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創作とウイスキーの相場

ある作家が怒りながらバーに入ってきた。
彼は1時間前、TwitterのDMで「2万字くらいの小説を5000円で書いてもらえませんか」と依頼されたのだ。
それは彼にとって不当に安い価格提示だった。小説はただ文字を書けばいいというものではない。資料集めが必要だし、物語も構想しなければならない。なにより書くための労力と時間がかかる。それをたったの5000円で書いてくれとは失礼な奴だ、と彼は思った。
彼は激怒し、DMをスクリーンショットしてTwitterに公開し、「相場を無視したこんな失礼な額で依頼するなんて、なんて非常識な奴だ!」とツイートした。ツイートは多くの賛同を得て、依頼者はアカウントを消した。

しかし、それだけで彼の怒りは治らなかった。
酒でも飲まなければ気が済まない。
彼は酒にあまり興味がなく、普段は居酒屋でビールやハイボールを付き合いで飲む程度だったが、今日はどうせなら気晴らしに良い店でとびきり高い酒を飲みたかった。
良い店で高い酒と言えば、行くべきは居酒屋ではなくバーだ。
カウンターに座ると、彼はウイスキーの棚を見つめた。
1番高い酒はどれで、いくらくらいだろう?
居酒屋だとビールは1杯500円、せいぜい800円くらいだ。今日は気晴らしだ。奮発して1杯3000円、いや、5000円出してもいい。
彼は棚の1番上に飾ってあるウイスキーを指さした。瓶には「ポートエレン」とシンプルな文字で書かれていた。特に高級そうには見えなかったが、棚の高い位置に置いてあるから、そこそこのボトルなのだろう。

「すみません、あのウイスキーが飲みたいんですが、1杯3000円くらいで飲めますか?」

マスターは顔色をみるみる変えた。
「お前は何を言ってるんだ? ポートエレンが3000円で飲めるわけがないだろう。すぐに出て行ってくれ!」
マスターは周囲の客にも「こいつは相場を無視してポートエレンを3000円で飲めるかと聞いてきた。なんて失礼で非常識な奴だ!」と話しはじめだ。客達もありえない、常識がないと呆れた。

彼は逃げるように店を飛び出して、Twitterを開いた。
「ウイスキーの相場なんて知るわけがないだろう! 相場を知らなくて安い値段を聞いただけなのに、晒し者にするなんて非常識な店だ!」

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