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📕 The Flatshare

★★★★☆


出版社勤務で外交的な Tiffy とホスピス看護師の内向的な Leon。それぞれに深刻な懐事情を抱えた二人は、友人や恋人たちの反対を押し切り、フラットをシェアすることに。Tiffy は日勤。Leon は夜勤。ひとつのベッドを共有しながら、顔を合わせることのない二人。入れ替え制の一人暮らしのような奇妙なルームシェア生活に、やがて少しずつ歪みが生じて…。

そんなあらすじだけを見れば、先の読めるロマンティックコメディに過ぎない。余計な期待はせず、現代的な文章で綴られるロンドンでの生活描写を楽しめたらいいな、ベストセラーだしきっとそれなりに面白いだろうな、くらいの気持ちで読み始めた。ところがどっこい、思いがけずも激しく感情と思考を揺さぶられてしまった。

The Flatshare

僕らは基本的に皆逃れようもなく孤独だ。肉体的にも精神的にも、自分のことを完全に感知できる人は自分しかいない。共感は、それをしている相手が結局は他者であるという意識から生まれるものだし、本当は少しずつ違う。そうかと思えば、他者の視点を通じて初めて発見する自分がいたり、知らず知らずのうちに意思や行動を誘導されていたりもする。わたしのことはわたしにしかわからないと達観しつつ、人から共感されたり認められたり愛されたりする ー 少なくともそう錯覚する ー ことでしか満たされない器も内に持っている。孤独が不可避であると同時に、他者との関係性ありきで僕らは生きてもいる。要するに、僕らは面倒臭い。

個々人はそれぞれに面倒臭く、だから人同士の結びつきは綺麗事だけじゃなくて色々と厄介だ。この小説は、その面倒くささや厄介さを無いことにしない。シビアに見つめ、そして慈しんでもいる。自分の思いや考えを人に伝えることへのためらい、それが相手とは違うかもしれないという不安が、人ごとなら些細で自分にとってはのっぴきならず切実なものであることも含めて執拗に描かれ、その積み重ねが一見ありきたりなハッピーエンドに思いがけないカタルシスを生んでいる。主役の二人、そして彼らを取り囲む友人や家族たちとハイタッチを交わしたい気分で読了した。

小生意気な少女 Holly ちゃんとの物語をもっと読みたかった分だけ、星一つ減。

孤独や他者性を受容できないことの愚かさや身の毛のよだつような気味悪さ、ネット/スマホの危うさなど、社会が抱える病についてさりげなく警笛を鳴らす内容にもなっている。章ごとに語り手を入れ替える手法からは、一方的で安易な決めつけを許してはならないという確信を感じる。ポップな文体やおとぎ話のようなプロットの行間に、著者の視野の広さと真摯さを垣間見た気がする。


  • ★★★★★ 出会えたことに心底感謝の生涯ベスト級

  • ★★★★☆ 見逃さなく良かった心に残る逸品

  • ★★★☆☆ 手放しには褒めれないが捨てがたい魅力あり

  • ★★☆☆☆ 読み直したら良いとこも見つかるかもしれない

  • ★☆☆☆☆ なぜ書いた?

  • ☆☆☆☆☆ 後悔しかない



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