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この世のあらゆる模範に対するアンチ ジェニーン・ロス『食べ過ぎることの意味』(1984 書籍)①

本書については、ジェニーン・ロスが述べていることについての感想・考察と、それに関連した私自身の個人的な体験を分けて投稿します。
今回は、感想・考察です。
なお、過食症についての基本知識は省略します。

原題は、”Breaking Free From Compulsive Eating" 強迫的摂食からの解放。
過食症者に向けて、過食癖から解放されるためには、考え方や行動をどのように変革していけばいいのか、筆者の体験と知見に基づいて具体的に述べている。

本書は私にとって興味深く、また、非常に大きな助けとなった。それは、この本が「処世術パッケージ商品」とは異なるからだ。

「処世術パッケージ商品」と私が呼ぶのは、よりよく生きていくための考え方と、それに従った行動様式を示した本、講習会など。無料なので「商品」ではないが、重要な情報源ということで、ウェブサイトも含めてもいいかもしれない。
対人関係(夫婦、親子、恋人…)、キャリア形成、生き方、育児、様々な具体的課題(ダイエットや過食もこれに当たる)……。
人生において遭遇するあらゆるテーマについて、処世術パッケージ商品は用意されている。「こうしなさい、そうすれば上手くいく」と語りかけてくる。

たとえば、夫婦関係について。
「パートナーに対して不満がある?それなら、”彼が〇〇だったらいいのに”と思わないようにしましょう。”前向きなあきらめ”をしましょう。あなたは期待しなければ、落胆もしません」。
以前、夫との関係に悩んでいた頃、このようなアドバイスを本やウェブ記事で目にした。一度は、それに従ってみた。でも、どこか違和感があり、やはり受け入れないことにした。「あきらめって思考停止じゃない?問題に対し自分が無感覚になるだけであって、夫との関係そのものは改善しない」と私は感じた。今では、その疑問を抱いてよかったと思う。

ロスの本に示されているのもまた、一種の規律ではある。過食癖というピンポイントの課題に対し、実践的な対処法を提示し解決に導く。
しかし、「処世術パッケージ商品」とは決定的に異なるのは、「基準が自分側にあること」だ。

ロスは、”自分の身体をコントロールすることができる”という考えは幻想だと述べる。”自己管理によって理想の体型を手にする”という、過食症者に共通の夢は、幻想なのだ。身体を思い通りにすることはできない。コントロールしようとすれば、「身体は、生涯にわたる、激烈な、意志の葛藤の場となってしまう」(p.14)。
世間に流布するダイエット知識も、健康法も、「残さず食べよう」・「決まった時間に食べよう」のようなルールも、思い切って捨て去る必要がある。自分が今までの人生で蓄えてきた知識、刷り込まれてきたメッセージ、模範、理想、それらから解放されるということだ。
そして、自分の身体を信頼してみる。その欲求に従って行動する。具体的な試みとして、ロスは、「空腹になった時に食べる」ことを勧める。

過食することは、”全て剥ぎ取られること(deprivation)に対する最後の抵抗”だとロスは言う。
「”時間の浪費”は、私たちの文化では認められていません。」(p.118)
「私たちの社会の労働倫理では、生産的で必要なことだけに自分の時間を費やすことが当然とされ、私たちはそれに従うのです。」(p.119)
その倫理に対する、切羽詰まった抵抗として、過食という行為がある。
苦しい抵抗戦から解放されるために、食べ物やお酒以外で、自分が心からやりたいと思うことを見つけ、1日に15分でも実行してみることをロスは提案する。「心からやりたいと思うこと」とは、「なんの意味もなく、取るに足らない、なんの責任も負わなくていい、そんな事柄」(p.123)だと言う。「自分のために使える時間は、生きているあなたに本来備わっているもの」(p.123)だから、生産的でなくても構いはしない。自分に対して心から許せるなら、それが過食であってもいい。

人間としての欲求を”全て剥ぎ取られることに対する抵抗”は、歴史上、さまざまな形で絶え間なく表現されてきた。映画や小説においても、社会運動においても、あるいは、例えば戦争のような暴力という形でも。

話は逸れるが、なぜ、社会が発展しても暴力や戦争はなくならないのか?
私の考えは、「それは統治された人間の欲求不満の表出だから」。だから、戦場では平時のモラルが崩壊する。そして、権力による統治が継続する限り、暴力はなくならない。現状では、国家、宗教、企業、家族、道徳など、様々な権力、権威が存在する。

ロスの本に話を戻す。
身体の復権は、ロスの独自の考えではない。彼女も何かからヒントを得ているだろう。
だが、彼女は「空腹」という感覚に着目した。
食欲は、身体が発する叫びの一つだ。だが、睡眠欲や排泄欲とは異なり、食欲は食事やボディイメージの操作といった社会的行為と関連するので、容易に歪められてしまう。(今一つの欲求として、性欲がある。性欲と食欲は似ている。食べること同様、セックスも依存の対象となりうる。)
それに対し、空腹は野生動物にも人間にも共通する感覚だ。そこに立ち戻ることで、決定権を自分の側に取り戻すことができる。
空腹感に着目したという点において、本書は興味深く、また、過食症者にとっては大きな助けとなる。


この本に関連した、私の体験はこちら↓


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