在宅社内ニート、5ヶ月ぶりに出社する

在宅勤務体制が始まった3月後半からGW頃までは業務が逼迫していましたが、私たちの所属チームと海外チームとのグローバル連携がまるっきり噛み合っておらず、本来は6月着手の予定で計画されていた業務が延期に延期に延期に延期を重ねて、結局その間は特にやることもなく、私は8月に入るまで社内ニート状態でした。
なお弊社はNew Normalを標榜して以来ずっと在宅勤務が解除されず、このまま物理オフィスを縮小していく計画も噂されています。
なのでもはや社内ニートですらない。在宅社内ニート。いや在宅社内ってなんだよ。もういい。ただのニート。

(私のことを発達障害者だと知っている)上司や産業医とは1対1の定期面談が設けられており、「在宅勤務が続いていますが、最近の体調はどうですか?」と毎回テンプレのように質問されます。(すごくありがたいけどちょっぴり腫れ物扱いを感じる)
質問には「そこそこ安定しています」と毎回答えており、嘘ではないものの、メンタリティは引きこもり当時に近いレベルまで落ちていました。
しかし(社内ニートとはいえ有難いことに)所属と収入があること、かかりつけの専門医と処方薬があること、いざとなったら相談できる当事者仲間がいること、そして自分の不調への対処方法を長年の経験で身につけたことから、引きこもり当時とは違って解決の手札が圧倒的に多く、総合的に安定していると判断しました。

とはいえ確かに、在宅社内ニートは「私はいてもいなくても変わらない→私は誰からも必要とされていない→私には価値がない」という無価値感を誘発しやすく、日々の生活は安定しているものの、うだつの上がらない日々を送っていました。

暇なら暇で、時間のかかる勉強とか資格取得とか自発的にやればよかったし、腐っても高IQなのでやればやったなりの成果は出せると思います。
しかし私の場合は高IQとADHDが悪魔合体して「興味のある分野は爆速で伸びるが、興味のない(または飽きた)分野は着手すらしない」「仮に着手できても脳が刺激不足で寝ているので、興味分野と比較して極めて低いパフォーマンスとなり、しまいには物理的に寝る(そして周囲から失望される)」「過集中と注意散漫のムラが激しく、計画実行性に乏しい」というカルマを背負っています。
言い訳がましいですが、発達障害なので「やらないと今すぐ死ぬ」ぐらいの強烈な圧力がない限り、そもそも「やる」を維持するのが絶望的に困難です。

やれ高学歴だ、MENSA会員だ、大手企業勤務だと纏わりついた肩書だけは立派でも、どれだけ時間が有り余って健康な肉体を有していても、やはり私は誰かに何かを課せられないと何ひとつ成し遂げられない愚物なのだ。
と、ここ3ヶ月間で思い知らされました。
外面的な見られ方と内面的なありさまが乖離して同一性の維持が困難になり、もともと人付き合いがそこまで好きでなかったところに外出自粛も合わさり、対外的なコミュニケーションが激減しました。
というより意図的に激減させました。
自発的に何もできないしする気もないのに、うっかりMENSAに入ってしまったり、当アカウントで「朕はギフテッドなり」などと自称してしまったり、そういった何もかもが嫌になってしまったので、思考することを放棄して、まどをあけるとかぜがすずしいとか、ごはんがあたたかくておいしいとか、くらくなったからねむいとか、感覚的・本能的に好ましいことにだけ正直にひたむきに、病まないように、ただ生命を維持していました。

そんなわけで3ヶ月ほど死んだ魚のような生活を送っていたわけですが、会社の上層部から「期末までに何かしらの成果を出せ」と所属チームまるごと詰められ(そりゃそうだろう)、私たちは8/31までに「合計100ページ超の経緯報告書と調査書を仕上げて提出する」という激重宿題を抱えた夏休みの小学生にジョブチェンジしました。
魚から小学生へと数段飛ばしの進化です。つらい。
在宅勤務では8/31の提出に到底間に合わないと判断した上司は、上司と私の2人分の出社申請メールを送り、私たちは晴れて週2回の出社を許可されました。やったね!
本音を言うともう永遠に出社したくないし、私はグラブルの半額CP周回で忙しいので調査書なんて心底どうでもいい。

5ヶ月ぶりに出社したオフィスは、清掃業者が定期的に入っているのか存外きれいで、しかし共用部には使用禁止のバリケードが張られまくり消毒液があちこちに置かれまくりの厳戒態勢でした。
無人のオフィスに放置された私物は、自分のものも含めて全く変化しておらず、故人の面影を偲ばせる遺品のように寂しく佇んでいました。
卓上カレンダーはすべて3月のままで、いつからここがこうなってしまったのかログを示すタイムスタンプのようでした。
今ここにいるのは私と上司の2人だけで、しかしSlackに入れば全員オンラインで(概念上は)出社しており、社員全員が在宅勤務するとこのように「生身の体を失ったまま仮想空間で粛々と業務を遂行するディストピアSF」っぽさが滲み出るのだなと今更ながら実感しました。
遺品から自席の位置を特定した私は、お盆に帰ってくるご先祖様もきっとこんな気分なのだろうと思いを馳せつつ(概念上の)出社をしました。

海外チームとのオンライン会議に深夜0時まで連日拘束されることが嫌になった上司は、景気付けにと2人前の寿司をUberEatsで注文してくれました。
この穴子すごいふっくらしてますね!スーパーとか回転寿司のペラッペラのやつとは全然違う!なんて言いながら堪能しました。
海外チームとの意思疎通はやはり上手くいかず、「期日までにこれを必ず完了してくださいね」と日本チームから頼んでおいた約束はなぜか反故にされてるし、やってらんねえと周囲を見渡してもそこにあるのは寂れた墓地だけで、何のために感染リスクを負ってまで現世に受肉出社(しかも深夜残業)したのかと虚しくなりました。
上司が奢ってくれた寿司の旨さだけが辛うじて私をオフィスに留めており、映画『おくりびと』で納棺を終えた本木雅弘がフライドチキンにむしゃぶりついて生の実感を取り戻すシーンをなんとなく思い出しました。

社内のとある支社が、今後は物理オフィスを持たず、社員にも副業を許可するよう方針転換するとの噂を聞きました。
「もし副業OKになったら何をしようか?」とチームで雑談しましたが、そのとき私は何も思い浮かびませんでした。
これまでの職務経歴といえば、クリエイティブとマーケティングとコンサルティング業界の浅い反復横跳びで、悪くはないけどずっとこれだけをやっていくのはそろそろ私の興味が保たないような気がしてきていて。
やるなら(自分にとってもメリットのある)大人の2Eにまつわる何かだろうけど、本業化するほどのモチベーションも収益性もなく、かといって今の本業に身を置きながら片手間で進めるには私のキャパが到底足りない、本業が暇でもそれはそれで死んだ魚のようになって自滅することが今回わかったし、自主性も自律性もないし、そもそも私は本当に高IQなんだろうか、誤診じゃなかろうか、こんなことばかりぐるぐる考えて結局なにも成し遂げないまま人生を終えるのかもしれません。
せめてこのnoteが私と似たような放電をしている未来の仲間にとっての墓標になればいいなと思います。まとまらない。おわり。

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