見出し画像

RM "건망증(Forg_tful)" 人は忘却の生き物〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.117

数えきれないささくれたちと、
やって来てしまう朝と。
各々のやり方で、
自ら麻酔をかけていきます。

건망증(Forg_tful) (with 김사월)



昨日のことをしょっちゅう忘れます。
僕は今日もよくわからないのですが、
昨日の僕のことをやたらと忘れます。
僕はたかが26歳なのに、
何故そうも覚えることができないのかって
僕の友人達は残念がります。ごめんなさい。
考えることが 本当に沢山あります。
僕のメモリーが足りません。
数えきれないささくれたちと、
やって来てしまう朝と。
各々のやり方で
自ら麻酔をかけていきます。

公園には行かないとダメです。
僕は、自然の色が好きです。
どうせみんな時間の問題です。
君もそれが必要になると思いますよ。
幼い頃の草いきれを覚えていますか?
かなり今更だと思いますけど。
そうです、ただ忘れて生きています。
ここにいる皆が実は馬鹿なんですよ。
数えきれないささくれたちと、
やって来てしまう朝と。
各々のやり方で、
自ら麻酔をかけていきます。

数えきれないささくれたちと、
やって来てしまう朝と。
各々のやり方で、
自ら麻酔をかけていきます。

Na na na na na...



韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6183186

「건망증(Forg_tful) (with 김사월)」
作曲・作詞:RM , 은희영


*******


今回は2022年12月にリリースされたRMのソロ・アルバム「Indigo」収録曲 "건망증(Forg_tful) " を意訳・考察していきます。


1.オーガニック・ミュージック

この楽曲はフィーチャリングにシンガーソングライター キム・サウォルさんを迎えたアコースティックナンバーです。

2020年3月に予定されていたキム・サウォルさんの来日公演(惜しくもコロナ禍の影響で中止)の際に出た、日本語の詳しい紹介記事が残っています。↓

2022年11月25日付Weverse Magazineでもアルバム「Indigo」に参加した他のアーティストと共に紹介されています。↓

ナムさん本人によるビハインドでは、この楽曲は「完全にフォーク(ソング)です」との前振りで紹介されています。↓

歌詞の成り立ちについて、忘れっぽい自分に対して周囲の人が感じている呆れに対する「ごめんね」の気持ちがきっかけであると明かされています。
そのせいもあってか歌詞の文体もです・ます調で通していて、謙虚で誠実な印象を受けます。

今回共作の話を持ちかけたシンガー・ソングライターのウン・ヒヨンさん(=John Eun)とは既に2021年の自作曲 "Bicycle" でも作業をしている旧知の仲で、その相性の良さは証明済みです。アルバム「Indigo」では他に "No.2" のクレジットにもそのお名前を確認できます。

ソロ活期のコンテンツには、ナムさんの自宅にウン・ヒヨンさんが訪ねてくるシーンが収められています。↓

二人がアレンジの打ち合わせをしていた Tiny Desk (Home) Concert はこちら↓

ビハインドにはウン・ヒヨンさんご本人も出演しており、アルバムの中で最も早く出来上がった曲であること、フィーチャリングにキム・サウォルさんを起用したのはナムさんたっての希望であったことなど、楽曲制作時のエピソードが明かされています。

また、同じくビハインドに出演するキム・サウォルさんは、指名を受けた時には何故自分が?と戸惑ったことを振り返っています。
ところが彼女の心配を知ってか知らずか、デモテープを元にキーチェックをした際の歌唱がそのまま正式音源になった程、ナムさんの中で〈キム・サウォルの歌唱〉がこの楽曲を完成させるための無二のピースであったことが窺えます。

その音源については、2019年にレコーディングしたものをそのままアルバムに収録したと後述するインタビューでナムさんが答えていますが、ブラッシュアップを目的とした録音を試みるも当時の感じが出なかった(サウォルさんパートにおいては全く録り直す必要が無い程すでに完璧だった)という理由があったとしています。
新規リリースという前提の上では決して洗練されたものではないとも言えるこの'過去'音源についてナムさんは、ビハインドおよびこのインタビューのそれぞれで「Organicオーガニック유기농有機農」という表現を用いてその魅力を表しています。

最新の表現ではないことへの気恥ずかしさ・後ろめたさの払拭よりも当初の直感を貫くことに専念し、粗削りとも言える過去の姿を「맑은 유기농 채소(清らかな有機農野菜)」として、その状態をとても大切に思っていることがわかります。

必要以上に何も足さず、何も引かない直感そのままの姿は決して磨き上げられた美しさに比べたら不格好かもしれないけれど、手付かずの本質のみが放つことができる美をパッケージングすることで、この音源にしかできない表現を可能にしているのです。

全く同じものを二度と描くことができない絵画と同様に、目に見えない「時間」が落とし込まれた芸術であるとも言えるでしょう。


2.忘れてしまったひと文字

英語タイトル "Forg_tful" はForgetful(=忘れっぽい【形容詞】)のスペルの真ん中 'e' を伏せたものです。このタイトルについて「strategic(=戦略的)」と表現し、その意図に注目しているのは「Zach Sang Show」のラジオDJ Zach Sang氏です。↓

ここでナムさんは、韓国語タイトルの "건망증コンマンチュン" という単語が持つ意味の風合いを再現できる英語表現を見つけられなかったので、それならばと最も近い意味を持つ英単語 "Forgetful" の1文字を隠し、自分がForgetfulなせいで "e" を忘れてしまったのだということにするユーモアを思いついた、と明かしています。
(初めに「戦略的」と表現されたことに対し、そこまでのものではなくあくまでも愉しみ・ユーモアだというニュアンスで答えています)

また、「この曲がアルバムの中で一番好きだ」と言うZach Sang氏の振りに対し、この曲がアルバム収録曲の中で最も早く(2019年4月頃)に作業されたものであることを述べています。

ナムさんが26歳だった或る日、朝目覚めた時にタイトル・歌詞・フックの全てが突然思い浮かぶという'奇跡'が起こり、すぐに手元の携帯でボイスメモを録った後ウン・ヒヨンさんにギターアレンジを依頼し、小さなスタジオでレコーディングしたとのこと。
音源のディテールを注意深く聴くと、ジーンズの衣擦れやテーブルを叩いてリズムを取る音が入っていると解説しています。

典型的なフォークソングであるこの楽曲を今回アルバムに収録することについてはリスクを感じなかったのか、という問いに対しては、この楽曲が全ての「スタート地点」であったことを再度確認した上で、この楽曲は自分そのものでもあり、リストから外すという選択肢はなかった、と答えています。


3.人間は忘却の生き物

タイトルにある「건망증コンマンジュン」は「健忘症」のことであり、前述した通り今作の作詞の動機にもなったナムさん自身の〈忘れ癖〉がその命名の由来です。

어제의 일을 자꾸 잊어요
(昨日の事をしょっちゅう忘れます)
나 오늘도 잘 모르는데
(僕は今日も良くわかりませんが、)
어제의 나를 자꾸 잊어요
(昨日の僕をしょっちゅう忘れます)
나 고작 스물여섯인데 ※1
(僕はたかが26歳なのに、)
왜 기억하질 못하냐(고) 해요 ※2
(何故 そんなに覚えられないのかと言います)
내 친구들 서운해해요 ※3
(僕の友人たちは残念がります)
미안해 생각이 참 많아요
(ごめんなさい 考えが本当に多いです)
내 메모리가 모자라요
(僕のメモリーが足りません)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183186

※1 고작…たかが、せいぜい(参考
※2 ~질 못하다=~지를 모하다→지 못하다の強調
・~지 못하다…~できない(参考
・냐 하다→냐고 하다の省略形…~か?と言う【間接話法】(参考
※3 感情表現の形容詞+아/어/여 하다…~がる(参考


人間は忘れる生き物である、とは各所でよく言われている人の性を表す言葉ですが、これを裏付けるものとして、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが提唱した忘却曲線というものがあります。

人間の記憶は必ず失われるものであり、その度合いは最初の1日の間に急激な勢いを見せる、ということが研究により明らかになっているとのこと。
ナムさんが「昨日のことを忘れてしまう」と嘆いているのは、実はヒトである以上仕方のないことなのだとも言えます。

※エビングハウスが「人間は忘れる生き物である」と'発言'したとの日本語記事が散見されますが、実際にそのような言葉を具体的に残している訳ではなく、あくまでもその裏付けとして揺るぎない結論を導いたということに過ぎないようです(hermann ebbinghaus quoteで検索するも掲載文献見当たらず)。

それでも「忘れてしまうこと」が目立ってしまった理由を想像するに、「考え(ること)が本当に多い」せいなのかもしれません。

ナムさんの(数え年)26歳当時は2019年。
LOVE YOURSELF 及びLOVE YOURSELF:SPEAK YOURSELFツアーの時期、アルバムで言えば「MAP OF THE SOUL : PERSONA」(タイトル曲:"Boy With Luv" )のリリース期に当たります。
ビハインドでキム・サウォルさんが触れていますが、「はたから見るとすごく華やかな人生」を送っている真っ最中。言葉通り想像を超えて考えることがあり過ぎたのではと思います。

…という一般論とは別に、ナムさんの〈忘れ癖〉は、彼を良く知る方であればある程愛すべき一面でもあるのかな、と思ったりもします。
頭脳明晰、語学堪能、高い音楽センスを持つ彼の人間味あふれる一面に、どこかほっとする部分もあるのは確かではないかと私は思います。

ちなみにナムさんはこのインタビューで、〈忘れ癖〉のインスピレーションを与えてくれた友人本人とは既に疎遠となっており、そのひととなりすら忘れてしまったと打ち明けています(笑)
着想から3年という年月を経る間に、制作当時の周りに対する「ごめんね」の気持ちは薄れ、忘れ癖のある自分も自分であると受け入れることができており、楽曲のディテールは聴く時によって常に変化するものだ、との見解も示しています。


4.公園に行く、という大切なこと

思考の容れ物を常に満杯にしているナムさんにとって、公園という場所がどれだけ大切な存在であるかは、故郷イルサンへの想いを歌った "Ma City" の歌詞からも感じ取ることができます。

俺は漢江ハンガンよりも湖水公園が好きだ
小さくても 存分に懐深く
受け入れてあげると言う'君'の事を
俺が俺を見失うような時は
そこで星灯あかりに願って
あの日の記憶を探すね
ー"Ma City" 和訳考察記事 RMパートから抜粋

https://note.com/nozomiari/n/n4de851b51542

漢江公園よりも規模こそ小さいイルサンの湖水公園ですが、故郷の馴染みある景色は彼にとってずっと掛け替えのない存在であり、春夏秋冬いつ訪れても懐深く受け入れてくれる君(=湖水公園)に対するありったけの感謝と愛がこの歌詞には込められています。

そしてこの故郷での記憶には、2018年9月の国連総会で行われたスピーチでも触れられています。

自分で自分の全てを把握できなくなる前に、彼は自ら公園へと足を運び、自然に触れ、地に足をつけることで己の輪郭を保ってきたのでした。

そんな経緯を踏まえてVerse2を読んでみます。

공원에 가지 않음 안 돼요
(公園に行かないことは駄目です)
나 자연의 색이 좋아요
(僕は自然の色が好きです)
어차피 다 시간문제에요
(どうせみんな時間の問題です)
너도 그게 필요할 걸요 ※4
(君にもそれが必要だと思いますよ)
어릴 적 풀냄새 기억나요?
(幼い頃の草の匂いを思い出しますか?)
꽤나 새삼스러울 걸요 ※5
(かなり今更なことだ思いますけど)
그래요 그냥 잊고 살아요
(そうです ただ忘れて生きるのです)
여기 모두가 바본 걸요 ※6
(ここのみんなが実は馬鹿なんですよ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183186

※4 ~ㄹ/을 걸요…~だと思いますよ、たぶん~だと思いますけど、~のはずでしょう(参考
※5
・꽤나=꽤の強調…かなり(参考
・새삼스럽다…今更=昔の事を再認識するさま、今改めて(参考
※6 ~ㄴ/은/는 걸요…(実は)~なんですよ(参考

どんなに忙しくても果たさなければならないことを遂行するために、積極的に公園でのリフレッシュを試みているナムさんですが、そういった対策は決して自分だけに必要なものではなく、誰しもが経験することでもあると考えていることがわかります。

良いことであろうと悪いことであろうと、全てのことを記憶していられる人間などいない。ただ、忘れながら生きてゆく。人間は誰しも、記憶し続けることができない馬鹿なんですよ、と。


수많은 가시들과
(数多くのささくれと)
오고야 마는 아침과 ※7
(来てしまう朝と)
각자의 방식들로
(各々の方法で)
스스로 마취해 가요
(自ら麻酔をかけていきます)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6183186

※7 ~고야 말다…~してしまう(参考

数多くのささくれ(=気になること)について考えているうちに、問題の解決を待たずに訪れてしまう朝。そしてまた新たなささくれが発生し、思考の容れ物が空になる事はない。

そんな許容量を遥かに超えた数の未解決問題を前にしても尚、前に進んでいくためには、くじけそうになる心に各々の方法で「麻酔」をかけ、思考的苦痛を曖昧にして生きてゆくことも必要なのだ、と。

この「麻酔」がナムさんにとっては「公園に行くこと」であり、それが無ければ思考の重みに耐えきれなくなってしまうのでしょう。

彼のような人気アーティストに限らず、こうして許容量を超えた仕事をこなさなくてはならない人が社会のほとんどを占めているのではないかと思います。
各々が自分に合った「麻酔」を自分で把握すること、そしてまた、そんな切羽詰まった状況は誰にでも起こりうることだと理解し互いに支え合い、上手く乗り越えていけるような仕組み作りが各所で成立すると良いなと思います。




3年前に録音した音源をそのままアルバムに収録する。この選択には彼の〈生業としての芸術〉に対する確固たる姿勢が表れていると思います。
少しでもより良い姿を見せたいという主観性と、作品にとって最も良い状態を見誤らないという客観性とのバランスがとれていないと、この決断には簡単には至りません。

アルバム「Indigo」の出発の瞬間を閉じ込めたこの曲は、自らの忘れっぽさをテーマにしつつも、決して忘れられない記憶の記録としてここに刻まれることになったのでした。



今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
2024年の初投稿になりました。今年は何本書けるかな…がんばります(^^)
🌳⛲️🌳