見出し画像

RM "No.2" 最善の現在地 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.121

君よ もう過去を振り返らないで
鮮やかに入り混じった記憶の後に
残った人生はおまけのようなもの
君は最善を尽くしただけなんだよ

No.2 (with 박지윤)




君よ もう過去を振り返らないで
その幾重もの波が残らず過ぎた後
数多の万が一が 君を苦しめても
もう君が君を守ってくれるんだよ

君よ もう過去を振り返らないで
鮮やかに入り混じった記憶の後に
残った人生はおまけのようなもの
君は最善を尽くしただけなんだよ

君よ もう過去を振り返らないで
どの道でも心残りはないだろうか
そう お前はそれ程特別じゃない
もうこの言葉で泣かずに俺は笑う
自分を証明する必要がないから
俺は運命の人ではないから
俺は最高ではないから
ただ認めて欲しかった幼い子ども
既に老人界隈がより良く馴染む心
自身でいっぱいに満ち溢れ
割れてしまった 俺の風船
破裂してわかったことは
中身は空っぽだったこと
延々と問い続けたよ
ただ 流れてもいいものなのか、
属したくなかった場所に
属してもいいものなのか?と
あゝ
永遠に続くと思った旋律
そう 俺の、俺の重い罪
今に至り 学んだのは
わずかにたったひとつ
俺はこの先永遠に俺である
必要だと信じていたあの全ての過ち
永劫の如く長かったあの全ての夜も
君は 最善を尽くしただけなんだよ

君よ もう過去を振り返らないで
その幾重もの波が残らず過ぎた後
数多の万が一が 君を苦しめても
もう君が君を守ってくれるんだよ

君よ もう過去を振り返らないで
鮮やかに入り混じった記憶の後に
残った人生はおまけのようなもの
君は最善を尽くしただけなんだよ

だから 振り返らないで
過去を 振り返らないで
これ以上振り返らないで
過去を 振り返らないで
過去を 振り返らないで
君は最善を尽くしただけなんだよ

だから 振り返らないで
過去を 振り返らないで
これ以上振り返らないで
過去を 振り返らないで
過去を 振り返らないで
もう君が君を守ってくれるんだよ



韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6183192

「No.2 (with 박지윤)」
作曲・作詞:RM , 은희영


*******

今回は2022年12月にリリースされたRMのソロ・アルバム「Indigo」のエンディング曲、 "No.2" を意訳・考察していきます。

ビハインドにてナムさんは、この楽曲は「謙虚で抑え気味な感じ」が第1トラック "Yun" と「수미상관[首尾相関](=韓国文学(主に詩)において最初と最後の行が同じ形をとる形式)」な関係にあると解説しています。↓

クレジットに名を連ねるシンガー・ソングライターのウン・ヒヨンさん(=John Eun)は既に2021年の自作曲 "Bicycle" でも作業をしている旧知の仲で、その相性の良さは証明済みです。アルバム「Indigo」では他に "건망증(Forg_tful)" のクレジットにもそのお名前を確認できます。

また、ビハインドによればボーカリストとして迎えている女優・歌手のパク・チユンさんにおいては、この楽曲に女性ボーカルを入れたいと希望したナムさんがウン・ヒヨンさんに提示した候補者リストの1番目にお名前を挙げていたとのこと。(とはいえ大先輩が快諾してくれる保証もなく尻込みしてしまい、実際に依頼するまで1年余りかかったとも)
パク・チユンさん独自の「物寂しげな情緒」が依頼の決め手であったとし、「最高の選択だった」と振り返っています。



1.振り返らないで

ナムさんは "No.2" の趣旨は「振り返らないで」のひと言につきると話しています。
"Hectic" でもテーマのひとつに取り上げられている「後悔」。過去を振り返り悔やむ力は人に与えられた宝なのか、それとも無用の長物なのか。

「振り返り」をタブー視してきた人間が残したものの一例として彼は、冥王ハデスから逃れる際に振り返ると塩になってしまうという伝説の話をしてくれていますが、〈振り返ると塩になる〉展開が含まれているのは
× 冥王ハデスが登場するギリシャ神話(オルフェウスとエウリュディケ
ではなく
○ 旧約聖書に関連した伝説ロトの妻の塩柱です。

振り返るなと言われているにも関わらず振り返ってしまい帰らぬ人がでる、という展開は双方ほぼ同じですが、来た道(過去)を振り返った本人が帰らぬ人となったのは「ロトの妻の塩柱」の方になります。
(ギリシャ神話の方はというと、あとほんのちょっとの我慢で死んだ恋人を冥界から取り戻せたのに、地上に着くまで見てはいけないと言われていた恋人の姿をうっかり振り向いて見てしまったことで恋人だけ再度ハデスに連れ去られてしまうという話。夏の大三角に含まれる'こと座'にまつわる神話です)

「(過去を)振り返るな」という教訓が塩柱の伝説を生んだのかもしれない、とナムさんは話しています。古の賢人はそれをわかっていたからこそ伝説が生まれたのではないか、と。

「選ばなかった道に未練を感じるな」
「今現在の自分が最善であると思え」

挑戦と失敗を数多く重ねてきた人であればある程、これらのことを実践するのは難しいのではないかと思ってしまいます。
存在するifの世界の数だけ現実世界は儚さを増してゆく。

そういった不安や心残りを払拭するように、パク・チユンさんの語りかけるようなボーカルで楽曲は始まっていきます。

그대여 더는 뒤돌아보지 마 ※1
(君よ もう過去を振り返らないで)
그 많은 파도 다 지난 뒤에
(その多くの波が全て過ぎた後に)
무수한 만일이 널 괴롭혀도
(無数の万が一が君を苦しめても)
이젠 니가 널 지켜줄 거야 ※2
(もう君が君を守ってくれるんだよ)

그대여 더는 뒤돌아보지 마
(君よ もう過去を振り返らないで)
선명히 뒤섞인 기억 뒤에
(鮮明に入り混じった記憶の後に)
이 남은 삶들은 덤처럼 남아
(この残った人生はおまけのように残るよ)
최선을 넌 다했을 뿐이야
(最善を君は尽くしただけだよ)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183192

※1 뒤돌아보다…過去を●●●振り返る、顧みる(参考
★接尾辞「되-」には「ひどく/やたらに/完全に」及び「逆に」の意を付加する接頭辞 「뒤(逆に)+돌아보다(振り返る)」(参考
※2 ~ㄹ 거야…〜するんだ、〜するつもりだ【意志・予定】(参考

後輩歌手に向けて「本当に頑張ったね」という気持ちを込めて歌ったと語るパク・チユンさんのお心そのままのボーカルが染み入ります。
ナムさんが自身に語りたかった話でもあると思うと、また違った印象も受けます。

特に印象的なのは「선명히 뒤섞인 기억 (鮮明に入り混じった記憶)」。
様々な色の絵具のチューブから心のままに絞り出された色彩がカンヴァス上で濁ることなく混ざり合い壮大な一枚の絵になった……そんなイメージが浮かびます。
(下:2022年、来日中にナムさんが足を運んだゲルハルト・リヒター展(東京国立近代美術館)に展示されていた一枚)

チューブに残った絵の具で描く残りの人生はおまけのようなもの。それもまた、全てが己の人生。その都度、最善を尽くした結果に違いない。
誰かに言ってもらいたい、「後悔はしなくていい」と。
自分に言い聞かせたい、「後悔はするな」と。


2.特別なんかじゃない

表現者として生きていく上で決して避けては通れない、己の才能についての葛藤。

成功するために必要不可欠なものは「自分は誰よりも秀でている」と信じる心ですが、残酷にも「自分は誰よりも劣っている」と自覚させられる環境に身を置かざるを得ないのが現実です。
何故ならば、他者の理想との差異、自己の理想との差異、あらゆるものとの差異が評価の基準となる表現の世界では、誰とも何とも比較されない状況で表現をし続けても意味がないからです。

そんな表現の世界でバンタンは他の追従を許さない「特別」な存在となりました。
……と同時に、活躍が目立った分だけ、その「特別」な場所から彼らを引きずりおろそうとする者たちの声が本人たちの目や耳にも届き易くなってしまったのではと思います。

그대여 더는 뒤돌아보지 마
(君よ もう過去を振り返らないで)
어느 길이던 아쉬움 없을까 ※3
(どの道だろうと心残りは無いだろうか)
그래 넌 그리 특별하지 않아
(そう お前はそれ程特別じゃない)
이젠 이 말에 울지 않아
(もう この言葉で泣かない)
I smile
(俺は笑う)
That I ain't gotta prove myself ※4
(俺は自分を証明する必要がないから)
That I ain't the one, that I ain't the s*** ※5
(俺は運命の人じゃないから、俺は最高じゃないから)
그저 인정이 고프던 어린아이 
(ただ 認定に飢えていた幼い子供)
이젠 노인정이 더 잘 어울릴 mind ※6
(既に老人の憩いの場が一層よく似合う心)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183192

※3
・어느 名詞+이던(가/지)…どの~であっても、どの~だろうと
★本来「~であっても、~だろうと」の意を付加する語尾は「(/)」であるが、過去の出来事を回想しながら質問する語尾「(/)」と混同され、誤用されたものが常態化してしまっているとのこと。(参考
・ㄹ/을까…~しようか、~だろうか(参考
※4 副詞節that…that以下は感情の原因(参考
★「I smile」以降の直近3つのthatは並列であり、「笑う」という感情が湧く原因を並べている。

※5 
・be the one…運命の人である(参考
・theがつくs****…最高参考)theがつくと意味が逆転する。
※6 노인정…老人の憩いの為に作られた施設(参考

どんな道を選べばもっと楽だったのか、行き先が違ったのか、考え出したらきりがない。
例え別の道を選んだとして、後悔をせずにいられたとも限らない。

自分は決して「特別」な人間になるために生きている訳じゃない。
運命の人でも、最高の人でもない。
お前にはそこに居る資格はないと言ってくる者たちに、自分が本当はどんな人間なのかを証明する必要もない。
そうやって自己理解を極めた彼は、「俺は笑う」と言ってのけることができる強さを得たのだと思います。

「特別」じゃないということは、表現者にとって致命傷であることは自明の理です。誰かにとっての最高で運命的な作品を作るということは、表現者の存在意義のひとつであるといっても過言ではありません。
それでも彼は自分を「特別」ではない、と言う。
忙殺されてすり減った心は既に、周りとの比較を逃れ他愛のない憩いを求めている。

ただひたすらに自分であり続けるために。


3.俺は永遠に俺だ

詩人として、ラッパーとして言いたかったことで溢れていたはずの彼の頭の中は、容易に表に出すことが出来ない感情(批判に対する反論や憤り)にいつしか取って代わられ、肥大する一方だったのではないか。
そんなふうに感じ取れる「風船」を用いた表現が秀逸です。

나로 가득 차 터져버린 나의 풍선
(俺でいっぱいに満ちて張り裂けてしまった俺の風船)
터지고 안 건 그 안은 텅 비어있었단 거
(破裂してわかったことは中身は空っぽだったということ)
끝없이 물었네 그냥 흘러도 되는 거야 ※7
(終わりなく問いかけたよ ただ流れてもいいものなのか)
속하고 싶지 않던 데 속해도 되는 거야? ※8
(属したくなかった場所に属してもいいものなのか?)
Oh 영원할 것 같던 melody
(ああ 永遠に続くようだった旋律)
그래 나, 나의 felony
(そう 俺、俺の重罪)
여태껏 배운 건 겨우 한 가지 ※9
(今に至り学んだことはたったひとつ)
I'll be forever me
(俺はこの先永遠に俺である)
필연이라 믿었던 그 모든 사고
(必要だと信じていたあの全ての間違い)
영겁처럼 길었던 그 모든 밤도
(永劫のように長かったあの全ての夜も)
최선을 넌 다했을 뿐이야
(最善を君は尽くしただけだよ)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183192

※7
・물었네→原型「묻다(訊ねる、問いかける)」を過去形[語幹+었다]の形にする際、ㄷ変則活用が適用された(参考
・~는 거야…~してるんだよ(参考
★~는 거예요(~しているのです、~しているものです【断定】)のくだけた言い方(パンマル)
★疑問形「~しているの?~しているものなの?」
ここでは「물었네(質問したね)」と前提があるので、?がつかない一つ目の「되는 거야」も疑問文として訳す。

※8
・~던…~だった、~していた(参考
・데…ところ、場所(参考
※9 여태껏…今まで、今に至るまで(参考)。

吐き出せないまま風船のように膨らんだ想いはとうとう持ち堪えられず破裂してしまったが、おかげで批判に対する感情なんぞ、何の意味も中身もない無意味なものに過ぎないということにそこでようやく気が付くことができた。

より優先させて考えるべきことは、自分で行き先を決めることなく周りの意見に従うことが、果たして本当の最善なのか否か、ということ。
本当にそこは、辿り着きたい場所だったのか?

そして「나의 felony(=俺の重罪)」と挙げられている「melody」。
彼の人生において仮にも重罪とされる音楽があるとすれば何なのか、それを推測するにはこの件を外すことはできないのではと私は思います。

永遠に世界で鳴るはずだったこれらの楽曲の存在は、そこに名を刻んだ者の上に罪として重くのしかかる。

より多くの人の個性を尊重するためには、
他でもない自身の個性に蓋をしなければならない。
しかし本当にここ●●は、自分が辿り着くべき場所だったのか?

それらの自問の果てに「今に至り学んだことは」と前置きした上で、

自分は永遠に自分である

と彼は結論付けています。

伝えたいことを伝えるために必要だと信じて言葉を選び取ったこと。
その言葉を「사고(=事故・間違い)」として謝罪しなければならなかったこと。
それらの問題について果てしなく考え続けなくてはならなかったこと。

全ては、その瞬間ごとに最善を尽くしただけなのだ。


So no
No lookin' back, no
(だから振り返らないで)
No lookin' back, no
No lookin' back
Don't look back no more
(もうこれ以上振り返らないで)
No lookin' back, no
No lookin' back
최선을 넌 다했을 뿐야
(最善を君は尽くしただけだよ)

(中略)

이젠 니가 널 지켜줄 거야
(もう君が君を守ってくれるんだよ)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183192

今この時の自分が現時点で最も最善の自分である。
自信をもってそう言い切るためには、自分で自分の舵取りをしなければならない。そうすれば責任を持って、自分で自分を守ってあげる事もできる。

常に最善を尽くしてきた君は、今の自分に自信を持っていい。
振り向く必要なんてない。もう、大丈夫。

そう自分に言い聞かせるように、彼は彼自らの声によってこのアルバムを静かに閉じています。


4.最善の現在地

アルバム「Indigo」を象徴する〈the last archive of my twenties(僕の二十代最後の記録アーカイブ〉という一文。

その記録の対象となっているのは「mono.」リリース以降、コロナ禍を含む約3年半の年月となっています。

グループの創作過程に誰より深い所で関わらざるを得ない立場にあると自身の役割を理解しているナムさんですが、自分はバンタンの7分の1でしかなく、バンタンが自分だと言うには語弊がある、と言い切っています。
今回のソロアルバムについて「初めて自分のものを作ったという感じ」だと感想を述べていることからも、グループ活動における彼の表現がいかに「自分を削いだもの」なのか、その度合いをうかがい知ることができるのではと思います。

最も個人的な話を最も普遍的に表現することが芸術としての境地」という持論のもとに選ばれた彼自身の言葉は、全く毛足の異なる10の楽曲を見事に貫き束ねています。
それは彼が、自分由来の歌詞と情緒を重要視していることの表れであり、アルバムという集合体で音楽を発表することに最大限の意味を与えるために施された最善の策でもあります。

アルバム「Indigo」を支える情緒とは、己が己として如何にして生きるのかを思考し続ける情熱、作品が長く遺り続けることへの渇望であり、それ故に生身のひとりの青年の血生臭ささえ感じる程です。
それでいて、他人が聴いても共感できるように綿密に整理された余白さえもがそこにある。

第二章への展望を感じられるようにと付けられた楽曲タイトル "No.2" には、「Indigo」が過去と地続きであり、この先も未来が連番で続いていくことへの示唆も含蓄していると感じます。

そして「首尾相関」の関係にある "Yun" へと回帰し連結する情緒はアルバム全体でひとりの青年の生々しい生き様を書き上げると共に、それを受け取った側にも過去と未来の狭間に在る己の現在地を問うて来るものとなっています。

アルバム全曲の歌詞を読んだ上で「'Indigo' Album Magazine Film」の冒頭5分を見返してみると、この盤に携わった方々が残したコメントの意図するところが手に取るようにわかると思います。

これだけの個人的な話をしながらもキム・ナムジュンではなくRMとして「mono.」や「Indigo」をはじめとするソロワークを発表してきた彼はやはり、内と外のバランスの取り方が常人を遥かに超えて優れている「特別」な存在であると言えてしまうのかもしれません。
(そのラベルを黙って貼ることを、本人は決して良しとしてはくれないでしょうけれど)

暫しの間続くこの不可避の沈黙を経た後に、彼は一体どんな言葉を携えて戻って来てくれるのか。
この時間を愉しみと言わずに何と表せば良いのか、私にはわかりません。




今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
👖