絵で読む『源氏物語』これはどんな場面~源氏物語絵色紙帖 箒木
笛と琴の合奏
この絵は『源氏物語』帚木(箒木)巻の「雨夜の品定め」で、左馬頭が語った体験談の中の一場面です。簀の子に腰かけて、笛を吹いている束帯姿の男性、右上に池、水面に映っている月、庭に散った紅葉。築地(土で作った塀)の一部が崩れています。この場面、『源氏物語』ではこのように書かれています。
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神無月(旧暦十月、冬のはじめ)のころ、月が美しかった夜に、宮中から退出しますときに、ある殿上人もちょうど出て来て、私の牛車に同乗しましたので、大納言の父の家に行って泊まろうとしたところ、この人が「今夜は、彼女が訪れを待っていそうで、妙に気にかかる」と言いましてね、その女の家はちょうど通り道だったので、土塀の荒れて崩れた所から池の水面に映る月が見えて、月でさえ立ち寄る宿をただ通り過ぎるのも興ざめだと思って、わたしも一緒に降りたのですよ。
ふたりは以前から付き合っていたのでしょう、男はふらりと入って行き、門の近くにある廊の簀の子のようなものに腰をかけて、しばらく月を観る。一面の菊の花が霜にあたって紫に色づき、風と競うように紅葉が散るさまも、じつに風情がありました。男は懐に入れていた笛を取り出して吹き鳴らし、『影もよし』*などとぽつりぽつりと催馬楽を謡うと、前もって調律していた、良い音色の和琴を美しく掻き鳴らしてそれに合わせるのも、悪くない。女が柔らかく掻き鳴らす、律の調べが、簾の中から聞こえているのも、今風のはなやかな音なので、美しく澄みきった月に似合っています。
*「影もよし」 飛鳥井に 宿りはすべし や おけ 影もよし みもひも寒し みまくさもよし(催馬楽・飛鳥井) この催馬楽を謡ったのは、「宿りはすべし」=「今晩泊まっていこうかなあ」と言いたいから。直接的な表現はさけるのが風流人の作法。
色っぽい会話
語り手の左馬頭が見ていると、二人はこのあと和歌を詠みかわします。上の『源氏物語』の文章の続きをご紹介。
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男は和琴の演奏をとてもほめて、簾の近くに歩み寄って、「庭の紅葉を、人が踏んだ跡がないね」(訪れる人は誰もいないのかい)などとからかってくやしがらせ、菊を折って「琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける(琴の音も月も、言葉にできないほどすばらしい宿だけど、つれない人を琴を弾いて、引き留めることができるかな) 私などではご不満でしょうが」などと詠んで、「もう一曲、この私のように聞きほれてくれる人がいる時に、出し惜しみせずたっぷり弾いてくださいよ」など、嫌みたっぷりな口ぶりなので、女は、きどった声で、「木枯らしに吹きあはすめる笛の音をひきとどむべきことの葉ぞなき(木枯らしと合奏できるような笛の音を、琴を弾いて、引き留めることができるような、琴の調べも言の葉もありませんわ)」と艶っぽく返事をするので、腹が立ってくる、それに気づかず、こんどは箏の琴を盤渉調で演奏して、今風に掻き鳴らす音色は、才能が無いわけではないけれど、とても見ていられない気持ちになりました。
わざと相手を怒らせるようなことを言って、おもしろがる人、現代でもいますねえ(いやなタイプ)。この二人、いちゃいちゃと会話をしていますが、横で見ていた、左馬頭は、腹が立って、見ていられない気持ちになる。じつは、今はちょっと足が遠のいているけど、左馬頭もこの女のもとに通っていたのです。
左馬頭の経験談
「雨夜の品定め」で、左馬頭は、若い頃に二人の女性のもとに同時期に通っていたと話します。一人は、顔かたちはそれほどでもないが、愛情が深く、精一杯尽くしてくれる女性。ただ、やかまし屋でひどくやきもちを焼くので、別れるつもりはないが、わざと冷淡にしていたところ、病気で死んでしまった。一人は、顔かたちも悪くなく、和歌も詠み、琴も上手、頭の回転も速いので、やかまし屋の女性には内緒で通っていた。やかまし屋の女性が死んでしまったので、もっぱら彼女のもとに通ったところ、派手すぎて思わせぶりなところがあるので、足が遠のいていた。そうしたら、私の他に男がいたのですよと前置きをして、今回の絵に描かれた場面の話をします。
絵の印象が変わる
右下の柿色の狩衣を着ている男性が、左馬頭です。左馬頭の心で、改めてこの絵を見ると、ふ・く・ざ・つ~。
なお、源氏物語絵色紙帖は、絵と詞が一組になっています。
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