🎥 Wolfwalkers

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予告を観た段階で心を鷲掴みにされていた。残念ながら公開規模が小さく、一番近くても仙台（盛岡在住です）、しかも短期上映ということで劇場での鑑賞を諦めた作品を、ようやく apple TV+ で観ることが出来た。これを観るためだけにサブスクリプションに加入したと言っても良いのだが、やはりどんなことをしても映画館へ足を運ぶべきだったと深く後悔している。この作品の豊かさは、テレビサイズに閉じ込めておくことが許されるようなレベルではない。

いつも５段階で満足度を示しているわけだけれども、今回に関してはメーターが振り切れて計れない。「兆」は「超」に等しく、だから「超満足」と思ってもらえたら。

Wolfwalkers
on apple TV+

日本国内のレビューでは、「かぐや姫の物語」や「もののけ姫」あたりがよく引き合いに出されているし、製作者もジブリの影響があることは認めているところだけれども、僕が真っ先に思い浮かべたのは「まんが日本昔ばなし」だった。子供の頃、引き込まれるようにして観ていた。その魅力は、当時やはり夢中になっていた「機動戦士ガンダム」や「ガッチャマン」、あるいは「タイムボカンシリーズ」や「世界名作劇場」といったようなアニメとも、明らかに異質なものだった。絵画的なアニメとマンガ的なアニメの違いと言ったら良いだろうか。アニメ論に踏み込むと面倒臭いことにないそうなので、とりあえずここではそういうことにしておく。

Wolfwalkers は、僕が絵画的アニメと捉える作品の中でも頭ひとつどころか百面鬼ぐらい、いやそれ以上に抜きん出ている。

百面鬼と仮面ライダーアマゾン

画面の美しさと迫力、そして多幸感の虜になって、恍惚とし、落涙までしてしまう始末だ。たとえば、狼ハンターの娘 Robin と wolfwalker（人間とオオカミがひとつの体に共存した妖精のような存在）の Mebh がオオカミの姿（Mebh に噛まれたことで Robin にも wolfwalker 性が宿った ）で森を駆け巡るところ。ドラマの起伏がさして大きい部分でもないのに、不意に両目から涙がボロボロと流れ始めた。涙は、一般的に悲しみのサインと受け取られるけれど、実際は楽しみから恐れ、幸福感、痛みまで、何らかの感情が過度に高まっていることを示す体の反応なのだとか。この映画のアニメーション的快楽が、僕の心を絶頂にまで導いたということか。オオカミ主観世界の描写は、映画史に残る傑出したものではないかと思う。僕にとって今世紀最高のアーティストの一人であるAURORAの音楽も、そこで大きな役割を果たしているもんだから、もうここですでに満点確定。

少女たちは、戯れるときに「ウフフ 川´∀`)(´∀｀し キャハハ」と無邪気に笑う。アニメにはよくある、ともすれば「んなことあるかい」と見る側を覚めさせてしまいかねない危険性も孕んだ演出だ。しかし本作では、物語と強く結びついて変に浮き立たない。「あぁ、これわかる」と腑に落ちる。幼い子供と遊んでると、「野球」とか「鬼ごっこ」とか名前の付いた、ルールのあるゲームからスタートするのだけれど、それがいつの間にか何がなんだかわからない自由で楽しい何かに変わっていったりする。そんなとき、件の笑いが込み上げてくる。あの戯れと笑いは、ルールからの逸脱、その実に爽快な解放感が表れている。

Wolfwalker には、アイルランドの伝承物語をベースに、現代的、普遍的なテーマの数々が巧みに織り込まれている。僕なりに大雑把に仕分けすると「社会的抑圧からの解放」と「文明と自然の共存」、そして「物語の力」といったところだろうか。

ケルトの神話
井村君江 著

最初の二つからジブリ作品を連想する向きがあるのはよくわかる。よくわかるのだが、「かぐや姫の物語」や「平静狸合戦ぽんぽこ」あたりは「説教映画」だと思っていて — 故人を批判するのはいかがなものかと思われるかもしれない（ちょうどそういうタイミングだ）が — 高畑勲氏に道徳教育推進勢力と同じ匂いを嗅ぎ取ってしまう僕には、その比較はあまり心地よいものではない。ジブリを支持する大衆に対し「（子供以外）全員死ね」ぐらいのエクストリームな憎悪を抱えていて、それが画面からダダ漏れしてしまう宮崎氏には、まだ好感が持てる。

なんの話をしてるんだ…

「解放」と「共存」については、もうすでにいろんなメディアやレビューで語り尽くされているかと思うが、僕もぜひ言及しておきたいことがある。

まず、 ルールに従いなさいと再三説く Robin の父 Bill Goodfellowe が、ためらいがちに心情を吐露する場面。

‘I won’t be here to protect you forever. I’m so afraid that one day you’ll end up in a cage.’

「私はいつまでも側にいてお前を守れるわけじゃない。いつかお前が囚われの身になりはしないかと、怖くて堪らないのだ。」

そんな父へ必死に抗う Robin さえも、同じ思いで Mebh を檻に閉じ込めてしまった。胸が締め付けられ号泣である。安易にポリコレへ傾倒せず、耐え忍び従う者への慈しみを忘れない、本作の懐の大きさと優しく誠実な眼差し。それがあるからこそ、抵抗者の覚悟にはより説得力が増し、やがて最高のカタルシスを迎える。満点超え確定。

もうひとつは「文明と自然の共存」について。実に明快で納得のいく提案が、第一幕ですでに示されている。それは、もちろん自然を征服することではないし、自然を守ることでもない。自然を怖れ、畏れることだ。

’Everyone knows you can’t be cutting down their woods. If you do, they’ll get you. Sure, that’s the deal.’

「奴らの森を切り倒すなんてもってのほかだと、みーんなわかっちょる。やればやり返される。そういう契りじゃからの。」

‘St Patrick made it with the old pagans, and you’re breaking it, you eejits!’

「聖パトリックさまが古の異教徒らと交わしたもんを、お前さんらがぶち壊しとるんじゃよ、このすっとこどっこいめ！」

Lord Protector を非難したために拘束された木樵のセリフ。アイルランドがケルトの土着信仰を残したままカソリック化し、契約に則って狼や彼らの聖域たる森と付き合ってきた歴史を、さりげなく端的に物語っている。古くからの言い伝えだからという理由で、彼は森を畏れ、森を潰すことを怖れている。現代合理主義では馬鹿馬鹿しいと一笑に付されるような風習は、実はその不気味さによって、僕ら人類が文明向上の名のもとに積極的に崩してきた世界のバランスを守る安全装置として機能していた。その感覚を取り戻そうよと、この映画は言っている。けれど説教臭さ一切なし。なんて巧みなのだろう。満点超えからの、さらに倍率ドン。(死語）

物語 アイルランドの歴史
波多野裕造 著

上の話は、物語（言い伝え）が良い意味で人間を律してくれていたことを示している。この映画から最もひしひしと感じるのは「物語の力を信じる」という確固たる意志だ。Terry Gilliam が Time Bandits、Brazil、The Adventure of Baron Munchausen、The Fisher King などの作品を通じ一貫して訴え続けてきた「辛く厳しく残酷でくだらない現実と折り合いをつけ、尊厳を守りながら生きていくための、唯一にして最高の手段は物語と共にあることであり、物語にはそれだけの力がある」という思想的確信が、Wolfwalkers にもある。そうでなければ、あんなエンディングになるはずがない。

現実には、女性やマイノリティへの差別は依然として続いているどころか先鋭化までしているし、狼はほぼ絶滅状態にある。搾取・抑圧構造はダークサイドに堕ちたリバイアサンの如くに庶民生活を脅かしている。その前提に立てば、あの結末は甘い夢に過ぎないと映るかもしれない。違う。あれは切実な祈りだ。Bill と Robin が互いに ‘All is well.’ （なんの心配もないよ／万事良好だよ）と言葉を掛け合う。それぞれの呪縛から解き放たれ、真に心が通い合う家族となった一団は旅路を進むが、その行く末までは観衆に知らされない。観衆に託されているのだ。「この物語を信じて生きていってくれますように」と。信じるに５兆点。

余談だけれども、’All Is Well.’ のセリフで 3 Idiots を思い出し、また観たくなった。これも最高に素晴らしいんだ。

エンディングについてもうひとつ。Bill の顔に初めて明るさが現れたことが、たまらなく嬉しい。Sean Bean が演じているもんだから、いつも沈鬱気味なのは仕方がないと頷けちゃうし「いつ死ぬの？」「ああっ、ここでついに死んじゃうんだね！？」とハラハラしどおし。今回は終劇まで生きていてくれた上に、憑きものが落ちたような清々しい表情。「よかったねぇ、うぅっ(；ω；) 」と泣けて泣けて…。あの表情は、女性やマイノリティの解放は男性や抑圧者側の解放でもあるという、至極真っ当で今まさに求められているメッセージであると同時に、Sean Bean のスクリーン・キャリアにおける最も幸福な瞬間と言えるかもしれない。（絵だけど）

（↑いつも死ぬ Sean Bean を悼む動画）

あぁ、なんて厚みのある豊かな作品だろう。書いても書いても書き尽くせなさそうなので、あとは主だった所感を箇条書きにしとく。

• 実験的技術、芸術性、娯楽性が非常に高密度で融合した映画作品としては、Star Wars や Lord of the Ring クラスではないかと思う。

• 寓話アニメーション映画の金字塔であり、僕は今後これを基準にそういった映画を観ることになるだろう。

• Lord Protector が体現する信仰の身勝手さを暴きながらも、彼の最期をドラマティックに仕立てたことで、シェイクスピア悲劇のような気品も漂わせている。

• 役者（声優）陣にも最大限の賛辞を贈りたい。この絵画的アニメを文字通りの絵空事ではない、生々しい実在感もあるものにしている。Robin 役が、つい先日感想を投稿したばかりの The Bookshop にも出演していた Honor Kneafsey なことには驚いた。

• こうやって綴ってきた諸々を感覚的に理解しながら、子供も純粋に楽しめる仕上がりになっていると思う。それってすごいことだ。

追記：噛みつかれると wolfwalker になるらしいから、ゾンビものの仲間として楽しむことも可能かもしれない。果てしなく増殖していく未来を想像するとゾクゾクして最高。

• ★★★★★　出会えたことに心底感謝の生涯ベスト級

• ★★★★☆　見逃さなく良かった心に残る逸品

• ★★★☆☆　手放しには褒めれないが捨てがたい魅力あり

• ★★☆☆☆　観直したら良いとこも見つかるかもしれない

• ★☆☆☆☆　なぜ作った？

• ☆☆☆☆☆　後悔しかない

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