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🎥 The Iron Giant

★★★★★


ある晩、チェロキー族の老人が「人の心の中で行われている戦い」について、孫に語った。

「我々の心の中にはいつも二匹の狼が戦っているんだ。
一匹の狼は悪い狼。悪い狼とは、怒り、妬み、嫉妬、悲しみ、後悔、欲、傲慢、自己憐憫、罪悪感、憤り、劣等感、嘘、思い上がり、優越感、そしてエゴのこと。
もう一匹は善い狼だ。それは、喜び、平和、愛、希望、平静、謙虚、親切、慈悲、共感、寛大さ、真実、同情、そして信頼のこと。」

孫は、少し考えてから祖父に尋ねた。

「どっちのオオカミが勝つの?」

老人はさらりと答えた。

「おまえが餌を与えた方さ。」


観賞後、この小咄をふと思い出した。どんな自分になるかを決めるのは、他でもない自分自身。そんな普遍的な人間の本質を、最もやさしく端的に表したお話として、強く心に焼き付けられていた。Iron Giant は、それを映画という尺で表現した物語と思えた。チェロキーの老人が孫に向けていたであろう慈しむような眼差しが、画面の向こう側にあるような気がした。

The Iron Giant
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1957年、ソ連のスプートニクが地球を周回する中、謎の巨大物体が荒れる海に墜落するところから物語は始まる。東西冷戦がその規模を宇宙にまで拡大した時代を舞台としたこの映画は、その装いも古典的だ。懐かしさを感じさせる作りになっている。キャラクター造形、その演技(動きやセリフ回し)、素っ頓狂なデフォルメを効かせたシーン描写にも、古典映画の趣がある。とにかく愛らしいのだ。画面を観ているだけで幸せになれる。映画を観ることの根源的な喜びに溢れている。まだまだ発展途上だったCGが、要所要所で違和感なく巧みに用いられ、平面的なアニメーションを効果的に支えている。

ロボットは全編CGで描かれているそうだが、いかにも作り物といった外観がおもちゃのようであり、機械的なぎこちない動きも相まって、非常に可愛らしい。愛玩心をくすぐる存在感は、Star Wars における R2-D2 先輩や WALL•E を彷彿とさせる。最初は記憶(プログラム?)を喪失した無垢な存在として描かれ、正体や目的は最後まで明かされないが、強力な兵器であることが後になって明らかになる。戦闘ロボットへの変形は、やはりおもちゃ的でありながらも、たいへんショッキングだ。意図せず発揮された力におろおろとする Giant の様子が、たまらなく切ない。

正体不明のロボットを介して、二匹の狼が戦う。悪い狼は、スマートな外見とは裏腹に、目的のためなら卑劣な手段も辞さない連邦政府の捜査官 Kent Mansley。もう一方の善い狼は、聡明で元気だが諸事情により拭い難い孤独感を抱えた Hogarth Hughes 少年。大方の予想や期待通りに決着はつく。意外性やオリジナリティに長けているわけでもない。にもかかわらず、この映画からは眼を釘付けにし、心を鷲掴みにして離さない。

「歩むべき道を自ら選択する」という普遍的なテーマを描くにあたり、これが初長編作品となる Brad Bird 監督自身は「王道」を選択したのだろう。歴史が育んできた定型をしっかり踏襲し、尚且つ新鮮な感動を生み出すなんて至難の業を成し遂げた手腕は、見事と言わざるを得ない。後に彼が Pixer で作った Mr. Incredible の、ストーリーや Buddy(Syndrome)のキャラ造形に抱いたモヤモヤ感を、一気に吹っ飛ばしてくれる出来栄えだ。まぁそれは原作(未読)の力なのかもしれないが、Toy Story(における Sid のキャラ造形)などの前科もあるので、あれは Pixar のせい、ということにしておく。Finding Nemo の Daria も酷か…、まぁいいや。

王道という話で言うと、古典映画の趣は、アニメよりも実写映画のそれに近いように思える。アニメ的な誇張は確かにたくさんあるのだけれど、登場人物たちの演技自体は基本的に落ち着いていて、過度に大袈裟な仕草やセリフ回しは皆無に等しい。ちょっとした、けれど物語に厚みを持たせているディテールのひとつひとつに、現実に近い手応えがある。

女手一つで家計を支え、平静を保とうと努力しながら子育てに奮闘する母、 Annie の姿は、その最たる例だ。一瞬の表情や話し方から伝わってくる情報量と腑に落ち感がすごい。声を演じるのは Jennifer Aniston。押しも押されぬ大スターなのに、地味な生活感を、そればかりか底辺感ですら、圧倒的説得力で醸し出せる彼女は、本当に偉いと思う。いつまでも付き纏う Friends やブラピのネタを許容する彼女は、菩薩の領域に達していると言っても過言でない。両手を合わせて拝観しましょう。

Harry Connick Jr. のはまり役っぷり素晴らしい。どこか世捨て人っぽい、浮世離れした雰囲気の、ポンコツアート作家の Dean McCappin。いわゆるメンターとも友達とも違う距離感で、成り行き上仕方なく、けれどまんざらでもない調子で Hogarth に付き合う。そんな Harry Connick Jr. の役どころ、声と演技は、作品のトーン、密度、そしてバランスに、これ以上ないくらいの貢献をしていると思う。あんな大人にいて欲しかったし、あんな大人でありたいな。(ただ、父や夫としてはどうなんでしょうね。知らんけど。)

軍隊の描き方にも触れておきたい。基本的に暴力装置である軍は、もう一つの Iron Giant だと言える。暴力装置であるからこそ、その行使に義を求め、職業的矜恃を重んじる。そして人間性も不可欠なのだと本作は訴える。それらは全て「善い狼」に属する資質なのではないだろうか。「善い狼」が戦うこと自体に矛盾がある。矛盾と葛藤しながら、世界は均衡を保とうとしている。子供をターゲットにした作品としては、ギリギリまで攻めた内容ではないかと思う。強面の Rogard 将軍が、本来なら軍事機密として保管されるべき Giant の部品を、「君が持っているべきだ」と Hogarth に送り届けるエピソードが好きだ。

まるで合わせ鏡のように軍と対峙した Giant は、自身もまた暴力装置であることを自覚しながら、歩むべき道を選択する。一点の曇りもない。旧日本軍のバンザイアタックや中東紛争における自爆テロを想起したり、兵器をヒロイックに描くこと自体にアレルギーを覚える向きも一定数あるようだけれど、英雄譚というのは、本質的にそういった批判を免れ得ないものだと思うし、そちらに流されて、もうひとつの普遍的なテーマと向き合わないのは、あまり惜しい気がする。「ヒーローとは何か」という問いかけだ。

僕らは普段、長いものに巻かれたり、仕方がないさと諦観したり、誰もがちょっとずつは自分の中にある正義感やモラルとかいったものを殺しながら過ごしている。それも生きる力の一つ、必要な自己犠牲と言うことはできる。しかし、そこには幾分かの保身も含まれている。エゴから完全に抜け出して、保身はおろか自己犠牲なんてことさえ微塵も思わず、ただ一心に守りたい他者のために防波堤となる、そのときそこにヒーローが宿る。ヒーローとは、好戦的なわけでなく、ましてや型破りな検察官のことでもない。’Get away from her, YOU BITCH!’ と啖呵を切る Ellen Ripley(Aliens)であり、誰もが「もう終わりだ」と諦め項垂れたときに上を向き飛び立つ Iron Giant なんだ。

「英雄を信じることが英雄を作る」と Winston Churchill は言った。Giant は Hogarth が読み聞かせてくれたアメコミを信じた。Wolfwalkers のレビューでも言及した「物語の力」が、この作品でも力強く描かれている。僕はこういうのに本当に弱い。Hogarth が教えてくれた ‘You are what you choose to be.’ に呼応する Giant の「あの一言」、たった8文字の「あの一言」で、涙腺完全決壊。してやられちゃいましたよ。

「知的好奇心の容れ物」としてのロボット(AI)が、最後に人類を守る選択をするという展開は、2001: a space odyssey2010: The Year We Make Contact の HAL のようでもあったかな。伝説的映画監督 Stanley Kubrick 作品である前者と比べて、2010 は不当に認知度が低い気がする。とっても感動的な映画なんだけどな。

Giant や大人たちとの濃密な時間を過ごした Hogarth が、大人の幻想としての「良い子」にならないのも気持ち良い。最初の方では厄介だった悪ガキどもとつるむようになる。これはオール怪獣大進撃の影響だったりして。「子供たちにとっての正解は、わんぱくになること」という、おおらかな大人目線。内気な子の居場所だって大切だとは思うけどね。

ディテールが豊かで、くどさもあざとさもない、腰の座った力強い語り口の、まさに王道と言える堂々たる作品。不穏でスリリングな冒頭から未知のアドベンチャーに胸が高鳴るエンディングまで全く隙のない、「え!90分もないの!?」と驚くくらい濃密な1時間26分だった。


  • ★★★★★ 出会えたことに心底感謝の生涯ベスト級

  • ★★★★☆ 見逃さなく良かった心に残る逸品

  • ★★★☆☆ 手放しには褒めれないが捨てがたい魅力あり

  • ★★☆☆☆ 観直したら良いとこも見つかるかもしれない

  • ★☆☆☆☆ なぜ作った?

  • ☆☆☆☆☆ 後悔しかない



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