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和食と短歌の型 「短歌人」2023年4月号より

 料理をするようになった。昨年九月の引っ越しで、妻よりも私の方が早く帰宅することが多くなり夕食を作る機会が増えたからだ。
レシピの表示されたスマホを握りしめてスーパーへ行き、材料欄に記されている食材を一つずつカゴに入れていく。店内を行ったり来たりしながらのそれは、テレビゲーム内のミッションに挑戦しているようで楽しかった、のは料理を始めて半月くらいまでの話。新鮮味が失われていくにつれ、仕事終わりにレシピ通りの食材を買ってきて料理をするということがだんだんとつらくなってきた。
 そんな私を励ましてくれたのが、料理研究家・土井善晴の勧める「一汁一菜」だ。ご飯と味噌汁と漬物を基本の型とすることで日々の料理が楽になり、味噌汁に具をたくさん入れれば栄養も十分。実際に土井が味噌汁を作っている動画をYouTubeで見ると、味噌汁への固定観念は崩れ去り、こんな歌ができた。

  土井善晴の味噌汁の中ピーマンはわたをとられず堂々といる  野崎挽生

 「一汁一菜」の味噌汁に決まったレシピはない。肉でも野菜でも魚でもなんでも好きなものを入れればいい。料理法も難しい工程は一切ない。いたってシンプルだ。
 さらに、四季や自然の移ろいを意識し、季節にあった食材を発見することで「一汁一菜」は料理の枠を越えた生き方になる、という。今まであまり考えてこなかった旬を意識し始めると、たしかに食材の見え方が変わった。無機質だった陳列棚に彩りが加わり、旬だけでなく妻や自分の気分、体調に考慮して食材を選ぶ。いうなれば「一汁一菜」という型があることで食材との対話が生まれ始めたのだ。
 私たちが日々生み出している短歌にも同じように「五七五七七」という型がある。限りない景を前にしても定型を用いることで歌にできる。定型を意識して初めて定型から外れることもできる。「一汁一菜」も同様で、土井は二菜や三菜も認めていれば、異国の料理文化を取り入れる重要さも説く。大事なのは型を意識することだ。型という自由になるための制限を使い、私は今日も歌と夕食を作る。

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