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愛とシゴトとナイチンゲール(5)お年玉が意味する関係性があるから

国武めい|主人公。新人看護師。仕事ができず落ちこぼれ、かなり迷走している。
吉井艶子|めいの病棟に入院中の重症リウマチ患者さん。72才。


孫へのお年玉

ある年末のこと。いつものように吉井さんに呼ばれた。

「そこの引き出しにポチ袋が入っているから、取ってくれない?」

床頭台の引き出しを開けると、ピンク色にクマさんがついたポチ袋が入っていた。

「これ?」
「そうそう」

吉田さんは嬉しそうだ。

「お年玉?」
「そう。孫がね、正月に会いに来るっていうから、お年玉を準備しようと思って」

吉田さんが手を伸ばしたのでポチ袋を渡す。私はいつも自分から吉田さんの行動を誘導するのではなく、吉田さんのペースに合わせて行動する。

運動機能に障がいのある吉田さんは、ゆっくりと動く。どうしても私の方が行動が早い。早く物を差し出すと、急かしているように感じさせると思っているからだ。吉田さんは、自分が人を急かしても、急かされるのは大嫌いな人だ、と思っている。

吉田さんはポチ袋を開けお金を入れようとしたが、ポチ袋は静電気でピッタリとくっついていて、リウマチで曲がった指ではうまく開かなかった。

「お金、私が入れますよ」
「ありがとう」

私は吉田さんに代わって受け取ったお金をポチ袋に入れ、封をして、吉田さんに手渡した。

「ありがとうね」

吉田さんはもう一度お礼を言った。私はいつものように首を振った。

二世帯同居なら日常をともに過ごすが、別居しているおじいちゃんやおばあちゃんと孫との関係性を考えるとき、案外「お年玉」が重要な役割を占めていると思う。リウマチのせいでポチ袋を開けたり封をしたりできず、そんな大事なお年玉を自分で準備できない吉田さんの状況に、胸がギュッとした。

吉田さんが患っているのは重症リウマチ。リウマチは、自己免疫疾患と言われ、指や手足の関節が曲がったりして機能障害を生じる病気だ。リウマチの症状にも「程度」があり、吉田さんのリウマチは「重症」だった。

吉田さんはリウマチを発症してから20年以上経過していて、症状はひどく進行していた。指は曲がっているだけでなく、骨がスカスカになっていて、もろくなっていた。吉田さんの指に強い力をかけたら、すぐにポキリと折れてしまうだろう。

曲がっていて負荷がかけられない足ではもちろん歩くこともままならない。吉田さんは家族の来訪が嬉しいようだったが、家族はそうでもないようだった。

家族は吉田さんが退院になって自宅に帰ってくるのを恐れていた。とても自宅で介護できる状態ではなかった。それに、吉田さんのきつい性格に、家族は嫌な思いをしていたようだった。

吉田さんの家族を私は見たことがない。あまり病院に来ない上に、すぐに帰ってしまうからかもしれない。

患者の家族は実にさまざまだ。患者さんのベッドの隅に腰掛け、仲良く話したり、看護師に代わって体を拭いたり、院内の食堂や売店に出かけたりして面会時間いっぱいまで楽しく過ごす家族もいれば、笑顔も見せずに用件だけ済ませてそくささと病院を後にする家族もいる。面会の様子を見ていると、患者さんと家族の関係が見えてくるのだ。



※この物語はフィクションです。

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