15分小説「星見るヤギ。星降らずの時。」

「あそこがベガで、あそこが……」
空を見上げて独り言をつぶやくヤギがいた。遠い昔に教えてくれた。
「マシェットや。あそことあそことあそこ。3つで大三角形だよ。」
教えてくれる人間がいた。マシェットはその人間が発する言語の意味を理解しているようだった。
「めぇ~」
「わかるのかい?僕も暇だからねぇ。こうやって空を眺めるのが好きなんだよねぇ。」

嘘である。というより、酷くテキトーなことをこの人間は言っていた。
マシェットは気がついていた。昼間の空を見てどこに星があるのかわかるのだろうか。けれど、この人間の話は面白かった。聞いたことのない情報。ヤギとして生きていく上で知ることのない情報をたくさん知っていた。

ある時を境にこの人間はマシェットの前に現れなくなった。草原に大の字で寝転び適当なことをしゃべる人間を見れなくなった。聞けなくなった。その人間は言っていた。
「僕たち生き物はね、天国に行くとお星さまになるんだよ。」
マシェットは嫌な予感がした。毎日来ていたのに。まさか。

マシェットはへこんでしまった。別れが辛いものだと初めて知った。それから毎日、常に、空を見上げていた。新しい星を探して。

マシェットはひとりぼっちだった。故に人語を話しても誰も不気味がらなかった。あの人間も来なくなった今、なんとなく声に出していた。
「あそこがベガで……」


もう悲しくない。ただ日課として、楽しみとして空を見上げていたマシェットがそこにはいた。あの人間が来なくなってからだいぶ時間が経過した頃である。
「あそこがベガで……」
「君、喋れるんだねぇ!」
あの人間がきた。喋っているところも見られた。だけど、不気味がる様子もなくマシェットの横に来てまた数年前のように大の字で草原に寝っ転がった。
「ごめんごめん。今までなんとなく喋っていたよ。今日は夜だからはっきり見えるね。今はあそこが北極星。北極星は移り変わるんだってさ。」
マシェットは「へぇ~!」とにっこり空を見上げた。北極星という単語は初めて聞いたのだ。


これからも新たな適当な星の知識をマシェットは知りつづけることとなる。

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