2023年 今年の16冊
田中志です。これは今年の読書記録です。合計約1.3万字。
面白そうだなと思う本があった方はぜひ買って読んでみてください。↓が過去版です。
今年取り上げるのは…
書籍12冊、マンガ4作品の構成でお届けします。
イーロン・マスク 上・下
本屋さんもAmazonも楽天ブックスも小手先のビジネス書であふれかえっています(私が今年出版した2冊目単著もそれです)が、本当に良い仕事をしたかったら「賢くなって、死ぬ気で長時間、脇目を振らず働く」こと以外に道はないと感じさせてくれる本でした。イーロン、世界中の人があなたについてあることないこと言うけど、あんたはすごい。絶対に同じ人生を歩みたくない(耐えられる自信がない)
この本を読んだのは9月、その少し前7月に読んだ『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』も名作でした。1998年に創業して2002年に15億ドルでeBayに買収されるまでのドキュメンタリー。PayPalの経営から追い出されるシーン、悲哀に満ちています。
この自伝では、彼がPayPalの株式売却で得た1億8,000万ドルを使ってなぜスペースXを創業したのか(ロシアでふっかけられたから)、何をきっかけにテスラの経営に関わるようになったのか(未だに誤解している人がいるが彼は創業者ではない)、家族関係どうなっているのか(「イーロンマスク 子ども 名前」で一度ググって欲しい)など、きれい事ではないスタートアップライフが垣間見えます。
これからテスラ(あるいはスターシップかハイパーループ)に乗ることがあったら、無機物の固まりからでも血と汗と涙を感じることが出来るはず。
ヤラセと情熱 水曜スペシャル「川口浩探検隊」の真実
著者・プチ鹿島さんが推しです。マキタスポーツさん・サンキュータツオさんと3人がパーソナリティを務める『東京ポッド許可局』をきっかけに本書を手に取りました。昨年はサンキュータツオさんの「これやこの」、今年はこれです。
やたらとヤラセに厳しい昨今ですが、製作者も視聴者もヤラセど真ん中を受け入れながらやっていたら、なんなら真剣なドキュメンタリーよりも優れたコンテンツが生まれてしまう不思議。
「テルマエ・ロマエ」等で知られるヤマザキマリさんがこの本に寄せた書評が素敵でした。
息苦しい世界でも、真剣に馬鹿らしく生きていこうな。
目的への抵抗(シリーズ哲学講話)
暇と退屈の倫理学、まわりにも"印象に残る本"としてあげる方がたくさんいます。その著者、國分功一郎さんの論考。その主旨は、本書冒頭の↓に集約されています。背景にあるのは、コロナ禍で一気に広がった「不要不急」の論理に対する不信です。
記号や機能目的を超えて、贅沢・浪費に至ってこそ、人は自由を追求できるんや。「すべてを目的に還元する論理、目的をはみ出るものを許さない論理」(本書 Kindle位置:1,398)を徹底的に拒否しなくてはいけない。
日々、目的に縛られた人たちと仕事をしています。売上を上げなくてはいけない、X年後に会社を上場させなくてはいけない、X日後までに成果物を出さなくてはいけない、、、
より良い成果を出すために「目的」起点で動いているはずなのに、果たしてその目的が本当に良いインパクトをもたらしているかどうかは誰も検証していない。そんな気がします。
この本を6月に読んで、以来心の中に残っていた種火(あるいは目的ベースでの仕事術への疑問)が、↓で紹介する「エフェクチュエーション:市場創造の実行理論」を読んだときの気付きに繋がった気がします。読書における経路依存性の大きさ、日々痛感しています。
本書の中で紹介されるガンジーの言葉、
とても良いですね。本当にその通りだ。絶望しつつ真剣に無意味なことをしよう。
こんなとき私はどうしてきたか (シリーズ ケアをひらく)
医学書院さんが展開されている「ケアをひらく」シリーズは、医療関係者だけではなく、人と触れあう仕事をする方すべてにとって学びのある本で溢れています。昨年亡くなった精神科医・中井久夫先生が、どんなふうに患者さん、スタッフ、医療現場と向き合ってきたかを講演形式で綴る本書、やさしいし、読みやすいです。
第1章に、
という項があります。私の仕事でもこれはとても大切なことで、ともすれば「この人はわたし/わたしたちを見限っているのではないか」という疑い/思念をもたれてしまうこともあり、まさにこの本のタイトルにある中井先生の「こんなとき私はどうしてきたか」は最高の参考事例です。
日々の仕事の中で、挨拶を通じて「病棟を耕す」お話しも出てきます。どんなに忙しくなっても、圧倒されることなく、荒れ地に鋤・鍬を入れるように、挨拶を通じて場を馴染ませていくんだと。この本を読んだ秋から、私の挨拶頻度は3倍(当社比)になりました。
ケアをひらくシリーズ、まとめ買いしてまだ10冊ほど積ん読があります。2024年の読書の楽しみに。(医学書院:シリーズ ケアをひらく)
中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)
「シリーズ けあをひらく」から、「目的への抵抗」著者・國分功一郎さんさんの著作をもう1冊。再読です。過去20人くらいに直接薦めてきたんですが、読んでくれた方はもれなく「最高でした!」と感想を送ってくれた本です。
現代社会にいきていると、「依頼する・される」「やる・やられる」そんな能動態vs受動態の世界観が自然と染みこんでいます。著者は、この対立構造こそが、その我々の思考様式を決定的に規定している要素の一つだと指摘します。
本書の中で取り上げられるのは依存症患者をはじめとした「受動態」側のひとなんですが、わたしはむしろ、自分は責任感のある人間だ、自分は意志の強い人間だ、と自尊心を保ってきた人に「そこでいう責任とは何か?意志とは何か?」と問いかけたい。果たして、それはあなたが誇るべきことなのかと。
引き受ける存在になろう。So it goesの精神で。
食べること考えること
あぁこういう文章を書きたいなぁと感じる著者の方が何名かいらっしゃって、藤原先生はその一人です。
最近、完全栄養食、これだけたべておけば大丈夫、みたいな食品がたくさんあります。タイパだコスパだといろんな人が持ち上げるコンセプトに乗っかって、最短時間・最小コストで理想の(あるいは生存最低限の)栄養素を摂取できることを謳うおしゃれな商品。それを究極に推し進めると、点滴や胃瘻になると私は思うのですが、果たしてそれはたべることなんだろうか。
忘年会・新年会は、食を通じた人との関係性・社会を感じる場面として最高です。参加する前にこの本読んで、酩酊する前に少しだけ繋がりを感じる場になるといいですね。
イラン現代史: 従属と抵抗の100年
今年8月に初めてイランに行きました。せっかくいくなら事前に勉強するぞとAmazonや近くの書店でイラン関連の本を探したのですが、2023年この瞬間について記した本はあまりなく、なんとか見つけたのがこれでした。
イランに旅行する、と伝えたとき「危なくない?」と聞いてきた知人・友人の頭の中にあるイラン像はどんなものなのか。たぶん"戦争""イスラム"のような、ここ20年ずっとネガティブな言葉と一緒に報道・伝えられてきた言葉が浮かんだことでしょう。それほど国交の深くない極東の一国民の中で、なぜこのようなイメージが形成されるに至ったのか。この本を通じて少し想像できるようになった気がします。
ペルシャの時代から連綿と続くイランの歴史は、決して簡単に理解できるものではありません。ゾロアスター教発祥の地であり、ペルシャ人が多く住みながら、いまではアラブ発祥のイスラム教が圧倒的多数派を締め、どの中東諸国よりも厳格な禁酒政策が敷かれている。女性の服装規定を国として定め、対ドルの闇レートが半ば公然と存在している。この本の中で描かれる「イラン内闘争」の帰結は、わずか数日のイラン滞在でも感じることが出来ました。
同じトーンで、インドネシアやナイジェリアなど、今世紀後半に大国になるであろう国々の現代史も学びたい。世界史の教科書は逆から、現代から遡って読んでいきましょう。
ハッピークラシー ― 「幸せ」願望に支配される日常
日経新聞の書評欄で知り即買い、あらゆる積ん読を飛ばして即読みした本です。そのときちょうど、過去仲良しだった人が”ポジティブ心理学”に傾倒し、SNSにポエム投稿を繰り返しているのを目にしていて、自分の「なんじゃこら」問題意識にフィットしたのかもしれません。
理性やネガティブな感情を捨ててまで幸せを追求する姿勢に対して、私は懐疑的です。良いことも悪いもとも抱きしめて、幸せは目的ではなくあくまで充実した人生の副産物として受けとめた上で生きていきたいですね。
幸福/不幸の一軸で自身の生活を評価しているあらゆる人にお届けします。幸福かどうかなんて、どうでもいいんですよ。
バンド論
バンドと全く縁のない人生を歩んできました。それでも、たいへんな仕事で生ぬるくて嫌な会議を終えたあと、たまたま聞いていたラジオでクロマニョンズが流れ、その流れで手に取ったのが本書です。
いずれも最高なんですが、甲本ヒロトのインタビューが最高です。
何をしていいか、どうしていいかわからなくなったとき、あなたは何をすることにしていますか?良いときはもちろん、絶望や混迷の縁にいたとしても、誰かと一緒に何かをしたいと思えるなら、この本から学ぶことがあるのかもしません。
プルーストとイカ ― 読書は脳をどのように変えるのか?
↑概要の通り、大人はとにかくたくさん本を読みましょう。内容はいいんです。とにかくまずは大量に読みましょう。日本人の平均は年10-15冊くらいのようです。5倍読みましょう。月5冊です。出来るでしょ?
興味深かったのは、子どもに文字を読ませる時期は早すぎても意味はなく、5-7歳になるまでは文字を読むだけの準備が脳で整っていないから、という事実。そしてバイリンガルについても、3歳より前に2言語に触れた脳は、モノリンガルの脳と同様に、自前の言語として二つの言葉を扱うが、就学後にバイリンガルになった脳は各言語を脳の別々の領域で扱うんだと。
脳はいろんなことを教えてくれる。
はていつか私にも、プルーストの『失われた時を求めて』を読める日が来るだろうか。高遠先生の「プルーストへの扉」を(特にその素晴らしいあとがきを)読んで以来、プルーストへの関心の窓が開かれ続けています。
エフェクチュエーション : 市場創造の実効理論
起業・事業創造論の名著です。詳細感想は、来年1年の間自身の中で熟成させた内容をいつかニュースレターで書くつもりです(なので興味がある方は本記事末尾のリンクから登録しておいてください)引用ベースで内容をさっと紹介すると、
熟達した起業家は、「自分が誰であるのか (who they are)」、「何を知っているのか (what they know)」、「誰を知っているのか (whom they know)」からスタートし、すぐに行動を起こし、他の人々と相互作用をしようとする。
彼らは、自分ができることにフォーカスして、実行する。何をすべきかについては、思い悩まない。
彼らが交流する人々の一部が、自発的にその取組にコミット・プロセスに参画する。
上記のコミットメントの1つひとつは、新たな手段と目的をそのベンチャーにもたらす。所与の目的を果たすための手段として機能することに留まらない。
ネットワークの拡大により各種リソースが蓄積されるにつれ、制約条件が徐々に付与される。その制約条件は、将来の目的変更の可能性を減じ、誰が関与者のネットワークに入って良いか/良くないかを制限する。
関与者が増えるプロセスが時期尚早に停止しない限りは、ゴールやネットワークは、新しい市場や企業へと同時発生的に収束する。
いろんな不確実性、わからないことがある段階から、目的だ分析だ言ってる場合じゃねえんだよ、まずやれよ(意訳)ってことですね。
関心がある方、一緒に読書会しましょう。わたしも2周目読み始めるところです。
知的所有権の人類学 ― 現代インドの生物資源をめぐる科学と在来知
とんでもなく面白い(が誰の難という本だったか忘れてしまった)本の中で引用されていたことを契機に知り、買いました。期待を裏切らない面白さ、価格に引けを取らない重厚さでした。
経済学バックグラウンドの私にとって、知的財産権は「価値ある知識の提供に対する報償」を保障する権利・論理の中で位置づけられるものです。さて、インドの伝統的治療法やアーユルヴェーダのような歴史・コミュニティに紐付いたノウハウ、更にその背景にある薬草やその加工法についての知的財産はどのように定義・翻訳されるべきなのか。
↑のエフェクチュエーション本も相談ですが、昨年まで自身がある種暗黙の前提としてきた諸概念が崩されていくのを感じたのが今年です。いや、言い読書体験がたくさんあった1年でした。
マンガ】違国日記
今年完結しました。名作です。周りの人にも勧めまくったのですが、もれなく『面白い』と感想が返ってきます。まだ読んでいない方、全11巻まとめ買いしてください。来年には新垣結衣主演で映画化の予定もあります。
個人的には、まきおちゃんに共感しまくっています。何かに集中し始めると相手を完全に無視しちゃうとことか(関係各所のみなさまごめんなさい悪気はないんです)
冒頭からフルパワー、最高です。
マンガ】沈黙の艦隊
東京出張でお会いした尊敬する経営者の方からおすすめ頂いたマンガ。1988年開始で90年代に完結した作品ですが今年映画化。大沢たかお目当てで観た方もいるかもしれません。全32巻ですが原作もぜひ。
スラムダンクを読んだ人のなかで、登場人物の誰が好きか議論をすることがあるじゃないですか(わたしは小暮推しです)それと同じくらいの熱量で、「沈黙の艦隊」に登場する人物の中で誰が好きか・共感できるか、語り、議論できるはずです。魅力的な人物が多すぎる。カリスマ性に溢れた主人公・海江田はもちろん、海自の同期で彼をぶん殴ってで求めようとする深町、忠実な副官・山中あたりが鉄板。もう少し年齢がいくと、総理大臣の竹上、米国大統領のベネット、国連代表のアダムス、ACN社長のデミルなんかもいいかもしれません。登場人物、自分が背負ったものを投げ捨てずに精一杯戦っている人たちです。
イスラエル・ハマス問題に取り組む米国政府の姿勢・行動をみていると、なるほど海江田が抱えていた問題意識はこれなんだな、と理解できます。正義はどこに。わたしたちは、あなたは、世界をどう考え、どう捉えるか。このマンガは、世界中の対立する個別の正義に対する解像度が高すぎる。
来年、間違いなく再読することになるだろうマンガです。
マンガ】カフカ 《Classics in Comics》
英語版が今年出版され、海外メディアの"Must Read"リストに入っていたのをきっかけに手に取りました。『変身』は大学生のときに新潮文庫で読んで、なんだか不思議な作品だなと思ってさーっと流れていってしまった記憶があります。
まさに。主人公が画として登場しないマンガがあっただろうか。そして、『変身』は最初から最後まで「食」を扱った作品なんだという解説を読んで、↑で紹介した『食べること考えること』と繋がりました。そしてフランツ・カフカの3人の妹がいずれもナチスに捉えられて殺害されたと知り、藤原先生が描いたナチス政権下のドイツ食事事情と、『変身』作品中で(虫になり日々弱りゆくグレゴールとは対照的に)徐々に健康な大人へと変化していく主人公の妹・グレーテのことを考えました。この漫画作品だからこそできた読書体験です。
そしてその他の作品も。『ジャッカルとアラビア人』『田舎医者』『断食芸人』の3作品が特に好みで、圧倒的な不条理さと迫力を感じました。不条理文学の最高峰といわれるカフカ作品ですが、単なる不条理ではなく、そこにあるのは暴力的な非対称性であり、愛と語りであり、執着と別れだと、そんな感想を持ちました。コロナ禍に突入したとき、カミュの『ペスト』が書店に並びましたが、感染症そのものではなく経済・政治のごたごたがニュースのど真ん中を締めていたことを考えると、本来みなが読むべきだったのはカフカの方だったのかもしれません。
今年は12月に『ねじまき鳥クロニクル』の舞台を見て以来、暴力と不条理、その中で生きている/生かされている人間について考えています。読んだタイミングがばっちりでした。最高の漫画の一つです。
マンガ】フラジャイル
昨年も紹介した気がします。「JS1 治験フェーズ3編」涙なしには読めない。
本には出会うべきタイミングがあり、その本が素敵と感じるかどうかはそれ次第です。それでもあえて。あえて言いたいのですが、まだ未読の方にとって、フラジャイルを読み始めるべきタイミングは常に「いま」です。
過去年度版リンク
改めて、過去版へのリンクです。
↑の本たちをみて、なんとなく相性が良さそうだと思ったら、昔の記事も触ってみてください。2020年以降くらいが良い気がします。
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年以前
ここに2013年以降分(一部個別本紹介)があります。
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