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BTS "뱁쌔(Silver Spoon)" 努力、努力と言うのはやめろ ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.066

自分のせいだろなんて お前冗談だろ?
ルールは公平だなんて ふざけんなよ お前
これが正義だなんて お前冗談言うなよ!なあ!

뱁새(Silver Spoon)


奴らは俺を'ペップセ'と呼ぶ
苦労したよね この世代は
早く奴らを追いかけろ
'ファンセ'のせいで
俺の太腿は限界だ

そう、奴らは俺を'ペップセ'と呼ぶ
苦労したよね この世代は
早く奴らを追いかけろ
金の匙で生まれた俺の先生

バイトに行けば'情熱ペイ'
学校に行けば先生、上司らは乱暴
論壇ではひっきりなしに'何放世代'

ルールを変えろ 変えろ 変えろ
'ファンセ'どもは望む 現状維持を
そうはいくものか BANG BANG
これは正常じゃない
これは正常じゃない

ああ 努力、努力と繰り返すのはやめろ
ああ 縮むよ 俺の手足も
ああ 努力、努力
ああ 努力、努力
ああ 見込みがないね 見込みが

努力しろと繰り返すのはやめろ
ああ 縮むよ 俺の手足も
ああ 努力、努力
ああ 努力、努力
ああ 見込みがないね 見込みが

(さすが'ファンセ'だよ)失望させない
(さすが'ファンセ'だよ)その名に値する
(さすが'ファンセ'だよ)全部もっていけ
(さすが'ファンセ'だよ)'ファンセ'だよ

奴らは俺を'ペップセ'と呼ぶ
苦労したよね この世代は
早く奴らを追いかけろ
'ファンセ'のせいで
俺の太腿は限界だ

そう、奴らは俺を'ペップセ'と呼ぶ
苦労したよね この世代は
早く奴らを追いかけろ
金の匙で生まれた俺の先生

俺は'ペップセ'の脚
お前は'ファンセ'の脚
奴らは言うよ
「俺の脚は100万ドルの脚」
俺の脚は短いのに
どうして同じ種目で競うんだ?
奴らは言うよ
「おんなじ草原ならいいじゃんか」
あり得ない
あり得ない
あり得ない

ルールを変えろ 変えろ 変えろ
'ファンセ'どもは望む 現状維持を
そうはいくものか BANG BANG
これは正常じゃない
これは正常じゃない

ああ 努力、努力と繰り返すのはやめろ
ああ 縮むよ 俺の手足も
ああ 努力、努力
ああ 努力、努力
ああ 見込みがないね 見込みが
(さすが'ファンセ'!)

努力しろと繰り返すのはやめろ
ああ 縮むよ 俺の手足も
ああ 努力、努力
ああ 努力、努力
ああ 見込みがないね 見込みが
さすが'ファンセ'だよ

自分のせいだろなんて
お前冗談だろ?
ルールは公平だなんて
ふざけんなよ お前
これが正義だなんて
お前冗談言うなよ! なあ!
冗談だろ?ふざけんなよ?!

ああ 努力、努力と繰り返すのはやめろ
ああ 縮むよ 俺の手足も
ああ 努力、努力
ああ 努力、努力
ああ 見込みがないね 見込みが
(さすが'ファンセ'!)

努力しろと繰り返すのはやめろ
ああ 縮むよ 俺の手足も
ああ 努力、努力
ああ 努力、努力
ああ 見込みがないね 見込みが
さすが'ファンセ'だよ

(俺たちは'ペップセ'だよ)失望させない
(俺たちは'ペップセ'だよ)その名に値する
(俺たちは'ペップセ'だよ)共存しようぜ
(俺たちは'ペップセ'だよ)'ペップセ'だよ

奴らは俺を'ペップセ'と呼ぶ
苦労したよね この世代は
早く奴らを追いかけろ
'ファンセ'のせいで
俺の太腿は限界だ

そう、奴らは俺を'ペップセ'と呼ぶ
苦労したよね この世代は
早く奴らを追いかけろ
金の匙で生まれた俺の先生


※ペップセ(뱁새)…ダルマエナガ(全長:12~13cm)
 ファンセ(황새)…コウノトリ(全長:110~115cm)
韓国のことわざ「뱁새가 황새 따라가면 다리가 찢어진다(ダルマエナガがコウノトリについて行っても脚が裂けてしまう)」に由来。二種の鳥は生まれながらに脚の長さが決定的に違う。
意味は「身の丈に合わないことをすると酷い目にあう」(参考

バンタンが名誉観光広報大使を務めているソウル市のPRサイトに、ついにゆるキャラ?となったダルマエナガがコウノトリとメッセージトークを繰り広げる企画ページがありました。韓国で二種の鳥がどのように認識されているのかがわかりやすく解説されています。↓


韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/30075281

『뱁새(Silver Spoon)』
作曲・作詞:Slow Rabbit, RM, Supreme Boi, Pdogg


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今回は2015年11月にリリースされた「화양연화(花様年華) pt.2」に収録されている "뱁쌔(Silver Spoon)" を意訳・考察していきます。
楽曲はその後2016年5月発表のリパッケージアルバム「화양연화 Young Forever」にも収録されています。



1.スプーン階級論

この楽曲の韓国語タイトル「뱁쌔ペップセ(ダルマエナガ)」は「脚の長いコウノトリ(=富裕層)」に後れを取る、いわば弱者のメタファーであり、主人公である「俺」はそんな弱者側の人間です。

ところが、英語タイトルに登場するのは歌詞の中に一度も登場しない「Silver Spoon(銀のスプーン)」。

何故「銀のスプーン」なのでしょうか。

これは、Born with a silver spoon in one's mouth(銀のスプーンを咥えて生まれた=生まれながらに金持ち)という英語の慣用句が元になって韓国で起こった「スプーン階級論」に由来します。

つまり、英語タイトルになっている「Silver Spoon」は英語圏の方にとっての富裕層の象徴ということになり、韓国語タイトルと英語タイトルでは取り上げられているモチーフの意味が逆転していることになります。
「階級論」を唱えるにあたり、直感的な印象を聴き手に与えるために「뱁쌔」と「Silver Spoon」がそれぞれ選び取られたのだと思われます。

「スプーン階級論」は家庭資産の違いによる生活水準の差を「金/銀/銅/泥のスプーンを咥えて生まれた」と表現し階級付けをするというインターネット上で起こった議論のことです。

楽曲発表時の2015年のネットニュースでは、食用肉のランク付けのように人間を格付けをすることが若者の間で流行っている、と伝えています。自分の家庭がどれ程底辺に近いかをジャッジするための「泥スプーンビンゴ」なるものまで登場しています。↓

また、別の記事ではその頃インターネット上の新造語の中で「금수저(金のスプーン)」は注目度が断然1位だとも紹介されています。↓

※수저は正確には匙と箸の一そろいを指します。

上記記事で「금수저(金のスプーン)」は、「親の才能・能力が優れているお陰で努力や苦労をしなくても豊かに暮らせる子どもたち」のことを指すと紹介されています。

世帯間に所得の差が出るのは民主主義国家なら当然のことなので、富裕層に対する低所得者の不満の全てが無条件に解消されるべきとまでは言えないとは思います。
ですがここで問題なのは、低所得者の努力が報われない現状を作り出しているのが一部の富裕層の「特権乱用」にある、ということなのです。

立場や金を利用して家族の就学先、就職先の便宜を図る富裕層が後を絶たないため、カネもコネもない低所得世帯の子供たちがどれだけ努力をしても無意味である、という状況は、社会問題となって久しいにも関わらず改善のめどは全く立っていません。↓

上記記事中ではバンタンのことが「泥スプーンのアイドルとして知られる」と紹介されており、"불타오르네(FIRE)" の歌詞が一部引用されています。その部分をもう少し詳しく紹介します。↓

그냥 살아도 돼 우린 젊기에
(ただ生きていてもいい 俺たちは若者だから)
그 말하는 넌 뭔 수저길래 ※1
(そう言うお前は何の匙だからって)
수저수저 거려 난 사람인데
(匙、匙とくり返してる 俺は人なのに)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/4714592

※1 名詞+길래…~だからって

"뱁쌔(Silver Spoon)" の歌詞に「금수저로 태어난 내 선생님(金の匙で生まれた俺の先生)」とある〈先生〉と、"불타오르네(FIRE)" で「俺たち」を人間扱いせずに「(泥の)匙、匙」と繰り返し呼ぶ〈先生〉は、

「大した努力も苦労もせずに生きているくせに生徒を泥匙扱い」した上に
「若いんだから生きているだけで充分」などと説く、

自らを金のスプーンと自覚して世にのさばる者たちの象徴として登場しています。

生まれた時点で定められた出発点の違いが国民に「努力しても無駄」という深い絶望感をもたらしていることが、国の調査でも明らかになっています。↓

"뱁쌔(Silver Spoon)" では、そんな絶望感が生み出した憤りも、ありのままに表現されています。

내 탓이라니 너 농담이지 ※2
(俺のせいだなんて お前冗談だろ?)
공평하다니 oh are you crazy ※3
(公平だなんて ふざけてる)
이게 정의라니 you mu be kiddin' me!
(これが正義だなんて お前冗談言うなよ!)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30075281

※2 ~라니
※3 ~다니
共に「~だなんて」の意。

生まれる家は誰にも選べないのに、努力が報われないのは「自分のせい」だと言われることに対する怒りがここで噴出しています。正に弱者の声の代弁者。「さすがファンセだ」と繰り返すPost-Chorusも、悲哀と皮肉に満ち溢れたものであることがわかります。


2.同じ土俵で競えども

■ルールを変えろ

ことわざ「뱁새가 황새 따라가면 다리가 찢어진다(直訳:ダルマエナガがコウノトリについて行っても脚が裂けてしまう)」の概念が色濃く現れている部分がこちらです↓

난 뱁새다리 넌 황새다리
(俺はペップセの脚 お前はファンセの脚)
걔넨 말하지 '내 다린 백만 불짜리'
(奴らは言うね「私の脚は100万ドルの脚」)
내 게 짧은데 어찌 같은 종목 하니?
(俺のは短いのに どうして同じ種目をするんだ?)
They say '똑같은 초원이면 괜찮잖니!'
(彼らは言う「全く同じ草原ならいいじゃんか!」)
Never Never Never
(あり得ない あり得ない あり得ない)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30075281

「脚の長さの違いは生まれながらの種の違いによるものであり、その差は努力でカバーできるものではない」という事実が、スプーン階級論の主旨でもある「生まれる家は選べないのに生まれた時点で努力が報われないことが決定している」という実情にリンクしています。

そして、努力せずに手に入れた地位を価値あるものとして自画自賛するファンセの「脚」のことを、映画『말아톤(マラソン)』の名台詞になぞらえ「100万ドルの(価値の)脚」と表現しています。

努力せずともただ生まれ持った価値がそこにはあると豪語するファンセ。
努力して努力して鍛え上げた自分の脚ならきっと勝てると一縷の望みを抱くペップセ。
同じ種目でペップセがファンセに挑んでも、勝てないのは生まれつきの脚の長さの違いを相殺できないからであり、それぞれに見合った種目で競うことを望むペップセの声には「全く同じ草原(コース)なら問題ない」と聞く耳を持たないファンセ。

このように富裕層に有利であり続ける仕組みに対して、変革を訴える声が歌詞には盛り込まれています。

룰 바꿔 change change
(ルールを変えろ 変えろ 変えろ)
황새들은 원해 원해 maintain
(ファンセどもは望む 維持を)
그렇게는 안 되지 BANG BANG
(そういうわけにはいかない)
이건 정상이 아냐
(これは正常じゃない)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/30075281


■100万ドルの足

「100万ドルの足(脚)」(※俊足の意だと「足」ですが、"뱁쌔(Silver Spoon)" では「脚」の長さが論点なのでこの記事では「脚」と表記しています)は、後に "달려라 방탄(Run BTS)" の歌詞にも登場しています。

妄信してただ走って、両足で
それが俺たちのやり方の全て
そうやって証明した
7人のチョウォン達
100万ドルの価値
――"달려라 방탄(Run BTS)" 意訳

https://note.com/nozomiari/n/nf775f7d61173

"달려라 방탄(Run BTS)" の記事でも触れましたが、映画『말아톤(マラソン)』は自閉症の青年チョウォン(演:チョ・スンウ)が母親にランナーの才能を見出され、マラソン大会に挑むお話です。
2005年公開の映画ですが、Daum영화の作品紹介ページで予告編を見ることができます。該当の「百万ドルの足!」の台詞も聴くことができます。↓

"뱁쌔(Silver Spoon)" でファンセの脚を揶揄するために引用された「100万ドルの足(脚)」でしたが、"달려라 방탄(Run BTS)" では、口先だけではなく、自分たちがどれ程の地道な苦労と努力を経て今の居場所を手に入れたかを表現するために引用されています。

"뱁쌔(Silver Spoon)" の歌詞を理解した上で "달려라 방탄(Run BTS)" を読むとまた一層、彼らの来し方に想いを馳せることができるのではないでしょうか。

(余談ですが、"뱁쌔(Silver Spoon)" の歌詞に登場する「草原(초원)」は『マラソン』の主人公チョウォンとハングル表記が同じです。作詞上の遊び心が垣間見えて面白いなと思いました)


3.やりがい搾取

また、この歌詞には「情熱ペイ」という聴きなれない単語が登場します。
これはいわゆる「やりがい搾取」のことです。
労働者が仕事に対して感じる「やりがい」を、雇用者が勝手に報酬のように扱い、実際の労働に対する正当な賃金が支払われない状況を指しています。

알바 가면 열정페이
(アルバイトに行けば情熱ペイ)
학교 가면 선생님
(学校に行けば先生、)
상사들은 행패
(上司たちは乱暴)
언론에선 맨날 몇 포 세대
(マスコミでは常に何放世代)

楽曲がリリースされた2015年当時の「情熱ペイ」関連記事

上記記事にある通り「情熱ペイ」は特に、一人前になるための技術的な〈修行〉期間が必要であるようなクリエイティブ職において多くの事例が挙げられているようです。
こういった職種は就労希望者に対する受け入れ枠が少ないため、「好きなこと」を職業にできたという特別感・充実感に付け込まれ、その先にある労働者としての権利をないがしろにされがちであるというのが理由であると思われます。

またこれと同時に、"쩔어(DOPE)" でも取り上げられている「몇 포 세대(何放世代)」問題も重くのしかかっているのです。↓

就職氷河期に就職活動をしたロスジェネとして、また、グラフィックデザイナーとして社会人生活を始めた経験のある私自身にとって、これらの問題はものすごく身につまされる話です。

自分ひとりがつつましく生活できるくらいのお給料はもらえていましたが、一般的な企業や職種と比べたらもう笑うしかないような労働条件だったと思います。
それでも、就職氷河期に自分のやりたい事で拾ってもらえたという「自負」と「負い目」が、そういう一切の問題に対して私の目を瞑らせたので、目の前にある案件をひたすらこなすしかないという日々を送りつつも「やりがい」自体を見失うことはありませんでした。
今思えば、あれも情熱ペイだったんだな、と思います。



"쩔어(DOPE)" 、そして "뱁쌔(Silver Spoon)" は、あの頃の私の気持ちや状況を整理して並べてくれる貴重な楽曲になりました。

そういう稀有な出会いに感謝の気持ちを持ちつつも、これから社会に出ようとする世代、出たばかりの世代が負わされるものの重みや質に国も時代も違えど少なからず共通点があるという現状が、年頃の子の親としては悩ましくもあります。

純粋に「前だけを見て走り続ける」ということがいかに難しいかを、大人はあらためて良く理解してから次の世代を導く必要があると思いますし、「努力」が正当に認められる器を用意していかなければならないのではと思います。



最後までお付き合い下さりありがとうございました。
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