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強者として許しを請う <文学としての『鬼滅の刃』ラスト>完全考察※ネタバレ注意※

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〈後日譚〉

 ここで語ることは一つ。
 炭治郎は愈史郎を殺すべきだったのではないか、という問題である。

炭「死なないでくださいね
珠世さんのことずっと覚えていられるのは愈史郎さんだけです」

参照:吾峠呼世晴『鬼滅の刃 23』

 このセリフは言い換えるとこうなる。

炭「鬼の身体で生き続ければ珠世との思い出を不滅にできるよ」

 前回記事で解説した、第203話の弁証法の構造において無惨が提案したジンテーゼ「身体を不滅にしたものへ思いを継がせてどちらも不滅にする」という方法論そのもの!
 炭治郎は自らが拒否した方法論を愈史郎にさせたのだ。

★なぜ無惨と同じことを炭治郎が提案したのか

 無惨と炭治郎との対話の中の問題点として、炭治郎が論理的な否定をせず無視をした点を挙げた。
 その点と、炭治郎が無惨と全く同じ提案を愈史郎にしたという点をつなぐと浮かび上がってくるものがある。
 それは「炭治郎は永遠に生きることを否定したわけではない」という仮説だ。

 無惨と対峙した時と愈史郎と対峙した時で何が違ったのか。

 まず炭治郎が無惨と対峙した際に迫られた2択を確認する。

  1. みんなを捨てて、禰󠄀豆子と永遠に思い出の中で生きる

  2. 永遠を捨てて、みんなと限られた命を生きる

 この2択には「体を不滅にするかしないか」という意味と「みんなと生きるか生きないか」という意味がある。
 永遠に生きることを選ぶと必然的に皆を捨てることになるため、炭治郎は無惨が提案した永遠を拒否したのだと考えられる。
 つまり炭治郎は「みんなと生きる」ために「体を不滅にしない」ことを選んだのである。この決断によって「みんな」に含まれている愈史郎(身体を不滅にしている者)を生かさなければならない、という大きな矛盾を抱え込んでしまっている。

 次に炭治郎が愈史郎と対峙した際に選ぶことが出来た2択を確認する。

  1. 愈史郎を生かして、愈史郎及び珠世という過去を含めたみんなと生きる

  2. 愈史郎を殺して、愈史郎の思いを受け継ぎ、その思いと生きる

 結果として炭治郎は1を選んだわけだが、この選択肢は将来的に愈史郎が孤独になることが必然だ。
 炭治郎たちの面影と共に生きるしかない孤独がそう遠くない未来で待っていることは分かるはずだ。

どうするのが最善策なのか

 では炭治郎はどうすれば良かったのか。
2. 愈史郎を殺して、愈史郎の思いを受け継ぎ、その思いと生きる
 この選択肢をもう少し考えてみよう。
 この選択肢を選ぶと、無惨と対峙した際に提示された2択の内の「永遠を捨てて、みんなと限られた命を生きる」を完璧に選ぶことになる。
 無惨という永遠を捨て、愈史郎という永遠を捨て、身体の永遠を捨てる。無惨に与えられた永遠を捨て、愈史郎の記憶の中にい続けるという永遠も捨てることができる。
 そして限られた命を生き、無惨、愈史郎(及び炭治郎が知る限りの珠世)という想い・過去を抱えて、受け継いでいくことも炭治郎たちにはできたはずだ。そうして想いの不滅を叶えることもできたはずだ。

 炭治郎は「みんな」を捨てられなかったために別の生き物になれなかったわけだ。
 自分の“鬼”の制御をする責任を負うことを決めたわけだ。
 それなのにラストになっていきなり、自己犠牲すら払わずに愈史郎に「託そう」とした。
 ある意味で無責任なことを炭治郎はしてしまった。

 現代にて愈史郎は珠世の絵を描き続けている。
 この描写は他の鬼たちと同様、焼かれ続けているように私には思える。
 例えば、
愈「俺を斬れ 俺がこの先、暴走しないと言えるか?」
炭「ごめん」
愈「ありがとう 珠世さんにまた会える」
炭「よろしく伝えといて」
愈「幸せにな」
 このような流れで炭治郎は強者として許しを請うことが出来る。
 第1話では弱者として許しを請うた炭治郎が、強くなった・成長したことを象徴するかのように愈史郎を斬るべきだったと私は考える。
 そうすることができて初めて炭治郎が”鬼”から卒業できたと言えるのではないだろうか。

 「友を斬ることができなかった」という事実に、ジャンプ漫画の良識を破壊しようとした『鬼滅の刃』が、ジャンプ漫画の良識によって躓いてしまったことが現れているのではないだろうか。
 無限列車はまだ走り続けるのだろうか。

〈参考文献〉
1. 吾峠呼世晴(2016)『鬼滅の刃』集英社.
2. 外崎春雄(2019)『鬼滅の刃』(3)(アニメ),アニプレックス.

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