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家族が突然、障がい者になるということ

「俺なんかさ、具合が悪いんだよね
。あと、左脚が痺れている気がする」

その言葉を最後に、父の左半身の自由は奪われてしまった。もう走ることも、両手に荷物を持って歩くこともできないなんて。 
受け入れがたい事実は、残された私と母の上に酷く重くのしかかってきて、息をするのも苦しかった。

父とは、私の大学進学を機に別居していた。東京と福岡。その距離は、モラハラな父から離れるのに丁度良かった。思えば、母も父と暮らすことにいっぱいいっぱいだったのだと思う。

そんな別居生活が4年続いた、とある春のことだ。元気だった父が、突然倒れたのは。 

救急車を呼んでくれた父の兄弟からの電話で、左半身麻痺になったことを告げられる。母と東京に向かう飛行機の搭乗前に突然告げられた事実は、酷く他人事の様に感じて、正直実感が湧かなかった。

なんとか病院に辿り着き、父の姿を見たことで、やっと状況を理解できた。理学療法士の方に支えられて、何とか車椅子に乗り込む様子に酷く胸が痛んだ。

脳内出血による左半身麻痺。
もう以前の姿には戻れないのだとの事実を、ハッキリと突きつけられた。

今考えるととても失礼な話だが、倒れたのは私と母のせいだといったようなことを父の兄弟な告げられ、父に今までとても酷いことをしてきた様に感じ、涙がポロポロと溢れた。毎日がこの世の終わりの様な気分で、とても辛かった。

しかし、本当に辛いのはここからだった。
リハビリ病院への転院。転院してから告げられた、高次脳機能障害。半年間にも及ぶ、長期のリハビリ病院への入院。

何度も役所に足を運び、だらしのない父が残したゴミ屋敷のような部屋や荷物を片付けて。エレベーターほどの広さのある倉庫4つ分もの荷物を処分しながら、毎日の様に病院に通った。

病院からトラブルを起こしたとの電話が掛かってきて、頭を下げに行ったことは数えきれない。
些細なことで怒り出すため、父に一つ言葉を掛けるのも酷く気を遣った。

どう考えても、父はもう、一人で暮らすことはできない。これからのことを考えると、目の前が真っ暗になった。

頭の中を、ぐるぐると賛美歌が渦巻く。
中高とそんなに真面目にキリスト教を学んできた訳ではないのに、何故かそれがいつの間にか心の救いとなっていた。
私はストレスで過呼吸が再発し、母は血圧が上がりっぱなしになった。

そこからどう生きてきたのか、もはや良く思い出せない。
リハビリ病院退院後は、当然の様に福岡で一緒に暮らすことになった。秋に福岡に帰って来て、気づけば父が倒れて、3年が過ぎていた。

長くて苦しかった日々は、深い沼にはまっている様で、やってきたことを思い出せないほど、暗くて重く苦しいものであったと思う。

離れて暮らしていた家族が、いきなり身体障害者になる。想像もしていなかったことが、ある日起きてしまった。

病気一つしそうになかったのに、左半身が全く動かなくなる日が来るなんて。
半身麻痺という現実が、重くのしかかった。もはやここまでどう歩いてきたのかもよく思い出せぬ程、前を向くのが、とにかく辛かった。

あれから3年。
ちょうど3年前の夏は、リハビリ病院に転院し、病院スタッフに毎日頭を下げていた頃だ。
2年経って、ようやく水面から顔を出せた様な気がしたが、きっとこれからも、この状況が変わることはないだろう。

父が退院してから、様々な人と出会った。
杖をついて歩く父を邪魔そうに押し除けていく人。迷惑そうな目で見る人。
わざわざ車を止めて、父が段差を降りるのを手伝ってくれる人。

ご家族も大変でしょうといつも優しい声をかけてくれる、デイケアの担当者さんや理学療法士さん。

この状況が変わることは、恐らくない。
これからも突然怒り出し、言い訳を並べ立てる父にストレスを感じ、悲しむことに変わりはないだろう。
けれど家族は、一生それに付き合っていかなければならない。

家族が突然障がい者になると言うことは、苦しい現実と向き合うことだ。
現実を受け入れ、出来る限り前を向いて歩く。それが、きっと、今の私にできること。        

3年経って少しは楽になったけれど、正直今も苦しい日々は続いている。この苦しみを理解し合える人はほとんどおらず、これからも私と母のたった2人だけで、この山を乗り越えていかなければならない。

もっと素直で、家族を思いやれる人だったらどんなに良かったか。何度そう感じたかわからない。デイケアの人は相談に乗ってくれるけれど、問題の根本的な解決にはならないのだ。

社会制度の恩恵を受けてはいるけれど、今の状態は、何とかギリギリでやっている状態と言うに等しい。ニュースを見ると、ヤングケアラーや介護離職の記事が目に飛び込んでくる。障がいを持つ人とその家族が、もっと楽に生きられる日が来ることを、願ってならない。

※この記事は、以前別のアカウントで公開していた記事に加筆・修正を行なったものです

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