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遠景(4/4)

(ひそめた声で)「はい! 武村です」

「武村君、上野です」

「あ、どうも、ご無沙汰しております」(背後で人の話す声)「はい、すみません。ちょっと電話が……」

「あ、ほかの人から電話かな。一旦切ろうか」

「いえ、大丈夫です。こちらのことでして」(人の話す声が遠ざかっていく。扉の閉まるような音が聞こえて、武村の声しか聞こえなくなった)「上野さん、すみません。全然お電話できなくて」

「メッセージくれたけどね、やっぱりちゃんと話したかったからさ。でも仕事中だったか、ごめんね」

「はい、大丈夫です。むしろ、なんかいい感じです」

「俺の伝え方が、悪かったのもあるんだろうけどさ、あれ以外何か、覚えてることはないの?」

「いや、わからないですね。どんな光景だったかとか、何かもっと情報があると思い出せるかもしれないんですが……」

「交差点を曲がって、それから、あの通りで何か見たはずなんだ。それが思い出せないと、って思ってるんだけど、何か……」

「音楽の方はもう大丈夫なんでしょうか」

「音楽も、何かあるかもしれんけど。まだ気にはしてるよ」

「あの、どうして急にそんなに詳しく気になったんでしょうか」

「なんとなくだよ」一息置いて、「だってそうじゃないか、あの子の母親まで、もう死んでしまったんだぞ。そのくらい、気になっても構わないじゃないか」

「ええ、そうですよね」聞きながら、老人は後悔していた。「ご葬儀には母が伺いました」

「俺は、君に来てほしかった」

「すみません……。会社が東京なものですから」

「まあ、今日も忙しいんだろうし、悪かったよ」

「いえいえ、そんな」

「何か思い出したら、また電話してくれ」

「わかりました」

「メッセージでもいい」

「はい。思い出しましたら、必ず」


〈件名:麻衣さんについて 武村慎です ③〉

上野 様

あの道について、思い出したことがありましたのでご連絡差し上げます。

あの道の右側を、僕は歩いたことがありました。あれは、お通夜のときだったのか、何なのか、どうもそこははっきりしませんし、冷静に考えるほどに僕の夢だったのではないかとも思えるのですが、北高のみんなであの道を、ぞろぞろ列を成して歩いたような気がするのです。みんな制服を着ていました。
なぜ学校から遠く離れたあの道を、みんなで制服を着て歩いていたのか、ということは考えてもよくわかりません。けれども、僕の夢や思い違いではないという気もします。実際に、何かの時にみんな(もちろん、麻衣と仲の良かったみんな)であの道を列になって歩いたのだと思います。

きっとそれがお宅の方に向かって右側でした。道は大きくとも、歩道は普通の狭さだったため、みんな一列や二列になって、ずいぶん長く連なって、あの道を歩いたのです。麻衣はクラスに関係なく友達の多い子でしたから、きっとその数も多かったでしょう。僕はいまでは不思議とその光景を見たことに自信があります。確かに歩きました。
僕は結構後ろの方だったと思います。あまり後ろに人が続いている覚えはありません。暖かい日でした。あるいは歩いたせいで暑かったのかもしれません。誰かが、風を受けるためだったのでしょうか、歩きながらジャンプしたりして、まるで踊っているかのようでした。暖かい風が吹きました。
良い光景だったと思います。

以上、きわめて粗雑な文章ですが、お伝えしなければと思い、ご連絡差し上げました。何かのお役に立つと幸いです。いずれまた電話などで。
                                      武村


 老人は読み終わって、「そうかな」と呟いた。

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