IMF 国際金融安定性報告書(2022年4月版)のポイント(デジタル通貨関連)

1.国際金融安定性報告書とは?

4月19日にIMFから国際金融安定性報告書(Global Financial Stability Report、GFSR)が公表されました。これは、IMFの3つのフラッグシップレポートの一つであり、他には世界経済見通し(World Economic Outlook、WEO)や財政モニターFiscal Monitor)があります。これらの報告書は毎年4月と10月の2回公表されます。

通常、GFSRは第一章で足元の国際金融市場の動向について触れ、第二章以降はホットトピックを掘り下げて解説する、という構成となっています。

今回のGFSRの第二章はSovereign-Bank Nexus問題(銀行が国債を大量に保有するため、財政リスクが金融セクターのリスクと密接に関連している状況)、第三章はネオバンクやDeFiなどのフィンテックの金融システム上のリスクについて取り上げています。

この投稿ではGFSRの第一章について、全体的なメッセージと、個人的に興味深いと思ったデジタルマネー関連のトピックに焦点を絞って解説したいと思います。

2.第一章の全般的なメッセージ

今回のGFSRの全般的なメッセージは概ね以下の通りです。

  • COVID-19がようやく落ち着きつつある中で、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、世界の金融市場は著しくタイト化し経済の下方リスクが増大した。しかし、まだグローバルなシステミック危機ではない。

  • 既にインフレ圧力が高まっているのに加え、コモディティ価格が急上昇し、未だ景気対策の観点から緩和的な金融政策が必要な国は、金融政策の舵取りが難しくなっている。

  • ウクライナ侵攻の影響は、銀行の貸し出しやその他の取引関係、金融市場の混乱、暗号資産など様々な経路を通じて金融システムに影響を与えている。

  • 新興市場国では、金融市場は更にタイトであり、証券投資資金の流出リスクも高まっている。中国では不動産市場やCOVID-19の感染拡大でストレスかにある中で金融リスクは高止まっている。

  • 政府は、今後数年間、エネルギー安全保障と気候変動のトレードオフ、市場の分断リスク、金融投資における米ドルの立ち位置といった、構造的な問題に直面する。

  •  政府は、パンデミックからの経済回復を腰折れさせるような無秩序な金融引き締めを避けつつ、インフレ抑制に取り組む必要。

ものすごくざっくり言うと、コロナ禍からの経済回復とインフレ対策のバランスをとりつつ金融緩和の出口を模索すべきところに、ロシアのウクライナ侵攻で短期的(原油・ガス・食料品価格の上昇など)・長期的(世界経済の分断リスク)の問題が出てきてしまって、政策の舵取りが更に難しくなってしまった、と言うことです。

続いて、こうした世界情勢の中で、暗号資産やデジタル通貨(CBDC)がどのようなリスクを引き起こしうるのかについて解説したいと思います。

3.経済制裁と暗号資産やデジタル通貨の意義

GFSRの第一章では暗号資産が経済制裁逃れに活用されるリスクや、経済制裁が国際金融システムを分断するリスクについて、以下のように述べられています。

①暗号資産と経済制裁


暗号資産については、コロナ禍が発生した2020年以降、大幅に取引が活発化しました。暗号資産が投機的な売買に留まらず、支払いや資産価値保全のために通貨よりも使われるようになるというCryptoizationを引き起こせば大きな問題となるとの指摘はかねてからありました。

そうした中で、ロシアへの経済制裁やロシア・ウクライナが導入した資本規制を回避するため、暗号資産が使われるのではないかという新たな論点が浮上しています。

これらの通貨と暗号資産の間の売買取引は、戦争開始直後には急上昇したものの、その後は横ばいに推移しており、特にロシアのルーブルとの取引量は減少傾向にあります。こうしたことから、暗号資産取引所を活用した大規模な送金は難しいとの分析がなされています。

一方で、暗号資産が経済制裁や資本規制の実施を困難にするという問題も顕在化しました。更に、制裁対象国が今後、輸出しにくくなった石油・ガスなどのエネルギー資源を使って発電し、その電力で暗号資産のマイニングを行う可能性についても指摘されています。

例えば、2021年8月時点で、ロシアによるビットコインのマイニング収益は月平均で15億ドル(年平均換算で180億ドル)に及ぶとの試算が示されています。

②国際金融システムの分断


今回の経済制裁による中長期的な課題として、外貨準備の非ドル化、国際決済システムの分断、CBDCを通じたブロック経済をあげています。

まず、外貨準備(各国政府が経済危機に備えて保有する外貨建て資産)は、長らく米ドルを中心とする先進国の金融資産で保有するのが常識でした。しかし、経済制裁としてロシア中央銀行が保有する米ドルなどの資産が凍結されて使えなくなってしまいました。

こうした制裁リスクに鑑み、各国政府がいざというときにG7から資産凍結をされないような、人民元やコモティディや暗号資産などの資産に外貨準備をシフトさせていく可能性が指摘されています。

次に、国際送金システムについて、SWIFTという同じネットワークを各国が使うことで規模の経済が働いていましたが、経済制裁リスクに備えて脱SWIFT化の動きが出るリスクがあると指摘されています。

現時点では、中国独自の送金システムであるCIPSもSWIFTに部分的に依拠して運営されており、SWIFTを代替できるネットワークはありませんが、今後、開発が進むかもしれません。

更に、現在、各国が検討しているデジタル通貨(CBDC)について、既存の国際決済の問題を解消するために使おうということがG20の中で議論されていますが、これが世界経済のブロック化と相まって、友好国だけでしか使えないようなCBDC決済ネットワークのブロック化に至ってしまうのではないかとの懸念も示されています。

4.政策提言

こうした外貨準備や国際決済などを通じた世界経済の分断リスクについて、IMFは以下のような政策提言をしています。

まず暗号資産が資本規制などを潜り抜けてしまう問題については、多面的な政策戦略が必要だとしています。具体的には、暗号資産に対する包括的で整合的かつよく調整された規制の導入や、各国との協力体制の構築、データギャップの解消、規制・監督へのテクノロジーの活用などを挙げています。

次に暗号資産が各国の通貨を代替してしまうCryptoizationに対しては、健全なマクロ経済政策の実施は必要であるとしつつ、それに加えて、今後IMFが公表するペーパーなどに示される政策を実施していくことも求められるとしています。

最後に、中長期的な分断リスクに関しては、国際協力を推し進めていくことが重要であり、IMFとしても国際社会の努力を後押ししていく、としています。

以上が今回のGFSRの僕なりのまとめになります。
もし更に学びたいという方がおられれば、前回のGFSRの第二章に暗号資産やデジタル通貨について、より基礎的な部分からしっかりと説明されているので、ご参考まで。

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