奇跡はゆっくり、ゆっくりと生じる

『銀河英雄伝説』という作品がある。わたしは田中芳樹の原作を読んだことはないけれども、バブル経済期前後にアニメ化されたものを夢中で見た。最近は新作がリメイクされ、これもなかなかに楽しめた。

自由惑星同盟の腐りきった民主主義を、それでも守ろうとするヤン。一方で、銀河帝国の極めて優秀な皇帝であるラインハルト。作品を観ていると、民主主義なんてまどろっこしい、優秀なリーダーによる英断そしてトップダウンがいいと思えてくる。

ところで、わたしの働く教会は今までの任地も含めて、すべて役員会/長老会制度をとっている。その歴史的な由来や多様性は話せば長いので省略するが、ようするに、信徒たちから選挙や推薦で選ばれた役員による会議によって、教会の細かな運営を決定するのである。牧師による独断や独裁は許されない。そんなことをする牧師は、信徒全員による総会の決議によって罷免されることもある。

役員会を開いていると当然のことながら、しばしば意見の衝突が生じる。たとえば礼拝堂を建て直したいとする。数千万円規模のお金が動くわけだから、激突といっていいレベルの議論が起こることもある。牧師の「神学的な」プランに対して、役員がことごとく反対する。あるいは役員同士で派閥のような争いになってしまうことさえある。

わたしも今まで、何度もそういう体験をしてきた。わたしはそのたびに苛立った。ああいっそ、わたしがぜんぶ独りで決められたら早いのにと。あの人のあの意見は邪魔だ、わたしのやり方で統一すれば、ことはシンプルなのだがと。このままではいけない、わたしのやり方ならスピード感ある改革ができるのだがと。どうしてみんな反対ばかりするのかと。わたしを招聘したからには、わたしのリーダーシップにもうちょっと信頼を置いてくれてもいいのにと。

わたしの手元に、革表紙の讃美歌がある。伝道者として駆け出して以来、ずっと使っている。初任地で役員がくれたものだ。見返しにその人の署名がある。もうご存命ではない、その人の厳しい顔を想いだす。彼はいつも、わたしのやり方に厳しく、ときには激しく反対した。わたしも若気の至りで、喧嘩腰でやりあった。そんなことをやらかしては翌日、彼のお店に「昨日はすみませんでした」と挨拶に行ったものだ。そして役員会とはまたぜんぜん違う仕方で、一人の鍛錬された信徒としての彼から、わたしは教会生活の醍醐味を聴かせてもらうのだった。

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