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猫と労働 第0話 「筆者まえがき~猫語の教科書~」

 あらゆる生物は進化の過程でその種の生存に必要な能力を獲得してきた。獲物を仕留める牙や爪。危険をより早く察知する広い視野。敵から逃げるための長く走れる持久力。過酷な環境で生き抜けるよう脂肪や水分を貯蔵する器官。
 これらの能力で環境に適応し、その命を次の世代、また更に次の世代へと受け継いできたのだ。

 それでは哺乳綱食肉目ネコ科ネコ属に属するイエネコ、我々が一般的に「猫」と呼ぶその生き物は進化の過程で何を獲得したのだろうか。
 同じネコ科のライオンは大きな体躯と獲物を切り裂く鋭い牙と爪、チーターはしなやかな体と一気に獲物に近づくための驚異的な脚力を手に入れた。彼らは捕食者へ適した進化の道を選んだのだ。
 だが、猫が長い進化の過程で手に入れたものは彼らとは違う。思わず撫でたり膝に乗せたくなる、やわらかく可憐なボディと、何時間も飽きずに見ていられそうな愛くるしい顔、そして表情だ。そう、猫は生き残るために「可愛さ」を獲得したのだ。
 そして猫が獲得した能力はもう一つある。それは「知能」だ。あまり知られていないが、猫は人間と同程度に賢い生き物だ。IQもさほど変わらない。
 と、こんなことを書くといつだって「酔っぱらってるんですか?」とか「クスリやってますよね?」なんて事を言われる。実に心外だ。そこで猫が高い知能を持つ証拠を提示させていただく。

 ここに一冊の本がある。「猫語の教科書」というタイトルのこの本、表紙を一瞥しただけではタイトル下に記載されているポール・ギャリコさんが作者に見えるがそうではない。この本は表紙に写ってる猫によって書かれたものだ。あくまでもポール・ギャリコさんは作者である猫から原稿を受け取りそれを編集した、編集者という立場でしかない。
 「そんなの嘘だ。猫が本を書けるはずがないだろ」と否定する読者様の声が聞こえてきそうだが、決して嘘ではない。その証拠に表紙をめくってみると、作者がこのように紹介されている。

 いかがだろうか?これで猫に執筆するだけの知能がある事がお分かりいただけたかと思う。そして一般的に「本を書く」という行為は人間の中でも頭が良い人がやる事と考えられている。この事実だけでも猫の知的水準がかなり高い事が窺える。
 まだ信じられない人は表紙の写真をもう一度見返して欲しい。作者がタイプライターを使用している瞬間を完璧に捉えた写真だ。これはもう動かぬ証拠と言って差し支えない。
 これを突きつけられてもまだ否定する人は自分に不都合は事を認めない、心理学で言う「確証バイアス」がかかってると思われる。それは公平な判断を妨げる要因となり得る。受け入れがたい事実から目を背けない姿勢はビジネス、私生活においてとても大事だ。

 本を出版している事だけでも猫という生き物の賢さが分かるが、実際にこの本を読むと猫の聡明さと状況判断の的確さが一層鮮やかに伝わってくる。猫の生態をより詳しく知りたいと思う、学術的探究心旺盛な方には是非ともおススメしたい一冊だ。
 だが、もし貴方が今現在猫を飼っていたり、昔飼ってたというのならおススメし難い一冊でもある。先ほどご紹介した作者の愛らしい写真の下に記載されていた紹介文、そしてこの裏表紙の説明から分かるように、猫の飼い主からすればかなりショックな内容だからだ。

 そう、この本は猫が人間の家を乗っ取り、人間をしつけて快適に暮らす方法が書かれたマニュアルなのだ。ライオンやチーターが捕食者としての進化を選んだのに対し、猫は人間を利用する寄生者としての進化を選んだ事が浮き彫りになる内容だ。猫が進化の過程で獲得した高度な知能と圧倒的可愛さを駆使し、人間を猫の奉仕者たらしめる方法が微に入り細に入り、実に詳細に書かれている。
 
 もし貴方が猫を飼っているのなら言いたい。この本を読めば貴方の家がマニュアル通りに、もしくはマニュアルを応用したやり方で乗っ取られてる事に気付くだろうという事を。
 貴方にとっては偶発的かつ運命的な出会いだったかもしれないが、猫からすれば計算通りの必然的出会いだったかもしれないし、貴方は「拾った」とか「引き取った」という認識だったかもしれないが、猫からすれば「自分の意思で快適そうな家を選んだだけ」なのかもしれない。
 多くの飼い主が「そんな事はない!うちの子はそんな事はしない!」と反論したくなるだろう。だが、貴方の猫を今一度よく見て欲しい。出会った時は「お腹を空かせて震えている、可哀そうな姿」だったのに、気が付けば「上げ膳に据え膳の生活で丸々と太り、家の中を我が物顔で闊歩している」のではないだろうか。今現在の貴方の家の実質的なご主人様は誰なのか?もう、答えはお分かりかと思う。
 
 この本を読んで尚、猫による乗っ取り行為を否定する人もいるだろう。そういう人は自身に不都合な真実を認めたくない、心理学で言う「確証バイアス」がかかってると思われる。不都合な事実からは目を背けてはいけない・・・と言いたいところだが、これに関しては全力で目を背けてもらって構わない。仮に猫の策略だったとしても、家に可愛い猫が住むようになったのなら結果オーライだ。むしろ自分を騙してくれた猫の知能に感謝しよう。

 さて、少し前置きが長くなったが、筆者はこれから猫が登場する小説をいくつか書いてみようと思っている。筆者はずぶの素人なので、その出来上がった小説の拙さに対しての批判は甘んじて受ける覚悟はある。だが、猫の知能がそんなに高いはずはないとか、猫が喋るはずがないといったような、猫の生態を理解してない的外れな批判が来るのは困る。ゆえに長々と猫の知能が高いことを説明した次第だ。
 猫は人間と同じように働ける。お掃除も出来るしお買い物にだって行ける。料理も作れるし、武器を持ってハンターさんと一緒に狩りに行くことだって出来る。ただ、今はやる必要性がないからやらないだけ。やるべき状況になったら何でもやれる、やる時はやる生き物なのだ。
 
 これから書く小説は近い未来の日本を描くフィクションであるが、決してSFやファンタジーの類ではない。非生物学的なものでも、非科学的なものでもない。あくまでも猫のリアルを念頭に置いた上で想像された物語だ。
 お時間があるのなら是非、お付き合いいただきたい。

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