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撮影(4/4)

 それでも、二人ともカメラのことを意識しているのがわかる。二人ともカメラの方は向かないにしているし、常に近藤が山崎さんの顔と身体を隠すように覆いかぶさっている。

 しかし、普段よく目にしたりして馴染んでいるものでも、自分がいったんそこに当事者として加わると、途端に違った表情を見せられることがある。この撮影もまさにそれで、普段AVで見ているような画には到底ならないことが、やってみてよくわかる。演者の二人が撮影にあまり協力的でないというところを除いてもなお、スマホの画面に映る映像には違和感がある。あまり、現実感がない。

 いま目の前では友達カップルのセックスが行われているというのは間違いなく、そのあまりの生々しさに僕は先ほどからずっと勃起している。ところが、スマホの画面の中にはその実感がない。おかしなことだ。上に近藤がいて、下に山崎さんがいる。

 僕は突然、目の前の二人が誰なのかわからなくなる。確かに近藤と山崎さんだが、この二人、いやこの二つは、決して先ほどまで一緒にいた、布団を押し入れから出してくれた山崎さんや、その布団を敷いてくれた近藤ではない。もっと、捉えようのない、僕の手元から離れたところにある何かだ。そう気づいて画面を見ると、この二つだけでなく、ここに映っているもの全部がそうだ。肉眼で見たときにシーツだったものはシーツではなく、山崎さんの着ていたジャージはジャージでなく、枕は枕でなく、近藤の揺れる髪は髪ではない、別のものに。

 やがてそこに、大きな肉だったものが映った。それは画面の左側をいっぱいに埋め尽くし、僕がスマホを持ち替えると、たちどころにいなくなった。それでも、依然画面の中は、僕にはわからない無数のもので埋め尽くされている。もはや興奮も何もなく、僕は不可解な気持ちで画面を見続ける。セックスなど映っていなかった。いや、そもそも映すものは何でもよかったのだろう。いったいどうして、こんなことになってしまったのか。

 いつの間か雨の音がだいぶ高くなっている。それがやけに大きいと思って、画面から目を離して肉眼で目の前を見ると、ちょうど山崎さんと目が合った。それは、もしかすると初めて山崎さんがカメラの方を向いた時だったのかもしれない。

「いや、やっぱイけないわ……」近藤はそう言って荒い息をしながら離れると、背筋を伸ばしてベッドの上に座った。山崎さんも起き上がった。近藤の背中に腕を伸ばして、彼を抱きしめる。

「もう満足でしょう?」

 それで、近藤が泣き始めた。

「もう満足でしょう? 聞いてる?」とまた山崎さんが言った。彼女は、僕に向かって言っているのだ。

「聞いてるよ、大丈夫」と僕はカメラアプリを切りながら答えた。「聞いてるさ」

 僕はあまり触れたことのないiOS端末をいじり、いまの動画のデータを削除した。ゴミ箱のフォルダからもだ。削除し終わったから、僕はそれを二人に伝えた。

「いまのデータ、全部削除しておいたからね」そう言って、山崎さんのスマホを元あったところに戻した。

 それから僕はもう一度台所に行き、置いてあった近藤の煙草に火をつけた。大きく吸い込んで、吐き出す。しかし部屋の中には雨の音が充満してきている。引かれた襖が邪魔になって、ここから二人の姿は見えない。

 雨の音がどんどん大きくなってきて、ほろほろと、煙草の先端の吸い殻が落ちた。やがて火も消えてしまう。

 雨の勢いはいよいよ激しい。

 僕は耐えきれなくなって、いなくなることにした。近藤と山崎さんだった二人は、二人でいるがために、きっとそこから動けないままだろう。



 近藤が山崎さんの肩の上で、自分の頰の涙が乾いていくのを感じているとき、僕がざんざん降りの雨を、近藤のビニール傘で受けながら歩いているとき、山崎さんは僕ら二人とは全く違うことを考えていた。近藤と二人きりになると、辺りはどこまでも静かだった。怖いほどの静けさかと思って身構えた山崎さんだったが、やがてそんな心配は要らないとわかった。カーテンは閉め切っていたが、まだ夜が明けていないことはわかった。外では雨が降り続けているのもわかった。

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