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Agust D "SDL" それでも僕は君を思う 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.101

或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている

SDL



或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
或る者は確かに愛を為す
或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
僕は君を思っている


あなたは誰を愛するのか
また 誰を思うのか
また 誰を記憶するのか
また 誰を憎むのか
誰のために生きるのか
また 誰のために笑うのか
誰のために泣くのか
これが愛ではなかろうか

愛という単語のその 懐深さのお陰で
容易く忘れて生きることこそ愛という
あなたが恋しがるのは君なのだろうか
それとも 美化された記憶の向こうの
あの時なのだろうか


或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
或る者は確かに愛を為す
或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
僕は君を思っている


ほんとにさ 望み通りにならないね
人間関係とは本当に難しい やはり
初めから合わなかったのだろう
僕らふたりの間のギャップを
縮めようとすること自体が無理難題
記憶は美化されるのが世の常だよ
もう既に霞んだようだ
永遠を歌っていた僕らはいない
まるで夢のよう
僕が恋しがるのは君なのだろうか
それとも 後悔と未練が残るあの時なのか


或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
或る者は確かに愛を為す
或る者は確かに愛を為す
でも、僕はあなたを思っている
僕は君を思っている


愛は春の日に降り注ぐ
あの日差しのようであっても
いつの間にか押し寄せてしまった
冬の海 荒ぶる波濤
僕らが恋しがっているのはあの時なのか
それとも記憶の中で埋もれてしまった君なのか
だから僕はただ言葉無く笑ってみようとする
美化されたあの時を回想するには難儀だから
僕らが思い出しているのはあの時なのか
それとも記憶の中で笑っている君なのか


或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
或る者は確かに愛を為す
或る者は確かに愛を為す
でも、僕は君を思っている
僕は君を思っている



韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6197078

『SDL』
作曲・作詞: Agust D , 장이정


*******


今回は、BTSのSUGAがAgust D名義で発表した三枚目の、また、商業的に発表される初のソロアルバムとなる2023年4月リリース「D-DAY」収録の "SDL" を意訳・考察していきます。



1.Agust DとSUGAを繋ぐ

アルバムリリース時の配信では、「実はこの曲についての記憶があまりない」と打ち明けるユンギ。

(41:12~がSDLの話題)

アルバム構成上 "AMYGDALA" と "사람(People) Pt.2" の間を場面転換しながら繋ぐ Interlude間奏曲 的な役割が明確に割り当てられているというこの "SDL"。作り置きされていた曲の中からその目的にぴったりなものを見つけ、アレンジを加えて録音したとのこと。

「Agust D」と「SUGA」の存在を一致させるためには、過去に「SUGA」とのコラボレーションを経験済みのIUを起用した "사람(People) Pt.2" の先行公開が必要であったし、Agust D色の強い "AMYGDALA" からより大衆音楽的な "사람(People) Pt.2" への流れを自然にするためには "SDL" のような聴きやすさが必要だと判断したという経緯が語られています。

ミックステープを主戦場としてきたAgust Dの三部作を完遂させることと、BTSのSUGAとしてのソロ活動を成立させること。
このふたつをいかにして同調させるか。

この命題をクリアすることに対するプレッシャーがアルバム「D-DAY」の完成に影響を与えてしまったとインタビューで答えていますが、今回彼がAgust Dの名を商業的に使う事に対してどれ程神経をつかってその過程を組み立てていこうとしてたのかがわかりますし、"SDL" の挿入についても同じ意識で丁寧に構成を練っていったのだと察することができます。

作業がスムーズに進んだおかげで過程の本人の記憶があまり無いとは言え、アルバムの中ではひとつの要となる楽曲だということがわかります。


2.당신、그대、そしてyou

タイトルの「SDL」が何を意味しているのかは、歌詞を見ると1行目ですぐにわかるようになっています。

Somebody does love ※1
(ある人は確かに愛する)
But, I'm thinking 'bout you
(でも、僕はあなたを思っている)

https://music.bugs.co.kr/track/6197078

※1
・somebody…誰か、ある人 不特定の人物
・do+動詞…強調のdo 確かに、本当にの意を加味する(参考

SDLSomebody Does Love

この "SDL" の歌詞は全体的に誰に向けた言葉であるのかを特定する要素が少なく幅のある解釈ができるようになっていますが、その分二人称の扱いには注意を払いたいところです。

사랑이란 단어의 그 거창함 덕에
(愛という単語のその雄大さのお陰で)
쉽게 잊고 사는 것이 말야 사랑이라 해
(簡単に忘れて生きることがさ 愛という)
당신이 그리워하는 것은 그대일까
(あなたが恋しがるのはなのだろうか)
아니면 미화된 기억 저편의 그때일까
(それとも 美化された記憶の向こう側のあの時なのだろうか)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197078

ここには相手を指す時に使う二人称「당신タンシン」と「그대クデ」が使われています。

・당신…不特定多数の人に呼び掛ける際の「あなた」(参考
 →広告のキャッチコピーでの呼びかけ等
・그대…古い言い回し、詩的な表現として「あなた(そなた)」、「君」(参考
 →時代劇の台詞、歌詞等

これらに加えて、英語の「you」が使われていますので、相手の存在を表現するにあたってひとつの歌詞の中で3つもの二人称が使われていることになります。

二人称の使い分けと言えば、"Her" の歌詞が思い起こされます。

多分俺は
'君'の真実であり偽りかもしれない
多分'あなた'の愛であり憎しみ
多分俺は '君'の敵であり親友
'あなた'の天国であり地獄
時に誇りであり屈辱
―― "Her" 和訳記事より SUGAパートから抜粋

https://note.com/nozomiari/n/n933861dca4cb

"Her" では「君」と訳している部分で「」が使われていて、「あなた」と訳している部分では「당신」が使用されています。

・너…=親しい間柄での「君」「お前」(参考

☆併せて読みたい解説↓

歌詞の中の二人称に誰を当てはめるのかによって無限に物語を増幅させることができる "SDL" は、誰もが自分のこととして聴くこともできる可能性を持っている「聴きやすい」楽曲と言えるのかもしれません。
が、同時に、彼の作品群のひとつとしてこの歌詞を読む事も可能なわけです。

そこで私は彼が「Love」という感情をストレートに歌ったこの曲を思い出しました。


3.忘れ得ぬ人

"First Love" の後ろ1/3は、道を違えてしまったままの親友に対する鮮烈な愛憎が入り混じるアンビバレントな歌詞になっています。その親友とは "Dear My Friend(親愛なる友へ)" で歌われているその人です。
この楽曲に「First Love」というタイトルを付けること自体が正に「愛」という言葉の懐の深さを彼が感じている証拠であるような気がします。

"SDL" の歌詞では特に↓の部分が "First Love" "Dear My Friend" の延長線上にあるのではないかと思います。

사랑은 봄날에 쏟아지는 저 햇살 같다가도
(愛とは春の日に降り注ぐあの陽射しのようであっても)
어느새 밀려와 버린 겨울 바다 거센 파도
(いつの間にか押し寄せてしまった冬の海 荒い波)
우리가 그리워하는 것은 그때일까
(僕らが恋しがるのはあの時だろうか)
아니면 추억 속에 묻어버린 그대일까
(それとも 記憶の中に埋もれてしまった君だろうか)
그래서 난 그저 말없이 웃어보려 해
(だから僕はただ言葉なく笑ってみようとする)
미화된 그때를 회상하기엔 수고스럽기에
(美化されたあの時を回想するには苦労するから)
우리가 추억하고 있는 건 그때일까
(僕らが思い出しているのはあの時だろうか)
아니면 추억 속에 웃고 있는 그대일까
(それとも 記憶の中で笑っている君だろうか)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197078

時が経つことにより記憶が美化されてゆき、正確に思い出すことができなくなっていくもどかしさ。
一体何が憎くて、何が恋しいのか、それすらも曖昧になっていく儚さ。
"SDL" の歌詞には激しい「Love」はありません。
ただ、かつては存在したそれらの感情が残していったものが見せてくる非情な美しさにも、居場所を作ってあげるための歌なのではないかと思った次第です。



最後までサビ部分の「you」を「あなた」とするか「君」とするか迷っていましたが、「君」としてみることにしました。

もう今となっては自分にとって「ある人」以上の何者でもない「君」が、この先どういう人間関係を他所で築き上げようとも、きっといつまでも忘れることはないだろう。

そんな風にこの物語を読み終えてみようと思います。



今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
💜