【脚本】『幕末鳥人伝~地に足つかない男たち~』(上)

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お昼に発表になりましたが、本日(4/10)18時より
STAR☆JACKS act#013『蝶ヨ舞ヱ、躑躅咲ク春ニ』
が、演劇動画配信サービス「観劇三昧」にて2週間限定無料配信となります。
外出自粛のお供に、ぜひこちらもご覧ください。

さてさて。
私個人としましても、昨日書きました通り、本日から過去作品の毎日連載を開始します。
一番初めはどんな作品がいいか迷ったのですが、
こんなご時世だし、明るく夢のある作品にしようとこの作品を選びました。

『幕末鳥人伝~地に足つかない男たち~』

2010年、ちょうど10年前に書いた作品です。
鳥人幸吉(ちょうじんこうきち)という、江戸時代に空を飛ぼうとした人がいたという話からインスパイアされて書いた物語。

当時、私自身も30代に突入したばかり。
30歳を前後にして、多くの同世代の演劇人たちが足を洗っていきました。
まあ・・・演劇に限らずですが、あるあるですね。
様々な事情もあるから仕方がないことは分かっていながらも、やはり同期・同世代がいなくなってゆくことには寂しさと悔しさを感じてました。
そんな流れに反して、私自身はSTAR☆JACKSというグループでやっていく面白さが出て来た頃で。
辞めてゆく仲間たちや「いつまで夢を追いかけるの?」という世間の目に対して、「俺は芝居でやっていくぞ!」という個人的な意思表明をしたというか、精一杯意地を張ったというか、そんな想いを夢に向かってジタバタする三十路男たちに重ねたような作品だったなと、今となっては感じています。

あ、そうそう、<STAR☆JACKS=時代劇・殺陣>というイメージを定着させたく、旗揚げから3年間は敢えて殺陣を売りにした作品ばかり上演してましたが、殺陣がほぼ無い芝居をやってみたのもこの作品が初めてでした。
個人的には結構好きな話で、設定を40代に書き換えて再演したい作品です。
多分、40代にした方がより味わいが出る気がしてます。

とまあ、想い出話はこれくらいにしまして、早速参りましょうか。
脚本が二話構成となっておりますので、今回はまず第一話をお届けします。

あらすじ
関東の小藩・常陸牛久辺藩に住む跡部響一郎、余市、角造は幼いころ頃から「空飛び」の研究に夢中。
気づけば三十路を迎えていたが、なかなか成功には至っていない。
響一郎は空飛びの研究のため藩に江戸遊学を願い出るが、
時は幕末、江戸で吹き荒れる安政の大獄の煽りを食らって、
江戸遊学どころか三人は謀反人の疑いをかけられてしまう。
果たして空飛びは出来るのか?!

<夢に向かうすべての人へ>をキャッチコピーとするSTAR☆JACKSが、
【夢】というテーマに真正面から挑んだ三十路青春時代劇!

登場人物

・跡部響一郎:牛久辺藩下級藩士。三十歳。空飛びの設計担当。
・余市:造り酒屋「酒巻屋」の若旦那。三十歳。空飛びのパイロット担当。
・角造:木彫り職人。三十歳。空飛びのエンジニア担当。
・お鈴:余市の姉。三十四歳。三人の姉のような存在。
・千鶴:小料理屋「朝日」の女将。三十四歳。
・跡部東五:響一郎の弟。二十歳。
・住野文衛門:響一郎、余市、角造の師。年齢不詳。

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関東の小藩、常陸牛久辺(ひたちうしくべ)藩一万二千石(架空)。
酒造以外、取り立てて特産もない小さな藩である。
藩の気風も緩やかで、人々も大らかだ。
季節は晩夏。まだ暑さの残るさなかである。

音楽とともに、暮れゆく夜。暗転。

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第一話  飛翔(はば)たけない男たち

#1

牛久辺藩城下町の酒場、「朝日」
千鶴が切り盛りする小洒落た小さな店。
大衆的な居酒屋というよりは、小料理屋、もしくはバーといった風情。
しかしながら、決して高い店ではない。
店の真ん中、座敷の上に飾られたくす玉が見える。
余市と千鶴がそわそわと、落ち着かない様子で何かを待っている。
角造は黙々と図面とにらめっこをしている。

余市   「遅い・・・なあ千鶴さん、あまりに遅くねえか」
千鶴   「ええ・・・」

余市、店の中を行ったり来たり、座ってみたり立ってみたり。

余市   「昼八つ刻(14時頃)にはお城で言い渡されると言ってたんだ。何が何でも、まだ戻ってきてないというのはありえめえ」
千鶴   「余市さん、とりあえずお座りなさったら」

と、着座し一杯呑むことを勧める。
余市、それに従い、銚子を取るが

余市   「・・・いや、やっぱやめとこう。喉を通りゃしねえ。なあ、千鶴さん、どうしたらいいと思う?」
千鶴   「どうしたらって?」
余市   「響一郎が戻ってきたら、よ。どうやって迎えてやったらいいかねえ。結果は知らねえがよ、俺ぁ緊張しすぎてどんなツラして会ったらいいかわかりゃしねえや」
千鶴   「それは・・・」
余市   「それは?」
千鶴   「それは、余市さん、やっぱりいつも通り迎えてあげるのがいいんじゃないかしら」
余市   「いつも通り?」
千鶴   「そう、いつも通り」
余市   「・・・そうだな、いつも通り。うん、泣いても笑ってもいつも通り。そうしてやろう。なあ、角」

と、角造に呼びかけるも、角造は聞こえないくらいに自分の世界に没頭している。

余市   「おい、角。角造」
角造   「え?」
余市   「え?じゃあねえよ。え?じゃあ」
角造   「今大事なところなんだ、後にしてくれ」
余市   「おめえ、仲間の夢が、俺たちの積年の夢が叶うか否かって時によくも・・・。おめえには人並みの感情ってもんがねえのか。え?」
角造   「・・・え?」
余市   「あーもう、イライラする。おめえとはガキの時分からの長い付き合いだが、こんなにも薄情な野郎だとは知らなかった。だいたいおめえは・・・」
千鶴   「まあまあ余市さん。角造さんだって心配していなさるわよ」
余市   「いいや、千鶴さん止めねえでくんな。こいつは昔っからそうなんだ。いつだって自分のことしか考えちゃいねえ。今日という今日は頭にきたぞ。やい、角、角造、聞いてやがるのか」
千鶴   「余市さん、いつも通り、でしょ」
余市   「・・・ふぅ(と、深呼吸)そうだった。いつも通り。いけねえいけねえ、熱くなっちまった。いいか、結果が良くても悪くても、いつも通り。いつも通りで迎えてやろうな」
千鶴   「ええ」
角造   「わかった!」
余市   「なんでぇ、いきなりでかい声出すな。びっくりするじゃあねえか。で、何がわかったってんだよ」
角造   「今度の肝となる部分さ。今回の響一郎の設計は斬新過ぎて、実現に困難だったんだ。そうかそうか・・・そういうことか・・・これで軽さを損なわずに強度を増すことができる」
余市   「おいおい、要するにどういうことだ」
角造   「大方の部分は完成していたけど、最後の一部分だけ迷っていたんだ」
余市   「??」
角造   「ン・・・だから、要するに、余市っちゃんは怪我せずに済むってことさ」
余市   「馬鹿にするな。実際に飛ぶのは俺なんだぜ。前もって教えてもらわなきゃ怖いじゃねえか。」
角造   「響一郎の奴、実現する身にもなってくれってんだ。オイラくらいの腕が無きゃ実現不可能だ」
余市   「おい、ちょっと待て。一人で勝手に話を終わらせるな」

などと話しているところへ人が入ってくる。
一瞬にして全員に緊張が走る。
やってきたのは、お鈴。余市の姉。

お鈴   「?どうしたんだい?」
余市   「なんだ姉貴かよ・・・心の臓に悪いじゃねえか。いきなり入ってくるんじゃねえや。俺はてっきり響一郎が戻ってきたかと思ったじゃあねえか」
お鈴   「あれ?響さんはまだ戻って来てないのかい?」
千鶴   「ええ」
お鈴   「でもさっき、お城から下がってくるお侍たちは見たわよ。響さんだけ残ってるってことはないんじゃないのかい」
千鶴   「でもお鈴ちゃん、お城からは真っ直ぐここに来るって約束なのよ?」
お鈴   「・・・こりゃまた駄目だったかしら・・・」

皆が心に思いつつも、決して口にしようとしなかったことをさらりと言う。
間。それぞれが、悪い想像をしてしまう。
余市、それを振り払うかのように。

余市   「そ、そんなわけあるか。あいつは誰よりも学問に打ち込んできたんだ。あいつ以上に努力をしてきた人間は、この常陸牛久辺藩のどこを探したって居やしねえ。お上だってそれはわかってらぁ」
お鈴   「だけど・・・ねえ」
余市   「うるせえ。んなことより姉貴、何か用があって来たんじゃあねえのか」
お鈴   「あ、そうだ、忘れてたわ。あんた、また黙って店のツケで空飛び遊びの買い物をしたね」
余市   「え?」
お鈴   「え?じゃあないわよ。さっき材木屋の番頭さんがうちに卸した竹の掛け取りにとやってきたわよ。勿論、造り酒屋のウチに竹だなんて、全く覚えの無いもんだから、なんのことでございますかってなるわね」
余市   「・・・お、俺も覚えが無いなぁ」
お鈴   「しらばっくれんじゃないわよ。あんた以外に誰がそんな買い物をするってんだい。そうこうしているうちに木綿問屋の手代までもが現れて、先日納めた布五十反のお代はまだでございましょうかなんて言ってくるもんだから、アタシもびっくりしちまったよ」
角造   「お鈴さん、今度は画期的なんだ。要は、骨となる竹の使い方が問題だったんだ。竹の割り方を変えることで、前回よりも二割ほど軽くできる。その上、部分的に紙を導入することで更に軽量化が出来て、助走の時の負担がぐっと減る。あ、だから次は紙問屋が掛け取りにやってくるよ」
お鈴   「はぁ~!?」
余市   「あ、角、バカ」
お鈴   「・・・開いた口が塞がらないとはこのことだよ。千鶴ちゃん、お水を一杯下さいな」
千鶴   「(苦笑しながら)はいはい」

千鶴、一旦下がって水を持ってくる。
お鈴、それを一気に飲み干し、大きくため息。

お鈴   「ねえ、余市。店はあんたが継いだんだ。やり方に関しちゃ私は何も文句は言わない。けどね、ウチが「牛久辺に酒巻屋あり」と言われるような造り酒屋にまでなれたのは、お父っつぁんやお爺ちゃん、そのまたお爺ちゃんが代々頑張って来たからなのよ」
余市   「わかってるよ、姉貴」
お鈴   「わかっちゃいないよ。アンタはお父っつぁんやお爺ちゃんが代々積み上げてきた身代を空飛び遊びで食い潰そうとしてるんだよ」
余市   「仕方ねえじゃねえか。七十俵二人扶持の響一郎にも、一介の木彫り職人の角造にもそいつを負担させるのは酷な話だ。人にはそれぞれの持ち場ってものがあらぁ」
角造   「勿論、おいら達だってただ指を咥えて待っているわけじゃないよ。響一郎は極力金のかからない構造を日々考えているし、材料の仕入れは、おいらの知り合いの問屋からかなり安く買い叩いてるんだ」
余市   「そうさ、つまり俺が言いたかったのはアレだ、適材適所ってやつだな」
お鈴   「・・・アタシが言ってるのはそういうことじゃないんだよ。空飛び遊び自体のことをいってるんだよ」
余市   「姉貴、いつも言ってるだろう。これは遊びじゃあねえ」
お鈴   「じゃあ何なのよ」
余市・角造「夢さ」
お鈴   「夢だか何だか知らないけど、酒巻屋の若旦那は三十路を迎えても鳥の真似ごとなんざしてやがるなんて陰口叩かれて、アタシぁ口惜しいじゃないか」
余市   「夢に年齢は関係ねえさ」
お鈴   「だけどね・・・」
余市   「少年たちよ・・・」
二人   「大きく飛翔(はば)たけ」
余市   「俺たちの師・住野文衛門先生がいつもおっしゃってくれた言葉だ」
お鈴   「知ってるよ。嫌ってほど聞いたわよ。でも本当に飛ぼうとなんかしなくたっていいじゃない。人が空を飛ぼうだなんて無謀すぎるわ」
余市   「そこに挑戦してこそ男ってもんじゃねえか」
角造   「そうさ」
お鈴   「・・・千鶴ちゃん、アタシもう駄目。眩暈がする」
千鶴   「お鈴ちゃん、とりあえずお座りなさいな」

お鈴、促されて着座する。

余市   「しかし遅えな、響一郎の野郎・・・」
角造   「うん・・・」
お鈴   「千鶴ちゃん、ごめんね。いつもこんな馬鹿達の相手をしてもらって」
千鶴   「いいえ、私は全然構わないんだけどね。お鈴ちゃんも心配が絶えないわね」
お鈴   「ほんとにもう・・・」
余市   「俺たちよりも自分を心配したらどうだい。「酒巻屋の出戻り小町」ってあだ名されてるのを知ってるだろう」
お鈴   「アタシだって好きで出戻ったんじゃあないよ」
余市   「さっきみたいな調子でガミガミ言うから義兄さんだって疲れちまったんじゃねえか」
お鈴   「あの人が頼りないんだから仕方ないじゃないか」
余市   「どうだかな。まあ嫁があまりに五月蠅けりゃ浮気の虫の一匹や二匹湧いて来たっておかしくねえや。俺は義兄さんに同情するね」
お鈴   「あんた達みたいな所帯も持ってない人には言われたくないわよ」
余市   「そいつはごもっとも。おっ、どうだ姉貴、角か響一郎んとこに嫁ぎゃいいじゃねえか。そうすりゃ出戻りも一人モンも解消されて一挙両得だぜ。弟の俺が言うのも何だが、姉貴は黙ってりゃまあまあ別嬪なんだからよ・・・」
お鈴   「まあまあって何よ。馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」
余市   「そうかい?俺はなかなかの妙案だと思うんだがなぁ。響一郎は腐っても武家だ。身分違いってことで難しいかもしれねえけどよ、角だったら職人だし気心も知れてる。おまけに浮気の心配に至っては一切ねえ。それは折り紙つきだぜ。なあ、角。ほーら決まりだ、な、姉貴」
お鈴   「ちょ、ちょっと、何言ってんだよ。え・・・」
余市   「はっはっは、何本気になってやがるんでぇ」
お鈴   「・・・か、からかうんじゃあないよ」
余市   「真っ赤になってらあ。はっはっは」
お鈴   「笑いごとじゃあないわよ。まったく。アタシはね、鳥人間は身内に一人で十分」
余市   「鳥人間か。そいつぁいいや。チュンチュンチュンチュン」

と、鳥のモノマネ。
角造もそれに倣う。

余市   「角、おめえは体型的にチュンチュンはおかしいや。おめえはさしずめ、鳩か梟あたりだろう」
角造   「くるっくー」

などと言ってはしゃぐ二人。
呆れ顔で眺めるお鈴。笑っている千鶴。
そこへ若い男が一人入ってくる。跡部東五。

東五   「あの」

ビクッとする全員。
鳥のモノマネをしたまま固まる余市と角造。

東五   「・・・何をしているのですか?」
角造   「・・・くるっくー・・・」
東五   「・・・(流して)あれ、兄上は来ておりませんのでしょうか」
千鶴   「あら、まだいらしてないわよ」
東五   「えっ、そうなんですか」
角造   「流された・・・あっさり笑顔で流された・・・」
余市   「泣くな、おまえは悪くない」
東五   「てっきりこちらに来ているものと思ったんだけどなぁ・・・」
千鶴   「ええ、私たちもさっきからずっと待ってはいるんですけどね」
お鈴   「東五ちゃん」
東五   「あれ、お鈴さん」
お鈴   「うふふ、お久しぶり」
東五   「お久しぶりです。お鈴さん、お嫁に行かれてご城下を離れられたんじゃあ・・・」
お鈴   「ん?うん・・・」
東五   「久々の里帰りですね」
お鈴   「うん、まあね」
余市   「何がまあね、だ。里帰りどころか出戻りじゃあねえか」

お鈴、バシッと余市を叩く。

余市   「いてっ」
お鈴   「東五ちゃん、しばらく見ないうちにずいぶん大きくなって」
東五   「お鈴さん、「ちゃん」はやめて下さい」
お鈴   「あら、私にとってはいつまでも東五ちゃんだわ。だって、私たちがおしめも取り換えたし、東五ちゃんをおんぶしながら遊んだんですもの。ねえ」
千鶴   「ええ。お姉ちゃんお姉ちゃんってくっついてくるのが可愛かったですわ」
東五   「私ももう二十歳です」
お鈴   「あら、もうそんなに・・・やだわ、歳は取りたくないわね」
千鶴   「ええ」
余市   「で、東五、響一郎はまだ戻らねえのか」
東五   「え?はい。同輩の方々は大分前にお城から下がってこられてたんですが・・・」
角造   「いよいよもっておかしいな・・・」
余市   「ああ・・・」

間。

余市   「あいつ、もしや思い詰めて・・・」
千鶴   「えっ」

皆、思わず顔を見合わせる。

余市   「・・・いやいや、そんなわけねえよな。あ、あいつに限って、そんなことしやしねえ」
千鶴   「そうですよ、響さんに限ってそんなことは無いわ」
お鈴   「そうよ、縁起でもないこと言うんじゃあないわ」
角造   「でも響一郎は、妙に一本気なところがあるから・・・」

皆、再び顔を見合わせる。

千鶴   「まだ駄目だったって決まったわけじゃないんですから」
余市   「そ、そうだよな。そうだそうだ」
お鈴   「余市、あんたちょっとお城の方まで様子を見に行ってきなさいよ」
余市   「えっ・・・な、何を馬鹿なこと言ってやがるんでぇ」
お鈴   「馬鹿なもんか。あんたは小さい頃から駆け回ることくらいしか取り柄がないんだから、ひとっ走り行ってきなさいな」
余市   「実の弟に駆け回ることしか取り柄がないとはどういうことでぇ」
お鈴   「だって、本当のことじゃあないか」
余市   「あ、姉貴が行ってくればいいじゃあねえか」
お鈴   「アタシは駄目よ」
余市   「何でさ」
お鈴   「・・・また「出戻り小町」って後ろ指さされちゃうもの」
東五   「出戻り小町?」
お鈴   「あ・・・」
東五   「お鈴さん、離縁して戻って来られたんですか」
お鈴   「え・・・ええ・・・まあね。アンタのせいで余計なこと言っちゃったじゃないの」
余市   「俺のせいじゃあないやい」
千鶴   「まあまあ二人とも・・・」
余市   「・・・千鶴さん行ってきてくれ」
千鶴   「え?わ、私はお店を空けるわけにはいかないから」
余市   「東五、お、おめえが行って来い。おめえの実の兄貴だろう」
東五   「私はそこまで心配しちゃいません」
余市   「は、薄情者」
東五   「違います。兄上を信じているんです」

皆の目線が角造に向かう。

角造   「そうかそうか、そういうことか・・・」

と、図面に逃げ込む。
東五・千鶴・お鈴、余市を見るが・・・

余市   「あ、あたたたたた・・・」

と、腹を押さえてその場から立ち去ろうとする。
お鈴に止められて

お鈴   「どこ行くんだい」
余市   「ちょっと厠へ・・・」
お鈴   「嘘つくんじゃあないよ」
余市   「嘘なもんか。こう、この辺にいきなりキューっと射し込むような痛みがよ・・・あ、千鶴さん、酒に何か入れやがったな」
千鶴   「今日はまだお酒に手をつけてないでしょ」
余市   「あっ・・・」
お鈴   「余市、観念しなさいな。アンタの大切な仲間でしょう」
余市   「・・・わかったよ。わかりましたよ。何もそんな怖い顔しなくたっていいじゃねえか。行きゃあいいんだろ、行きゃ」

と、先ほどとは反対の、出口に向かおうとする。
が、立ち止まって

余市   「・・・やっぱりダメだ~怖すぎる」

と引き返す。

東五   「余市っちゃん」
余市   「おまえ、考えてもみろよ。様子を見に行ったはいいけどよ、いきなりバッタリ出会っちまったらどうするんだい。俺はどんな顔してどんな声かけたらいいんだい」
お鈴   「いつも通りでいいじゃないか」
千鶴   「そうですよ、さっきもそう話してたじゃないですか」
余市   「いつも通りって言ったってよぉ。いつもそんな意識なんてしてねえから、どんな風に声かけてるかなんてわからねえしよ・・・」
お鈴   「情けないわね・・・「おう、響一郎、遅ぇじゃねえか。心配して見に来ちまったぜ。みんな待ってる、さあ行こう、はっはっは(笑)」・・・とこんな感じでしょ」
余市   「・・・おう、響一郎、遅ぇじゃねえか。心配して見に来ちまったじゃねえか。みんな待ってるぜ、さあ行こう、はっはっは(不自然な笑)・・・ダメだ、絶対おかしい。何より、はっはっはって笑う意味がわからねえ」
お鈴   「いや、別に笑わなくてもいいんだけれど」
余市   「それによ、これだけじゃ響一郎が合格(うか)ったか落ちたかもわからねえじゃねえか。え?そしたら俺はこいつ合格ったのかな、落ちたのかなとハラハラしたまま一緒に戻ってこなくちゃならねえじゃねえか」
角造   「じゃあ訊けばいいじゃないか」
余市   「どうやって」
角造   「「響一郎、待ってたんだぜ。で、結果はどうだったよ?」って・・・」
余市   「おまえは馬鹿か。そうやって訊くのが怖いから悩んでるんじゃねえか」
東五   「じゃあ遠回しに訊いてみるのはどうでしょうか」
余市   「どうやって?」
東五   「どうやってって・・・(日替わりでご自由にお答えください)」
余市   「(ご自由にリアクションしてください)」
千鶴   「あーもうっ、ホントに意気地が無いんだから。私が行ってきます」
余市   「千鶴さん・・・」
お鈴   「千鶴ちゃんはお店にいなきゃダメ。私が行ってくるわ」

角造がのっそりと立ち上がって

角造   「夜道に女の一人歩きは危険だ。オイラがいってくるよ」
お鈴   「角さん・・・あんた・・・」
余市   「角、おめえ・・・」
東五   「すみません、一番年下の私がすぐに動くべきでした」
千鶴   「ううん、東五ちゃんは気にしなくっていいの」

それぞれに、「私がいくわ」「おいらが行く」などと。

余市   「・・・(思いっきり格好つけて)馬鹿野郎。おめえらなんかに任せてられるか。ここはひとつ、韋駄天の余市様が行ってくらぁ」
全員   「いってらっしゃい(着座)」
余市   「なっ・・・(絶句)」

余市、助けを求めようとするが、誰も取り合わない。

余市   「わかったよ、わかりましたよ。冷てえな、ホント」

などとぶつぶつ言いつつ出口に向かう素振り。

余市   「・・・付いてきたいなら今だぜ。今なら一緒に行ってやるぜ」
角造   「往生際が悪いなぁ」
余市   「わかったよ!・・・勇気を出せ、余市・・・」

などと自分を励ましながら出口に向かおうとした、ちょうどその時。

響一郎  「どこか行くのか」
全員   「ぎゃーっ!出たーっ!(などと口々に)」
響一郎  「えっ?(と自分の後ろを振り返ったり)」
千鶴   「きょ、響さん、遅かったじゃないですか」
響一郎  「千鶴さん・・・いや、その・・・申し訳ない」
千鶴   「い、いえ、いいんですよ」
余市   「そう、いいんだよ、別に俺たちゃそんな心配してたってわけではねえんだけどよ、ちょっと遅いから見てこようかなーなんて話してただけよ。な、角」
角造   「そうそう」
響一郎  「そうか、ならば行き違いにならなくてよかった」
お鈴   「そうだよ、まったく余市はせっかちなんだから」
千鶴   「そうですよ」
余市   「そ、そうだな、すまねえすまねえ」
全員   「・・・」
千鶴   「・・・さ、ずっと入り口で立ち話もなんですから、入って入って」
響一郎  「ああ、すまない」

と、全員そぞろに着座。沈黙。
響一郎は、微笑んでいるのか沈んでいるのか、
一見わからないような様子で座っている。
どうやらすでに酒を飲んでるようだ。
五人は話を切り出すのを人に振るべく、
アイコンタクトをしたり口パクでやりあったり。
角造、再び図面に逃避。
余市とお鈴は小競り合いの末に・・・

お鈴   「あ・・・」
響一郎  「あ・・・」

同時に言葉を口にする。

二人   「・・・あ、いや・・・」
響一郎  「お先にどうぞ」
お鈴   「ううん、響さんからどうぞ」
響一郎  「いいや、お鈴さんからどうぞ」
お鈴   「う、うん・・・大したことじゃぁないんだけどね・・・」

皆の視線が集まる。
響一郎がそちらに向くと不自然に目を逸らしたり。

お鈴   「・・・今日はお城に行ったのよね・・・」
響一郎  「・・・ああ」

さらに皆の視線が集まる。

お鈴   「・・・お、お殿様はお元気だったかい」
響一郎  「いや、俺はお目見以下だからな、お殿様とは・・・」
お鈴   「あ・・・」

再び微妙な沈黙。

響一郎  「千鶴さん」
千鶴   「は、はい」
響一郎  「酒を頂いていいですか」
千鶴   「あ・・・はい」

千鶴、酒を取りにゆく。

余市   「・・・おい響一郎、おまえ飲んでるのか」
響一郎  「ん?ああ、飲んでる」
余市   「おまえなぁ・・・」
千鶴   「お待たせしました」

と、千鶴が酒を持ってくる。
酌をしようとする徳利を響一郎はそのまま取り、一気に呷る。
大きく息をついて。

響一郎  「・・・みんな、ご心配をおかけしました。この度の江戸遊学の願出だが・・・受け入れられなかった」

間が悪く、くす玉が開く。
そこには「跡部響一郎 江戸出立祝」の張り紙が。
皆、それぞれにどのようにリアクションしていいのか決められない、微妙な雰囲気。

響一郎  「・・・出来るだけのことはやったつもりだったが、足りなかったようだ。仕方があるまい・・・うん、仕方があるまい・・・」
千鶴   「響さん・・・」
響一郎  「さ、皆もそう沈まないでくれ」
千鶴   「でも・・・」
余市   「・・・そうだぜ、それに、まだ道は閉ざされたわけじゃねえ」
角造   「うん」
余市   「・・・千鶴さん、俺が持ってきた酒があったろう。持ってきてくんな」
千鶴   「え・・・でも・・・」
余市   「いいってことよ。今夜は潰れるまで飲むぞ」
響一郎  「・・・ああ」

千鶴、酒を取りにゆく。
お鈴も手伝う。

余市   「・・・ちょっと予定が狂っちまったが、仕方ねえ。ほら、みんなボーっと突っ立ってんじゃあねえや。酒盛りだ酒盛りだ。酒巻屋が丹精込めて作った極上の清酒だ。ここはいっちょ景気よくいこうぜ」
角造   「よっ、酒巻屋!」
余市   「さあさあ、いくぜ。響一郎、今回は残念だったが、また次がある!俺たちの空飛びの夢はまだまだ・・・」
角造   「長いなぁ」
余市   「とにかく、乾杯!」
全員   「乾杯」
千鶴   「・・・うちも今日は大盤振る舞いしちゃうから」
余市   「おっ、そうこなくっちゃ」
お鈴   「千鶴ちゃん、アタシも手伝うわ」

女二人は奥に。酒盛りが始まる。
音楽FI。それとクロスするように照明は落ちてゆく。

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