥かに多いという様でした。元の論文が有名な学術誌を元にしてこの事態です。こうした事は数限りなくあるのが実情と思って頂ければと思っています。

このNoteでは有名な医学誌(NEJM)に紹介された情報などに基づいた二次情報に相当します。NEJMの論文が多くの原著論文を(誤りが多いながらも)まとめた総説ですので、それを二次情報とするとWeb上の記事は三次情報と考えてもよいでしょう。当然、専門家でない人が鵜呑みにする、あるいは選択的に情報を選抜するようであれば情報の質は落ちていきます。

誤った情報が広がる理由としては、論文著者を含みその情報を発信する人が

①「強いエビデンスは無いが効果があると言っても支障ないだろう」という前提、考えを信じてしまうから、あるいは
②「強いエビデンス」がどういったものか判断できないから

という2つのどちらか、あるいは両方を満たすからと私は考えています(私見)。こうした件を満たす人が”専門家”として意見を一般向けに発信してしまっているのはやはり憂慮すべきですね。

「デマは千里を走る」

情報を発信する自由は誰にもありますし、専門家でない人でも最新の論文、特に有力な学術誌の論文を情報源に「科学的根拠に基づく」ものとして情報を発信したいという意欲は理解できます。その一方で、楽しく解り易く一般向けに発信しようという前向きな意欲に基づいた内容に対し、問題点を指摘するのは容易ではありません。

指摘する以上は確実に裏をとらなくてはならないですし、どんな内容であれ問題点を指摘するというのは精神的に鬱々とするものです。(実は上記のようなFact Checkに似た確認は去年の5月には済んでいましたが、紹介する気持ちも奮わずそのままにしていました。)

そういった困難もあって、多くの情報に対して妥当な指摘や情報が後手後手となってしまうものと思います。そして書籍であり雑誌であり報道でありオンラインメディアであり、誤った情報が流布され蔓延するという構図があると思います。

論文の内容をただ訳すような慎重さを欠いた情報が容易に出回ってしまい、背景から精査する動きが遅れてしまう・・というスピードの違いが生じ、「悪事千里を走る」というようなことが実際に起きていると思います(Dizikes, ”False news flies faster”, MIT Technol Rev, 2018)。きっと情報科学界でこうした動向について多くの研究があることでしょう。

このNoteで書いていることに基づいて、NEJMの論文だから、発信者の所属先が世界最高学府だから、科学的な情報として説得力があるからといって、適切な情報が提供されているとは限らないということを強調したいと思っています。非常にやっかいな状況ですが、このNoteと以前のNoteなどを通じてその警戒心を強めて頂ければ幸いです。

註1)https://riklog.com/diet/intermittent-fasting/
「Intermittent fasting (間欠的断食)の科学的解説【2020年流行る】」 by 濱谷陸太 (2020年5月9日)
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著者は世界でも有名な大学院に所属しており「科学的に正しい情報を提供できる専門家」という標榜を掲げ、記事を書いていらっしゃいます。その華々しさから参考にさせて頂きました。


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