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『ジーノの家 イタリア10景』内田 洋子

読み終えるのが惜しくなる一冊だった。10編のエッセイ一つずつが短編映画のように鮮やかにイタリアの魅力を描かれる。イタリア人は、行動の一つ一つが大袈裟だったり、芝居がかってる印象がある。でもそれがいい。老若男女関係なくシンプルにかっこいい。いわゆる絵になるという感じだ。日常の本当に些細な一瞬が映画のワンシーンのようにきらめいて見える。中でもグッとイメージが湧くのが食にまつわる描写だ。

バールのカッフェ・コルレット

「どうも、お疲れさん」
ペップッチョは低くつぶやくように言い、二杯目のコーヒーをカウンターに置いた。ちらりと若い警官を見て、そのコーヒーにグラッパをたっぷり注ぎ足してから、ほれ、と差し出した。
カッフェ・コルレットである。コーヒーの酒割り、とでも訳せばいいか。アルコール度40パーセント以上はあろうかという蒸留酒をエスプレッソコーヒーに加えて、喉奥に放り込むようにして一息に空ける。喉元を苦いコーヒーと燃える酒が通過し、五臓六腑にカッと火が点く。

黒いミラノ『ジーノの家』P18

とあるミラノの24時間営業のカフェ(バール)でのワンシーン。夜勤明けの新米とベテラン警察官の2人組が川から衝撃的な遺体の引き上げを終えて戻ってきての一杯。どういう取材をしているのかわからないがこの警察官が見てきた現場検証や遺体の様子も詳しく描かれていてものすごいインパクトがある。ミラノと警官とエスプレッソって、もうイタリアだ。第一章にふさわしい。

シスターのミネストローネ

シスターのミネストローネは、ざく切りにした数種の春の野菜をただ煮合わせただけの質素なものだったが、それぞれの旨味がよく出ていて、心底温まる逸品だった。
祖国を後にして長い船旅のすえ着いた先は、言葉の通じない異国である。しかも出迎えに来たのは、老いたシスターと日本人。ぐるぐる回り上って山奥まで連れてこられて、幼い子供達はどれほどに心細かっただろう。飾り気のないスープは、何よりのもてなしだった。

私がポッジに住んだ訳『ジーノの家』P248

ペルーから船でイタリアにやってきた6人家族をシスターと出迎える話。この後、一度はイタリアを捨ててペルーの炭鉱で苦労して生きてきた家族の物語が続く。貧しさや、苦難もまた日本にはない色彩の強さが印象に残る。夫婦の出会いや、妻のたくましいセリフがグッとくる。




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