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RM "Hectic" 未完の青春物語 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.120

昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
果てなくこの追跡を続ける訳を
俺が見つけることさえできれば

Hectic (with Colde)




昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
果てなくこの追跡を続ける訳を
俺が見つけることさえできれば
昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
ほんの一つでも ほかの天国を
想像する事だけでもできたなら

またぎこちない俺の笑い
とぎれとぎれの記憶たち
弁解の余地もない人々の
堂々巡りな酒任せの会話
また一日死にかける感覚
夜のオリンピック大通り
明滅する灯り、横暴なタクシー
もう うんざりしてきた…

一様に下らぬ事を喋る人々に会った
そいつら皆が唾を吐く
その理由に嫌気がさす
この世に生まれ落ちる事が痛みなら
我々はこのゲームをどうすべきか?
考え続けろ 考え続けるのだ
そして 俺は

昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
果てなくこの追跡を続ける訳を
俺が見つけることさえできれば
昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
ほんの一つでも ほかの天国を
想像する事だけでもできたなら

どこに行くのかもわからずに
書き下ろしていった詩作の道
いつの間にか
歩いて来たその道になったね
過ぎた記憶の中で
これ以上道を失いたくない俺を
なあ 助けてくれよ

一様に下らぬ事を喋る人々に会った
そいつら皆が唾を吐く
その理由に嫌気がさす
この世に生まれ落ちる事が痛みなら
我々はこのゲームをどうすべきか?
考え続けろ 考え続けるのだ
そして 俺は

昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
果てなくこの追跡を続ける訳を
俺が見つけることさえできれば
昨日は死に物狂いの一日だった
ロマンの欠片もそこになかった
ほんの一つでも ほかの天国を
想像する事だけでもできたなら

二日酔いは終わりだ
官能的なこの街のポーズ
悲しい夜 ソウルのための夜想曲ノクターン
俺たちは同じ轍を踏み一日を逸す
あゝ 幸せとは何なのか
あれ程願ってきた小さな平和
心が色褪せた者たちと離れて
ついに俺たちが彩った星月夜
夢見るように目を閉じ
じっと 息を凝らして
踊る人たちの足取りは曲線で
流れゆくものを掴めはしなくても
俺たちはまだこの街を愛し、憎む




韓・英語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6183190

「Hectic (with Colde)」
作曲・作詞:Pdogg , RM , Colde


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今回は2022年12月にリリースされたRMのソロ・アルバム「Indigo」収録曲 "Hectic" を意訳・考察していきます。

busyよりも更に忙しさの度合いを上げる表現である「hectic(=めちゃくちゃ忙しい)」は語感が良くてすごく好きな単語である、と打ち明けているナムさん。↓

ビハインドによれば、男性はあまりやらないという印象を持っているシティポップだけれど、やってみたら面白いのではないかという観点がナムさん自身にあったとのことで、今回彼と同い年の友人でもある韓国のシンガーソングライター Colde をボーカルに迎え、初の共作が実現しています。
(外ではシティポップ=女性ボーカルのイメージが強いのか、とここでちょっと驚いた自分がいたりします)


1.忙殺される日々と後悔

歌詞では、立場上様々な人と会うことが生業の一部でもある彼が、大勢の人たちの「言いたい放題」を(時には酒と一緒に)飲み下しつつ、なんとかその日を乗り越えていく様子が描かれていきます。

人の数だけある価値観の違いは感じ取るだけでも結構キツいものが(私は)ありますが、それを円満に受け入れられるようになるにはそれなりに経験値も必要になってきます。理想的な人間関係、生活習慣を掲げながらも、それとは程遠い日々に忙殺され、反省と後悔を重ねていく。

Yesterday was a hectic
(昨日は猛烈に忙しかった)
There was nothin' romantic
(ロマンティックなことは何もなかった)
If I can just find a reason To keep this endless chasin' ※1
(俺がこの終わりのない追跡を続ける理由さえ見つけることができれば)

(中略)

If I could only imagine Just one another heaven ※2
(俺がほんの一つでも別の天国を想像することだけでもできたなら)

※引用文に付けた和訳は直訳(和訳文の意味を通すための改行操作あり)
https://music.bugs.co.kr/track/6183190

※1 If I can…もし〜できれば【条件】
※2 If I could…もし〜だったなら(いいのに)【仮定】

流されるまま常に何かを追い続け、問題と対峙する。そんな毎日にはロマンの欠片も見いだせないし、想像上の現実逃避すらも難しい。やらなければならないことにかなり振り回されている状況であることがうかがえます。まさに「hectic」。


또 멋쩍은 나의 웃음
(またぎこちない俺の笑い)
낡아빠진 추억들 ※3
(古くなり果てた記憶たち)
할 말이 없는 사람들의 ※4
(言い訳のしようもない人たちの)
돌고 도는 liquor talks
(回り回る酒の場の会話)
하루 더 죽어가는 느낌 ※5
(一日また死にかける感覚)
밤의 올림픽대로
(夜のオリンピック通り)
형형한 불빛, 난폭한 택시
(ピカピカと光る灯り、乱暴なタクシー)
이젠 지겨워진
(もう うんざりしてきた)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183190

※3 (아/어) 빠지다…~果てる、~過ぎる(参考
古くなり果てた記憶→ボロボロで穴だらけになった記憶→酒で記憶がとぎれとぎれである
※4 할 말이 없는…言い訳のしようがない、かける言葉がない、ものも言えない(参考
※5 죽어가다…死にそう、死にかける(参考

たくさんの人と会い、愛想笑いをし、酒が入れば酔いのせいもあって記憶はとぎれとぎれ。弁解の余地もなくへべれけになりくだを巻く人々。そうしてまたあらたな一日が忙殺される。
チカチカと明滅する夜の街明かり、つかまえたタクシーはよりによって乱暴な運転。
……もう疲れた……。

これ、なにもワールドスターのナムさんでなくても、彼ぐらいの年代の方が社会で経験する状況と重なるのではないでしょうか。自らの生活をより良くするために必要な人間関係を築こうとするうち、結果的に疲労を蓄積させてしまう……そんなのできれば避けたいことですが、ある意味通過儀礼的なところもあるかと思います。
自分とそりの合う人だけと心身共に健康的に付き合っていくことが終始できればいいのですけど、ちょっとそうもいかないのが人間社会の常なのではと思います。


Met the people, people, people (Talkin' same s***) ※6
(一様に下らないことを喋る人々に会った)
Hate the reason, reason, reason
(That they all spit)
(彼らが皆唾を吐く訳を憎む)
If bornin' is a pain
(生まれることが痛みなら、)
How should we do this game
(俺たちはこのゲームをどうすべきか)
Keep on thinkin', thinkin' and I
(考え続けろ 考え続けて、そして俺は)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183190


※6 the【冠詞】がつくpeople…国民、民族など集団であることが特定できる場合の「人々」(参考
★冠詞なしのpeopleは不特定多数の「人々」

ここでは「Talkin' same s***(一様に下らないことを話している)」が集団「the people」の定義であり、少なくとも自分にとっては理解に困る人々である、ということを表しているのだと思われます。
この後に続く「they all spit」のtheyも上記で示されたthe peopleのことであると言えるかと思います。

酔いに任せて「生まれること自体が痛み」だと愚痴り唾を吐く。そうやって自分の不運を環境のせいにする者たちの、その愚痴の理由が理解できない。
生まれた時点で不利だというならば、その状況をひっくり返す「ゲーム」をどう攻略していくのかを考え続ければよい。

この「今そこにある不遇」を克服するための行動論は、"쩔어(DOPE)" や "뱁새(Silver spoon)" の歌詞を彷彿とさせます。


2.未完成な青春の物語

ビハインドでColdeは、この歌詞世界を「未完成な青春の物語」と表現しています。
二十代を終えようとしている今の自分が抱えている、達成感と後悔の入り混じった複雑な心境。ただただ前だけ見て進んでいれば良かったこれまでとは明らかに変化していく現状。
年齢と共にいつかは完成すると思っていた「青春」の物語は、確実な不確かさを伴って未完成のまま続いていきます。

어디로 가는지도 모르게
(何処に行くのかもわからずに)
적어 내려갔던 시도
(書き下ろして行った詩の道)
어느덧 걸어온 그 길이 되었네
(いつの間にか歩いて来たその道になったね)
지난 기억 속에
(過ぎた記憶の中で)
더 이상 길을 잃고 싶지 않은 날
(これ以上道を見失いたくない俺を)
좀 구해줘
(ちょっと 救ってくれよ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183190

「道」という言葉は、"길(Road)" に代表されるように「過去」や「未来」と同義の言葉として数々の楽曲で扱われてきました。

「過ぎた記憶の中で道を見失う」とは「過去を悔やみ未来を見失う」こと。自分の力だけを信じて作り上げてきた「詩の道」は彼の人生にとっての道しるべでもあり、後悔により行き先がわからなくなりかけている彼を救えるのはこの「詩の道」に他ならないのです。


Hangover's over ※6
(二日酔いは終わった)
관능적인 이 도시의 posture
(官能的なこの都市のポーズ)
슬픈 밤 서울을 위한 nocturne
(悲しい夜 ソウルの為の夜想曲)
우린 알면서 또 하루를 놓쳐
(俺たちはわかっていながらまた一日を逃して)
Ay 행복이란 뭘까
(あゝ 幸せとは何なのか)
그토록 바래왔던 작은 평화
(あれ程願って来た小さな平和)
마음이 빛바랜 자들을 떠나
(心が色褪せた者たちを離れ)
마침내 우리가 수놓은 별밤 ※7
(ついに俺たちが彩った星夜)
꿈을 꾸듯 눈을 감아
(夢を見るように目を閉じて)
지그시 숨을 참아 ※8
(じっと息を凝らして)
춤을 추는 사람들의
(ダンスを踊る人たちの)
걸음은 곡선으로
(足取りは曲線で)
흘러가는 걸
(流れてゆく物を)
붙잡을 수는 없대도 ※9
(掴めはしなくても)
We still love and hate this city, yeah
(俺たちはまだこの街を愛し、憎む)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183190

※6 hangover…二日酔い(参考
※7 수놓다…「刺繍する」転じて「彩る」(参考
「刺繍を施したように(きれいに)する」→「彩る、散りばめる」という意味が派生(参考
"My Universe" のホビパートにも登場しています。

※8 지그시…じっと、そっと(参考
※9 ~(ㄴ/는)대도=~(ㄴ/는)다고 해도の縮約形(参考
~だと言っても、~だとしても、~であっても

二日酔いも冷めて我に返ると、あれだけ嫌気のさしたソウルの街の姿も魅力的にさえ見えてくる。そんな夜のソウルを想って奏でる夜想曲ノクターン

反省や後悔に苛まれることをわかっていながらもまた、同じような時間を過ごし一日を失うことを繰り返す。幸せとは一体何なのだろうか。あれだけ願った「小さな平和」は今、どこにあるのか。

(彼にとっての「小さな平和」が何なのかという余白は、トラックリスト後続曲 "들꽃놀이(Wild Flower)" の歌詞を読むことで補完できるかと思います。)

また「心が色褪せた者たち」とは、情熱を忘れ境遇に愚痴を垂れるだけ諦めた者たち(=今回歌詞に登場した「the people」)のことであると考えられます。
そういった者たちから距離を置くことで、己の力を信じ世界を自分の音楽で彩ることに成功したとも言えるバンタン。

そして「踊る人たちの足取りは曲線」とありますが、ナムさんにとって「曲線」がどんな意味を持つのかを推し量るためにこの楽曲を思い出してみようと思います。↓

"Trivia 承 : Love" の歌詞には「曲線」と対極にある「直線」が登場します。↓

君を知る前
僕の心臓は直線だけでできていたんだよ

僕はただの人
君は僕の全ての角を丸くして
僕を愛に作り変える
僕たちは人
あの無数に織りなす直線の只中で
僕の愛は
その上にそっと留まるハートになるよ
ーー "Trivia 承 : Love" 和訳考察記事より抜粋

https://note.com/nozomiari/n/nba37dcd10f2d

I直線」を「O曲線」にすると「LIVE」が 「LOVE」になる。
「사람(人)」の「直線」を「曲線」にすると「사랑(愛)」になる。
直線を曲線に入れ替えることで意味が変わる点に着目した言葉遊びが散りばめられているこの歌詞を読んでみると、

「曲線」とは「愛」(の象徴)である

……という受け取り方が可能なのではないかと思います。

忙殺された状態であれだけ憎らしく感じたソウルの街も、冷静になってみると「官能的なポーズ(曲線的)」に見える。つまり、そこに愛があるだけで見える景色も変わってくるのではないでしょうか。

後悔するとわかっていながらも同じような一日を繰り返してしまうけれど、「曲線」の足取りステップで踊る→愛で以って行動できさえすれば、世の流れの恩恵にあずかることが例えできなくても、時にまた苛立たしい状況に直面しても、俺たちはまだ●●この魅力的なソウルで生き抜くことができる。
終盤の掛け合い部分にはそんな彼らの意志が垣間見えます。

大抵の人は十代・二十代で始めた青春の物語を書き続ける力を維持できずに、その先を想像できないことを周りのせいにして自ら筆を折ってしまいがちなのではないかと思います(ある意味そういう世の中だから仕方がないとも言えますが)。
そして、いつまでも夢なんか見て、と、何とか物語を続けようとしている人に唾を吐く。

物語を続けるために必要なのは、足りないものは、一体何なのか。
それが愛だけではないことはわかるけれど、せめて愛だけは忘れずにいたい。そう思います。




軽薄で不愛想、無機質な夜の街の景色に重ねられたのは、直線的で僅かな心の余裕すらもない「死に物狂いhectic」な生き方。
雑音の中で自分を押し殺してでも直進しようとするより、目を閉じて己の声を聴き、愛を忘れず曲線の足取りで未完の青春を紡ぎ続けることを決めた彼らの覚悟を感じられる歌詞でした。




今回も最後までお付き合い下さりありがとうございました。
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