撮影(2/4)

 そんな近藤・山崎カップルを前にして、僕は漠然と、ではなく、かなり明確に、畏敬、にも近い念を抱いている。つまり、自分には逆立ちしたって真似することはできないだろう、という思いである。もちろんそれの裏返しで、きっとあの二人には小説を(たとえこんなボロボロの小説であっても)完成させるなんてことはできないだろう、という僕自身の矜持もあったりするのだが、しかし書いていて不安になるのは、果たしてこの小説が本当にこのあと完成するのか、ということであったり、あの山崎さんには何かしら書けてしまうんじゃないか、最近はそういう多才な人はいくらでもいるし、特に東大生にはよく「引くぐらい」優秀な人がいたりするから、という心配である。


 まあ、そんな心配をいましても仕方ないので、話を進めよう。どんなことが起きたとしても、僕らがするべきことはきっと小説を書くことだけだろう。こんな考えは、何とも古風なロマンチシズムという感じだが、案外こういうありきたりなところに尽きるのかもしれない。


 さて、そんな近藤と山崎さんだが、この前も会う機会があった。ちょうど春休みの真ん中ぐらい、まだ二月でかなり寒い夜だった。僕は友達に誘われて、ある集まりに出かけて行った。そこに途中参加で近藤もやってきた。僕はおよそ一か月ぶりに会うこの友人と握手をして、それから乾杯した。


 それから、少しはしゃぎすぎたのだろうか、気が付くと僕の終電はなくなっていて、近くの近藤の家に泊まることになった。彼の住んでいる部屋はその懐事情と比べるとかなり質素で、一般的な男子大学生が住むような1Kのアパートだ。前にも一度だけ来たことがあった。そのとき始めて山崎さんと会ったのだが、僕と近藤がだいぶ酔った状態で家に入ると、いかにも寝間着という感じのジャージを着て、山崎さんが奥の寝室で漫画を読んでいた。


「え、ちょっと、直嶋くん」
と油断しきっていた山崎さんは驚いて立ち上がり
「ひと連れてくるなら言ってよ」
と近藤に文句を言った。なぜだか、そのとき車が前の道を通っていく音が聞こえたのをはっきりと覚えている。


 荷物を置いたりしてから、僕と近藤は台所の前に置かれたテーブルのところに座り、煙草を吸い始めた。山崎さんはそれには加わらなかった。僕と近藤は偶然同じ銘柄の煙草を吸っていて、この日近藤の家に来るあいだにも、二人ともコンビニで新しい箱を買ったのだ。そのときにはほかの友だちたちも一緒にいて、みんなで煙草を買うという行動がなんとも陳腐でむずがゆく、互いに揶揄しながらコンビニを出た。火をつけ終ると僕は煙草をカバンの中に仕舞い、近藤は立ち上がって換気扇をつけた。


 それから、僕はすぐに寝た。いろいろ話もしたかったが、僕は酔うと急激に眠くなるタイプで、近藤がかなり暖かい毛布をくれたこともあって、床に敷いた布団に入ってからすぐに寝たらしい。


 しかし、やはり中途半端な量のアルコールは眠りを浅くするのだろうか、二人の物音で起きてしまった。ちょうど二人の寝ているベッドの足側の床で寝ていたから、起き上がってまず見えたのは近藤の広い背中だった。すぐに山崎さんと目が合って、彼女は「わお」と小さく声を出した。


「やっば、ごめんごめん」

と笑いながら謝るところを見ると、きっかけは彼女の方だったのだろうか。僕は、まるで慌てない彼女を見て笑ってしまった。僕らの笑い声に釣られて

「まじすか」

と言う近藤の声も笑いが含まれる。そんな近藤を見て、山崎さんはもう一度彼の背中に脚を絡めた。

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