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短編小説「グルメの大将」(裸の大将放浪記パロディ)

 小川からすこし離れた獣道を歩いていると、一人の男が行き倒れていた。

「あの、おじさん、だいじょうぶですか?」

 肩をゆっくりとさすってやると、男は気がついた。

「ど、どうやらぼくはお腹が減っていたみたいなんだな」

 男は独特なしゃべり方だった。が、特筆すべきはその出で立ちにあった。もうすぐ冬だというのにタンクトップにショートパンツ。リュックに赤い蝙蝠傘。極めつけに足元は下駄。まさしく地元では見かけないような旅人スタイルだった。いや、そんな軽装で旅をなめているのかと叱りつけてやりたくなるようなスタイルだ。

「ま、これでも飲んでください。温かくなりますよ」

 俺はリュックから魔法瓶を出し、お茶を与えてやった。男はまず、香りを楽しむと、ちびちびと舐めるようにお茶を飲んだ。

「これは香りが違うんだな。狭山でも静岡でもなく、宇治の銘茶なんだな。ぼくは違いがわかる男になりたいし、それが人生の目標でもあるんだな」

 感謝はされども、なんとなくムカついてしまった。

「それじゃ、俺はこれで」

「ちょ、ちょっと待つんだな」

 立ち去ろうとする俺の腕に、男は傘を引っ掛けた。

「お腹が空いたら、道ゆく人におむすびをもらいなさいって、お母さんに言われてきたんだな。おにいさんは、おむすびを持っていないのかなぁ?」

 ろくに感謝の意も伝えずに、けっこうな要求をかましてくる。この旅人はいったいなんなんだ? いや、厚顔無恥だから今まで生きてこれたというわけか。

 そういえば、岡山に住んでいる親戚のおじさんの話を思い出した。おじさんは三年前に行き倒れの旅人を助けてやったことがあるらしい。それがじつは伝説の放浪画家で、行く先々でその天然キャラで場を和ませ、男女の恋のもつれや、家族の不和などを解消させていったあげく、晴れやかな笑顔で別の地に旅立っていくという。

 そして肝心なポイント。後日、放浪画家はそこそこの値で売れる風景画を郵送してくれただの、そんな話をしていたな。

 もし、こいつが伝説の放浪画家ならば、親切にしない手はない。

「おむすびね。奇跡的なまでに持っているよ。男が作れる料理なんて、これくらいだ」

 今日の昼に山頂で食べようと思っていたおむすびを俺は並べてやった。

「それじゃあ、遠慮なくいただくんだな」

 ちょっとは遠慮しろよ、この野郎。三つならべたおむすびのうち、真ん中のおむすびに旅人は手を伸ばそうとした。が、触れる寸前で男は手を引っ込めた。

「お、おむすびの具材はどうなってるのかな?」

「好き嫌いなさそうな顔して、そんなこと聞くの?」

「ぼくは梅干しは口の中で酸っぱさが広がって、いやぁーってなっちゃうんだな」

 梅干しみたいなゴツゴツした顔をして、なにを言いやがる、不審者が。

「でも、紀州産の蜂蜜に漬けたやつなら、こんなぼくでも食べられる。む、むしろ、ありなんだな」

「冷蔵庫のやつを適当に入れただけだから、どんな梅干しか忘れちゃったよ」

「あと、ついでに言っておくと、ぼくの好きなおむすびの具材はぷりぷりの海老マヨネーズ、卵黄のしょうゆ漬け、それにねぎとろ、なんだな」

 不審者みたいな身なりで、通の人を気取りやがって、めんどくせえ。と思うものの、もはや彼は金の成る木。ふだんの俺なら「そこらの山菜でも喰ってろ!」と怒鳴って追い返しているところだが、ちょっとした奇跡が起きた。

 昨夜、俺は友人とその恋人をまねいて手巻き寿司パーティをしたのだ。友人の恋人にはじつは俺も思いを寄せていた過去があり、ゆえに昨夜は目の前でいちゃつかれたり、甘酸っぱい雰囲気を見せられ、身にしみるものがあったが、結果オーライ。

「今日のおむすびは海老マヨネーズとねぎとろ、それにたぶん紀州産の梅干しだ! 存分に好きなやつを選んでくれ!」

「お、おおう! これはなんともありがたいことなんだな」

 放浪画家は鼻をくんくんとさせている。おむすびの具をかぎあてようとしているのか? 犬か? そしてようやく一つのおむすびを手に取った。

「これはなんとも、美味しそうなんだな」

 これで放浪画家の機嫌をとり、絵が送られる。そうすればちょっとした小遣い稼ぎにはなる、はず。

 だが、放浪画家は一口かじると、眉間に皺を寄せた。

「ひ、ひとつ言い忘れたけど、おむすびの米は新潟産のこしひかり、海苔は有明産のでないと無理なんだな、食べた次の日にはお腹が痛く……」

「うるせえ! 二度と来るんじゃねえぞ! この芋野郎!」

 俺はおむすびを手に取り、不審者の顔面に投げつけた。

 


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