テレワーク中にチャイを煮出して

ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぶくぶく……。

片手鍋の中で泡を立てるベージュ色の液体を眺めながら、ふっと思ったのだ。
こんな風に、自分だけのために鍋をぐつぐつ言わせるのは、どれくらいぶりのことだろうって。

***

緊急事態宣言が発令され、休園状態が続いていた保育園が、とうとう開園してくれた。

2か月前。育休明けと新コロナの流行がもろに重なり、私は「在宅復帰」という、復帰したんだかしてないんだかよくわからない職場復帰を遂げた。
1歳5か月になった息子は、一人遊びが上手にできるほどには大きくなく、一日の大半を寝て過ごすほどには小さくない。
求められるがままに抱っこをしながらキーボードをたたく日々は、正直、肉体的にも精神的にも結構しんどかった。
オフィスウーマンである私が「これ、仕事になってるんだろうか」とつぶやけば、母親である私が「息子にこんなに暇をさせていいのだろうか」とつぶやく。
一人二律背反状態である。

いろいろと不安はあったものの、週に1,2回は出社して仕事をしなければならないこともあり、開園と同時に、ありがたく息子を預けることにした。
先生方には本当に頭が上がらない。

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チャイが飲みたい、と思ったのは、ある日の午前中のこと。
何を見たわけでも影響を受けたわけでもないのに、唐突にあのこっくりと甘ーく濃ゆーい飲み物が欲しくなってしまったのだ。

最初に思ったのは「我慢しよう」ということだった。

そして次に「なぜ我慢するのか」と問いかけた。

クセがついてしまっているのだ、ということにびっくりする。
本屋に行きたいな。でも息子を連れて行くのは面倒だし、我慢しよう。
昼ご飯にあれが食べたいな。でも作る余裕はないし、冷凍ご飯をチンしておにぎりにして食べよう。
自分以外の何かを優先して、自分の希望を後回しにする、そういうクセが。

良くない。これは良くないぞ。
今後もまだまだ続く人生を歩んでいくうえで、この思考のクセは良くない。

自分以外は誰もいない家の中。テレワーク中とはいえ、自分が飲みたいお茶を入れるくらいのことは許されるはずだ。

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そうして私はキッチンに立ち、水と茶葉を入れた片手鍋を火にかけた。

「チャイの醍醐味は沸騰した泡を楽しむこと」というのは、作り方を検索しているときに見つけた、紅茶専門店で働いていた人の台詞(マツコの知らない世界に出演していたらしい)。

3分間、十分に煮出したらミルクを入れ、再沸騰したのち再び3分間煮出す。

たった6分、されど6分。
ただよう紅茶の香りを吸い込みながら、じっと泡を見つめていた。
泡を楽しむって、これで良いのだろうか?

昔、何回かこんな風にチャイを作ったことがある。まだ学生だった、10代後半から20代前半の事である。
けれどその時は、この6分間(当時はそんなにきっかり時間を計らなかったけれど)が長くて長くて待てなくて、こんなに時間がかかるならもう作らなくていいかな、なんて思ってしまったのだ。

6分だぞ、自分。

使い古された表現だが、湯水のようにあふれる時間を持て余していたあの頃の自分にはわからなかったに違いまい。
自分のためだけに鍋をぐつぐつできる6分間がどれだけ貴重な時間なのか。
そんな風にして作るチャイがどれだけ自分を癒してくれるのか。

***

出来上がったチャイは、レシピが良かったのか心持ちのせいなのか、店で飲むチャイに引けをとらない美味しさで、私を驚かせた。

あつあつで、紅茶もミルクも濃厚で、程よい甘さで。

自己肯定感すら上がるような味だった。

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