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10年連続10回目】 2022年 今年の30冊

ジャンル問わずに読書大好きな私。なんだかんだ場所を変えて毎年行っている、今年読んだおすすめの本紹介(+α)です。合計で1.5万字、たっぷりです。

2013年から1年に読んだ本のまとめをはじめました。
・10冊に絞ってまとめていた2014年
・収まりきらなくなった2015年
・個人的に大ヒット年だった2016年
・ちょっと構造化してみようかとトライした2017年
・前置きを書いてみた(が読み返して冗長だった)2018年
・原点回帰、シュッとさせた2019年
・おすすめ感スパイスを振りかけた2020年
・SFに回帰して全体30冊超えてもうた2021年

めちゃくちゃ仕事が忙しいときも何とか書いていたな…

Notion上に登録した読んだ本は、今日時点で176冊でした。そこにマンガも加えて、いろんなジャンルから30冊。ずいぶんたくさんになってしまいました。昨年同様、紹介文も短めです。

皆さんの読書ライフや積ん読ライフの充実に繋がれば幸いです。

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随筆・エッセイ

これやこの サンキュータツオ随筆集

 TBSラジオ・東京ポッド許可局やPodcastのいんよう!を通してすっかりファンになった米粒写経のサンキュータツオさんが書いた、「別れ」をテーマにしたエッセイ集。標題の”これやこの”は、タツオさんがキュレーターとして関わる「渋谷らくご」になくなる寸前まで上がり続けた噺家さんを取り上げています。その他にも、上野・御徒町の古本屋「上野文庫」店主さんとの別れ、駆け出しだった時代を支えてくれたライブスタッフさんとの別れ。いろんな別れがここに。どれも、ただ悲しい、ただ寂しい、そういうことではない別れが綴られます。

さすが文体論メインの日本語研究者、素敵な言葉がずっと綴られています。

死ぬことに受け身をとり慣れていないと、ひたすら悲しむとか、真面目に受け取ることしかできないと思う。でも、偶然同じ時代を生きた喜びが勝るな、と

好書好日

 年齢がいくに従って、自覚できる別れが増えていきます。転居・転勤のような別れもあれば、人の死もある。「さよならだけが人生だ」も実感する日々。戦争・紛争、感染症、マイクロアグレッションが溢れるこの時代に、改めて半径5メートルの別れのことを考えさせてくれる、素敵なエッセイ集でした。5年毎に読み返すことになるでしょう。

なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない

 東畑先生の本を今年はたくさん読みました。昨年「居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書」を読んでから、よし今後は東畑先生の新刊は絶対買うぞと心に決め、他に読んだ「心はどこへ消えた?」「聞く技術 聞いてもらう技術」いずれも自身の振るまい、他者との関わりを俯瞰するとっても良い機会をくれた本です。(シリーズ ケアをひらく、は名作揃い=沼です)そのなかでも、↑の本が一番好きでした。

家族、キャリア、自尊心、パートナー、幸福……。
心理士として15年、現代人の心の問題に向き合ってきた著者には、強く感じることがあります。
それは、投げかけられる悩みは多様だけれど、その根っこに「わたしはひとり」という感覚があること――。
夜の海をたよりない小舟で航海する。そんな人生の旅路をいくために、あなたの複雑な人生をスッパーンと分割し、見事に整理する「こころの補助線」を著者は差し出します。
さあ、自分を理解し、他者とつながるために、誰も知らないカウンセリングジャーニーへ、ようこそ。

Aoyama Book Center

 補助線を引く、っていい言葉ですよね。この本を読んでから、いろんな困りごとに接するたび、「どんな補助線が引けるだろう」を口癖のようにつぶやいています。小難しいフレームワークはいらない。すっと点線を、いまみえる輪郭から伸ばしていけば良いのです。

手の倫理

 東工大の伊藤亜紗先生も、「目の見えない人は世界をどう見ているのか」を読んで以来ずっとファンです。

 "さわる"と"ふれる"にどんな違いがあるのか、冒頭で投げかけられるこの問い。視覚によりがちなわたしたち、そんな中で触覚をどんな風に捉え直すべきか。コロナ禍で「接触」という言葉に対する忌避感・否定感はより強まったはずです。そんな時代のなかにあって、改めて手に焦点を当てています。

あらためて気づかされるのは、私たちがいかに、接触面のほんのわずかな力加減、波打ち、リズム等のうちに、相手の自分に対する「態度」を読み取っているか、ということです。相手は自分のことをどう思っているのか。あるいは、どうしようとしているのか。「さわる」「ふれる」はあくまで入り口であって、そこから「つかむ」「なでる」「ひっぱる」「もちあげる」など、さまざまな接触的動作に移行することもあるでしょう。こうしたことすべてをひっくるめて、接触面には「人間関係」があります。

本書・序より

 序の一部がこちらから読めます。一緒に、奥深い手の世界を旅しましょう。

ここで唐揚げ弁当を食べないでください

 タイトルと装丁買いしたこの本。本を読んで、小原さんのSNSをみて、全部ひっくるめて最高でした。

主に東京での生活のことを書いたエッセイ集です。
仕事の事、好きな喫茶店や公園や銭湯、春の恋、眠れない夜の過ごし方、ストレス発散法、父の死、兄をまちぶせた冬、女子三人暮らしなど、張り切って楽しく書きました。一生懸命生きれば生きるほど空回りするすべての人に捧げます。

小原晩・公式サイト

Studioでつくられた公式サイトが美しい。そしてこの本紹介のためにきられたドメインは/kokokara。ここからです。

他人が幸せに見えたら深夜の松屋で牛丼を食え

千原兄弟のせいじさんがYoutubeで「最近読んでんねん」と語っていた本。そこから内容を想像してください。だいたいそういう内容です。

立ち飲み屋や大衆酒場に足を運び、そこで出会ったオッサンたちに尋ねてみる。「長年生きてみて知り得た人生の教訓とは?」市井のオッサンたち200人が、心の底から語る人生の教え。

ただのおっさんやんけ。

めちゃめちゃくだらない人生訓が溢れています。だって、ただのおっさんに聞いていますから。ですが、

よく『やった後悔よりやらなかった後悔』っていいますけど、やらなかった後悔なんてすぐ忘れますから。やった後悔は一生後引くんですよ?やらない後悔の方がいいでしょう。

っていってるおじさんがいて、確かになぁと思った自分もいます。
偉そうな正論に疲れた人、ぜひ手に取ってみてください。


SF

プロジェクト・ヘイル・メアリー

説明不要ですね。まずは買ってください。最高なので。
話はそこからだ。

ハヤカワさんから出ている書評(ネタバレを含む。この作品においてネタバレは読書体験上致命的です)へのリンクも念の為、念の為おいておきます。もっとごりごりのネタバレはこちら(さらに小さな声で)

現実世界と見比べると、こうした描像がリアリティに欠けると感じる人もいるだろう。だが私はこれを著者からのメッセージだと考えている。「人類が一致団結すればこんなにも凄いことができる。なぜ我々はそれをやらないのだ?」と。

↑書評より

まず牛を球とします。

横浜駅SF」や「人間たちの話」の柞刈湯葉さんの最新短編集。↑書評を書いた本人でもあります。推しです。

「衝撃の問題作!」みたいなキャッチコピーはみなさん食傷気味だと思いますが、「まず牛を球とします。」は別の出版社で「倫理的にダメ」とボツになったのをそのまま発表したので、わりと文字通りに問題作です。

本人Twitter→書籍紹介ページ

こちらから表題作の「まず牛を球とします。」が試し読みできます。牛が工場で作られるようになったお話し。冒頭からの引きがすごい。

「球よりも立方体のほうが、隙間がなくて効率的なのでは?」
 後列席の中年男が手をあげて、発言を許可する前にそう言った。ああ、面倒な見学会になるな、とおれは直感した。

他作でいうと、ルナティック・オン・ザ・ヒルや沈黙のリトルボーイを推す声をたくさん聞くんですが、私は東京都交通安全責任課が好きです。こちらはカクヨムで近い作品を読めます。責任担当車。いいパロディで、近未来だ。

SF作家の地球旅行記

↑で推した柞刈湯葉さんが書いた旅行記(一部架空)です。ウラジオストクとモンゴルに行きたくなりました。荒馬の背で鉄鍋のチャーハンになりたい(読んだ人にだけ伝わる比喩)。↓のnoteで雰囲気を掴むのもおすすめです。

私もこの年末に大型バイクを新調したので、来年は仕事を放り出して地球旅行に乗り出したいと思っています。

2084年のSF

(このnote、上から書いてきているのですが、めちゃくちゃ長くなりそう+私自身が疲れてきたので、そろそろ手を抜きはじめます)

タイトルはジョージ・オーウェルの1984年へのオマージュ。2084年の世界を舞台にしたSFが23篇並んでいます。単なるディストピアを描くでもなく、AIだメタバースだの未来予測をするでもなく。思考を揺さぶるテーマが溢れています。目覚めたまま睡眠ができる『無眠社会』が実現した世界を描く逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」や、AIにより男性の攻撃的傾向が証明され一部の凍結された男性を除き女性ばかりの平穏が訪れた久永実木彦「男性撤廃」などなど。AIの遺伝子が好きな人は絶対ハマるだろうなぁと。

個人的には安野貴博さんの『フリーフォール』がハラハラで大好きでした。量子世界に逃げ込む人間、あと60年で生まれるだろうか。

流浪地球・老神介護

三体を読んだ人も、まだ読めていない人も。劉慈欣の短編集はいかがですか?2冊一気に刊行されて、2冊一気に読みました。どちらもタイトルがそそる。老神介護は言葉遊びでふふっとなる一方、流浪地球は「地球が?流浪?どこへ??」となります。この作品では、地球が旅するんですよ。壮大な旅を。

 ぼくは夜を見たことがなかった。星を見たこともなかった。春も、秋も、冬も知らなかった。
 ぼくが生まれたのは制動時代の終わりごろだ。当時、地球は自転を止めたばかりだった。

流浪地球・冒頭

「プロジェクト・ヘイル・メアリー」のアンディ・ウィアーと違って、劉慈欣は(三体でもここでも)政治の混乱や人々の愚かさをはっきりと描きます。流浪地球でもまさにそれが。

私がぐっときた短編「呪い5・0」でも、小さな人間の愚かさ・醜さが社会を揺るがしていく様子が描かれています。最高。


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ビジネス・経営

会社という迷宮――経営者の眠れぬ夜のために

今年のベストでした。この年末にも読み直す予定です。

コンサルファームで『私は何をしているんだ...』と一度でも思ったことがある人は、あるいはコンサルファームに依頼を出して『なんでこんなものしか出てこないんだ。価値がないじゃないか』と思った人は、この本の思想と一度交流すべきだと信じています。

「わかりやすく」「具体的で」「役に立つ」のが世間的に信じられているコンサルタント像なのかもしれないが、私が自身の経験を通して辿り着いたこの仕事の実質は、そうした単純さとは無縁で、むしろ真逆のものだった。 コンサルティングとは、クライアントとの対話である。

本書より

コンサルタントが追い求める「わかりやすさ」とは、こうして固有の難題の闇の中にいる目の前のクライアントが、「確かなものがない中でどう考え行動するのがよいか」を自ら「わかる」ための「わかりやすさ」である。それは誰にでもわかる「わかりやすさ」とはまったく異質のものであり、あえて言えば、それはわかる人にしかわからない「わかりやすさ」だといえよう。

本書より

企業価値で計測されるものは本当にその会社の価値なのだろうか。経営者がしていることは本当に経営なのだろうか。組織図に載っているものは本当に組織の全てなんだろうか。そんな問いを、各章がぶつけてきます。CDIさんに根付く「そもそもを問い直す」文化、素敵。

この本の中で描かれる、善を目指すための人間・会社でありたいなと強く考えています。コンサルタントなんて、どこまで行っても怪しく、胡散臭い存在なのであって、それが常識なのだから。

戦略質問: 企業の課題と解決策を見抜く

↑の書籍と地続きだと思っている本です。タイトルや帯文は煽り気味ですが、問題意識は全うで、素敵な経営書でした。

 この本の中に出てくる「戦略の工業化」、つまり『細かく分割された作業を手順通りこなすことで戦略をつくること』が社会に蔓延しています。それで戦略など出来るのだろうか。私自身は新規事業分野でいろんな会社さんとご一緒しますが、この工業化は大企業の新規事業チームで顕著だと感じます。フレームワークで仕事ができるかいな。

戦略立案のコアとなる10の質問が↓。これをきっかけに、ウォールームでの議論や検討を通じて戦略を生み出していく過程。楽しいだろうなぁ。

  1. この戦略の成功により、社員はどのような恩恵を受けますか?

  2. 現在の組織にある課題がすべて解決したとしましょう。あなたの会社は何が実現できているのでしょうか?

  3. もし、あなたの会社が、今、突如この世から消えたら、誰が悲しむでしょうか?

  4. あなたの会社や事業が、このままの状態だとした場合、その「X-Day(終焉)」はいつ頃来ますか?

  5. あなたの会社は新しい戦略を策定されましたが、それにより、どこが弱くなりますか?

  6. あなたの会社の社員は、自分のお子さんたちを、自分の会社に入れたいと思っているでしょうか?

  7. あなたの会社でのかつての「南極探検」はなんですか?

  8. あなたの会社が「世紀の大番狂わせ」をするとしたら、それはどんなものでしょうか?

  9. あなたの会社の社員が他の会社に移られた場合、その方々は大活躍する予感がありますか?

  10. 今回の戦略の実現を、既存の組織分掌を考えずにとにかく最適な人間に任せるとした場合、誰にやらせたいですか?

世界を変えた地図グーグルマップ誕生の軌跡 NEVER LOST AGAIN グーグルマップ誕生

あらゆる人の実生活を変えたであろうプロダクト、Googleマップ。それがどのように生まれ(ゲーム会社の中で)、破綻しそうになり、急回復し(戦争がきっかけ)、Googleに買収され(そう、この製品はGoogle発ではない)、創業者たちがどんな次の旅をはじめたのか(IngressやポケモンGo)。

何より、ストーリーとして面白かったです。副題の"NEVER LOST AGAIN"の意味深さ、読んだ人にだけわかる。もう迷わないんだなぁ。

神戸・三ノ宮の東遊園地でポケGOやっている人を見ると、この本を思い出します。

血と汗とピクセル: 大ヒットゲーム開発者たちの激戦記

今年もポケモン新作やスプラトゥーン、ドラクエなどでゲームが盛り上がった1年でした。事業周りでも、GoogleがStadia開発チームを解散、AmazonもAmazon Game Studios/AGSが不調続き、MicrosoftのActivision Blizzard買収関連のゴタゴタも続いていて、ゲーム業界のニュースに関心を持ち続けています。

そんな中で読んだ、ジェイソン・シュライアーの本書が鬼気迫る内容で良かったです。タイトルにあるように、まさに激戦。

大ヒットしたビデオゲームはどう生み出されたのか? 約百人ものインタビューから描き出される開発現場の情熱、混乱、絶望、そして歓喜。
倒産間際の崖っぷちからクラウドソーシングで起死回生した会社、たった一人で5年近くかけて開発して数十億円を売り上げた青年、リリース時に大失敗するが改善を重ねて数千万本売れたゲーム、大ヒット間違いなしとされながら開発中止で闇に消えた幻の大作など、ゲーム開発にまつわるエピソードが全10章で語られる。

書籍サイト

上を読むとハッピーストーリーっぽいんですが、いやはや、コンテンツ業界、消費者として楽しむ分にはええけんども、関わりたい!モード学園や!と安易にいう人がいたら絶対に止めねばなるまいと決意した本。

同著者の今年邦訳が出た新作、「リセットを押せ: ゲーム業界における破滅と再生の物語」も続きで読んだのですが、いやはや、無駄遣いと無茶振りのオンパレードで胃が痛くなりました。

情報を活用して、思考と行動を進化させる

(自著の宣伝です)

仕事でGoogle検索する、何なら市場や競合、消費者調査みたいなことをする人なら、絶対、絶対この本が一番為になると信じています。(某センチュアさんの本よりしっかり書いてるんや…)


思想・哲学

セネカ哲学全集・倫理書簡集

自省録でやたらと引用されるので倫理書簡集、いつか読みたいなと思い続けて10年。5年ほど前に思い切って買ったものの、装丁の立派さに戦き、ずっと本棚に寝かせたままになってしまっていました。いよいよ今年決意を固めて、毎日1章ずつ読んで味わうように読んできました。

文体は魂の装いだ。

倫理書簡集

私はこの肉のために恐怖に襲われたりは決してしないだろう。決して立派な人間にふさわしくない見せかけに走ったりしないだろう。決してちっぽけな肉体を大事にして嘘をついたりしないだろう。潮時だと思えば、肉体との盟友関係を解消するだろう。

倫理書簡集

最高の読書体験でした。みんなで善を目指そう。

シッダールタ

ドイツの文豪、ヘルマン・ヘッセが描く、釈迦の悟りへの道。「シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント」のなかで引用されており、いまになって初めて手に取ってみました。全く知らなかったのですが、ヘルマン・ヘッセ、20年にわたってインド思想を研究していたのですね。

決して一直線に進めたわけではなく、誘惑に負け、自分に負け、最後の最後にやっとたどり着いた境地。

シッダールタとは、釈尊の出家以前の名である。生に苦しみ出離を求めたシッダールタは、苦行に苦行を重ねたあげく、川の流れから時間を超越することによってのみ幸福が得られることを学び、ついに一切をあるがままに愛する悟りの境地に達する。
――成道後の仏陀を讃美するのではなく、悟りに至るまでの求道者の体験の奥義を探ろうとしたこの作品は、ヘッセ芸術のひとつの頂点である。

書籍紹介

言葉にたよるな、と釈迦は言う。私にはまだ難しいです。

禅とオートバイ修理技術

Rebuildの第336回"AirPods Amateur"でNさんが取り上げていた本です。禅もオートバイも好きな私にはご褒美本でした。(なお禅やオートバイ修理技術の解説は一切ない)

名著。冒頭にある「みんな幽霊を信じている」ってお話しと、理性の教会の寓話が最高でした。あと私のバイクも見て

Moriwaki Engineeringさんの製品が至高です。

プルーストへの扉

 3千ページ以上・登場人物500人の超大作「失われた時を求めて」で有名な作家、プルーストの生涯や文体を紹介しながら、『どうですか?ちょっと読んでみませんか?』と誘ってくれる本書。著者のピションも、訳者の高遠先生も、プルーストへの愛が溢れています。

 本書はなによりあとがきが素敵です。この文をあとがきとして読むためだけのために本文を読むのでもおつりが来るくらい。

 …最近になっても年間数多く出版されるプルースト関係の書物はとても書棚一つや二つでは足りません。とはいえ、座右において折に触れ繙読したいと思うプルースト論は、私の場合、今ではそれほど多くないというのが正直なところです。(中略)… 結局は何冊かの再読したいプルースト論を除けば、何度目であろうと『失われた時を求めて』を再読するほうが残り少ない自らの人生でなすべきこととしては正しいと思うようになりました。

 (中略)「失われた時を求めて』はピションも言うように、何千頁もある大長篇小説です。そこからある糸を探るように、自分のテーマに引きつけて研究論文をなす人々があとを絶たないのは当然のことでしょう。それだけプルーストの世界が豊饒である証拠であり、いずれも意味深い研究と言えるのですが、それにしても最終的に「失われた時を求めて」に未読の読者を誘わないとすれば、そうした研究の意義はどこにあるのか、私個人としてはずっと疑問に思ってきました。ピションの本には少なくともそのような心配はありません。ピションの本はそうしたいわゆる研究書ではなく、あくまでプルースト、あるいは「失われた時を求めて」に寄り添って話を進めているからです。本書の目的についてピションは次のように言います。

 ひとことで言えば、『失われた時を求めて』を読んでみたいと思っていただくこと、それに尽きます。 自分の人生を変えた本として挙げられるものはごくわずかですが、『失われた時を求めて』はまさにそうした本に属しています。とはいえ、魔法の杖を振ったかのようにいっぺんに人生が変わることはありません。自らの人生を変えるためには少しばかりの努力が必要です。作者のプルーストが必死に書き続け、道半ばで斃れたのも私たちのためだったのですから。

 ここ数年、私が気になって仕方のないことがあります。それは『失われた時を求めて』で「挫折」するかどうかを気にする方が少なくないということです。

 さまざまな機会に申し上げていることですが、本には読むにふさわしい時があります。『失われた時を求めて』をいま読めなくても、あるいは生涯縁がなくても構わない、ただし出会うことができればこれほど豊かな読書の時間は滅多にないと思うのです。その代わり、全篇読んだかどうかを他人と競う必要もありませ ん。読書とはきわめて個人的な経験であり、誰かと競って勝ち負けを争うような行為ではないからです。

本書 pp.148-151

私のこの読んだ本紹介も、皆さんを読書に誘いたいなと思っています。

盤上のシナリオ

(数少ない将棋ファンに向けて)
あらきっぺさんの本書、不朽の名作の香りがします。

ご存じの方も多いとは思いますが、私は元奨励会員です。退会してから六年ほど経ちました。プレイヤーとしての活動は、アマ大会に参加したり、奨励会員やアマ強豪と研究会を行うことが多いですね。まぁ、六年前とやっていることはそう変わりがないのですが、ただ一つだけ、明らかに違いを感じる部分があります。

現代人って、読みの力が落ちてるんじゃない?

あくまで自身の体感ではありますが、以前よりも深く読んで将棋を指す人が減ったように感じるんですよね。相手がアマチュアのプレイヤーの場合は、特にそれを感じます。

著者ブログ

み、耳が痛い…
やっとアマ3段を取れた私ですが、来年はもっと高いレベルを目指してがんばりたい。


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世界・地政学

新しい世界の資源地図: エネルギー・気候変動・国家の衝突

ロシア・ウクライナ問題が一気に立ち上がった年初に読みました。いまも欧州中心にエネルギーの混乱は続いており、この本を読んでおいて良かったなと。著者のダニエル・ヤーギンは『石油の世紀』でも有名で、エネルギーを切り口にした国際政治の読み解き深度が段違いです。

シェール革命によってエネルギー自給国へ返り咲いたアメリカ、天然ガスの供給を巡って地政学的な対立が続くロシアとヨーロッパ、南シナ海の領有権を主張する一方で、「一帯一路」構想を通じてユーラシアに巨大経済圏を産み出そうとする中国、石油需要の減少が見込まれるなか、構造改革を急ぐ中東諸国。関係者へのヒアリングや豊富なエピソードを盛り込み、冷戦後の協調的であった世界秩序が変化していく情景を大河小説のように描き出す

読売 書評

ガソリン代たかいな!電気代こんなに!
普通に生活しているとエネルギーとの関わりってこのくらいになっちゃいそうです。世界はエネルギー・資源の秩序で動いているんだなを実感する本書。ClimateTechがいかに進んだからとて、石油屋ガスの時代は終わらないんだぞ。

新しい国境 新しい地政学

↑と同じ時期に購入、国境線と地政学をテーマに学びました。日本にいると「国境」って意識しづらいけど、山や川(何なら氷河)を国境にしているとこんなことになるんかと。

AIをはじめとする新たな技術の発展、そして気候変動は、平等化やグローバルな連帯をおしすすめるという意見がある。本書の示す現実は、その正反対である。それらはむしろ、利権をめぐる熾烈な争奪戦を生んでいる。たとえば、気候変動によって、領土や河川、森林をめぐる対立が加速した。また、低炭素エネルギーへの移行には、世界的なインフラの転換が必要だが、そのためには「むしろより多くの鉱物を必要とする」。

好書好日
  • 実質的な管理権を行使する者が誰もいない空間:ノーマンズランド→あんまり考えたことなかった

  • 深海底や南極、宇宙(いずれも豊富な資源を持つ)の国境線をどこに引くのか→ほんまにむっずいな

  • パンデミックは「国境」の重要性を改めて意識づけた→ほんまにその通りだ

まなびの多い一冊。じっくり頭を使えるときに読むべき本なので、年末年始向きです。

紛争でしたら八田まで

↑のような「地政学やエネルギー周りに関心あるけど本が全部小難しいねん!」という人に向けて。おすすめ漫画だよ!ご飯もおいしそう!↓から試し読みどうぞ:-)

  1. ミャンマー/モンヤン村 – 日系企業の労使紛争

  2. タンザニア/シニャンガ州 – 魔女狩り紛争

  3. イギリス/バーミンガム – パブ襲撃

  4. ウクライナ/キエフ – 民主化組織への資金提供

  5. インド/カルナータカ州 – カースト格差婚

  6. アイスランド

  7. アメリカ/オハイオ州 – ネイティブ・アメリカン居留地へのカジノ建設

  8. イギリス/バーミンガム - 地元弱小フットボールクラブ監督

  9. ナウル – グローバル化

  10. シンガポール – 劇団の脚本紛争

  11. 大韓民国 - チャイナリスク、脱北者問題

いまはマリ編が連載中。楽しいよ!

ヒストリエ

2003年から続いている歴史漫画で、主人公はマケドニア王国でアレキサンダー大王に仕えた書記官・エウメネス。当時のギリシャ・ペルシャ・マケドニアってこんな感じだったのか〜。世界史好きにはたまりません。12巻を心待ちにしています。

伊集院光さんがあつく語るやつ↓です。ギリシャギリシャしてない、わかる。

経済学・その他学術

貧困と闘う知――教育、医療、金融、ガバナンス

ひっそりやっているポッドキャストでも全3回で取り上げました。経済学研究科修了生の端くれとして、愛を語っています。

ノーベル経済学賞受賞者、エステル・デュフロの開発経済学に関わる講演録です。実験が難しい/ほぼ不可能な社会科学の領域でも用いられるようになったランダム化比較実験(RCT)ですが、その意義・効果がどこにあるのかを探ります。

そのコンセプトの明快さ、その柔軟性、そしてそれが政策と研究の交差点に位置していることによって、ランダム化比較実験は特別に豊かで汎用性が高い道具になった。…本書では、こうした実験について報告することで、人間開発の挑戦に新たな光を当てることにしたい。私たちは、伝統的な政策はどの程度まで目的を果たすことができたのか、そして、これほどまでに進歩が遅いのはなぜなのかを、理解しようと試みる。この探究を進めるにあたって、私たちはアクターの行動や動機の豊かさを明らかにしようと試みる。これらをよく理解することによって、私たちは、より効果的な政策を立案するための道筋を提案できることになるだろう

本書第I部・序
  • ワクチン接種キャンペーンをもっと効果的にするには?

  • 低コストで子どもたちの教育を改善するには?

  • 出勤しない教師や看護師にどう対応する?

  • マイクロクレジットは貧農を救う魔法の処方箋か?

  • 村落集会はほんとうにコミュニティの自己決定を強化しているのか?

開発分野、個々人の感想や謎の善意によって行われる意志決定が多いので、こういう知見、ぜひ拡がれ。

アダム・スミス 共感の経済学

資本主義が〜な人すべてに読んで欲しい本。アジテーターが言うように、アダム・スミスは「市場原理主義者」「不平等と利己主義の擁護者」だったのか。経済学だけではなく、哲学、倫理学、政治学にまで拡がるその知性を一緒に堪能しましょう。

それにも関わらず、スミスは歴史上最も誤解された経済学者だと言われている。その理由は、まず、スミスは『国富論』の中で、「神の見えざる手」(invisible hand of God)と言ったとされるが、実は「神の見えざる手」という表現を一度も使っていないということである。『国富論』の中では、「見えざる手」(invisible hand)という言葉が一度出てくるだけである。「ジュピターの見えざる手」という言葉は使ったことがあるが、それは『天文学史』という、経済とは無関係の本の中においてである。

次に、スミスにとって『国富論』と並ぶ車の両輪のひとつである『道徳感情論』(1759年-1790年)の存在が、長らくおろそかにされてきたということがある。『道徳感情論』は、経済学書である『国富論』の前提となる倫理学書であり、ここでは、「見えざる手」が機能するための重要な前提条件としての「共感」の存在と役割について示されている。なぜ共感が市場取引と関係するかと言えば、相手が欲しているものを察する能力があるからこそ、こちらの欲するものと相手の欲するものをマッチングさせて、お互いにとってメリットがある関係を取引を成立させられるからである。

つまり、スミスの経済学は、彼の人間性に対する深い洞察の上に成り立っており、本来、両書は同時に読まれなければならないものなのである。

HONZ

アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? ; これからの経済と女性の話」みたいな勘違い指摘が減るといいなぁ。ミスリーディング邦訳かと思いきや、原題の直訳でこれなのか…とほほですわ…

身体を彫る、世界を印す――イレズミ・タトゥーの人類学

↑とおなじようにポッドキャストで取り上げた、タトゥーを人類学観点で研究した本。私は『日本土産としてのイレズミ』の章に一番惹かれました。来年挑戦したいことのトップ5にあります、タトゥー。

本書を出している春風社がなにより素敵さの溢れた出版社で、この本に触れて以来、横浜への愛が高まっています。

1996年、いくつかの指標でピークをむかえた日本の出版統計は、以後右肩下がりをキープし、いまや「出版不況」は、出版に関する言説の枕詞の様相を呈しています。
この状況下、出版社、書店、取次ともども、自社本来の個性が問われる時代になりました。
弊社は1999年10月の創業以来、人文系全般にわたる学術書を中心に出版活動をおこなってきましたが、さらに、学術書の出版(世界に向けての)に意識的であることが個性につながると考えています。

ところで学術書とは何か。大学出版会が刊行する書籍がそれである、という穿った見方が一方にありますが、そういう意見が公表される時代であればこそ、大学出版会でない弊社が、学術書の学たるゆえんをつねに自らに問い、世界に発信していく意義があるものと信じます。
かつて、公害問題で日本が揺れたとき、ある説明会に参加した老婆が、専門家の科学的説明をひとしきり聞いたあと、しずかに手を挙げて「ところで、わたしの孫は大丈夫でしょうか?」と質問したそうです。
この質問を、学術書に関する弊社の基本イメージとして捉えたい。


2011年に発生した東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所の人災の折、「想定外」ということばが飛び交いましたが、神でない人間は、すべてを想定することはそもそも不可能なはず。精緻に学的探索を重ねれば重ねるほど、知恵と限界の輪郭がはっきりしてくるものと思われます。
学問は、大学の内にあるだけでは真の学問ではありません。野にでてこそ、その真価が問われるものと確信します。編集も営業も、そのこころで、世界に向け、日本の学術を書籍にし発信してゆく所存です。

春風社 野〈や〉の学へ

〈賄賂〉のある暮らし :市場経済化後のカザフスタン

春風社と同じくらい好きな出版社の一つが白水社です。「女子サッカー140年史」や「ウェルベック発言集」、最新書も魅力的。

公平に!公正に!が叫ばれる昨今ですが、コネと裏金が重視されまくる社会って具体でどんなもの?をカザフスタン経済のいまを見つめつつ探求する本書。第15回樫山純三賞〈一般書賞〉の受賞作品でもあります。

 豊富な資源をもとに経済発展を続けるカザフスタンは、いまや新興国のなかでも優等生の一国に数えられます。
 独立前からカザフ人のあいだにみられる特徴のひとつに、「コネ」があります。そして、市場経済移行後に生活のなかに蔓延しているのが、このコネクションを活用して流れる「賄賂」。経済発展がこれまでの人びとの関係性を変え、社会に大きなひずみが生じているのです。
 賄賂は世界中の国々でみられる現象ですが、独立後のカザフスタンは、それが深刻な社会問題を生み出している典型的な国のひとつです。ここから見えてくるのは、人びとの価値観の変容だけではなく、ほんとうの「豊かさ」を支える社会経済システムとはどのようなものかという問題です。

じんぶん堂 著者解説

地獄の沙汰も金次第。そんな社会になったとき、システムと人はどんな風に動くのか、回るのか。公正とは幻想なのかなぁ、そんなことを思いながらページを繰りました。

ヒトラー演説 - 熱狂の真実

新書って日本の知性を支える最高の文化の一つですよね。今年もお世話になりました。

有名なエネルギー全開演説だけではなく、もっと静かかつ言葉巧みなスピーチも行っていたと。使う単語、語調、身体的振る舞い、どれをみても天才。発する側としてもメディアの受け手としても、学びの多い本でした。

ナチスが権力を掌握するにあたっては、ヒトラーの演説力が大きな役割を果たした。ヒトラーの演説といえば、声を張り上げ、大きな身振りで聴衆を煽り立てるイメージが強いが、実際はどうだったのか。聴衆は演説にいつも熱狂したのか。本書では、ヒトラーの政界登場からドイツ敗戦までの25年間、150万語に及ぶ演説データを分析。レトリックや表現などの面から煽動政治家の実像を明らかにする。

書籍紹介

すごい物理学講義

12月は、イタリア人の物理学者、カルロ・ロヴェッリの本ばっかり読んでいます。↑の本と、「カルロ・ロヴェッリの 科学とは何か」「時間は存在しない」「世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論」の合計4冊。どれも自分の世界認識を揺さぶられる(現在って何だ?存在しているとはどういうこと?世界は連続ではなく離散・粒状?ものではなくコトで世界が記述されている?等)、最高の読書体験になりました。

なにより、物理学者が書いたとは思えないあまりに美しい文章。本書はメルク・セローノ文学賞、ガリレオ文学賞も受賞しています。文学賞ですよ。素晴らしい。ご本人、物理学の研究を進めつつ、米・西海岸のヒッピー文化にもだいぶ傾倒されていたようで、そのあたりに起源があるのかなぁと考えていました。そしたら、下の文章ですよ。

革命の夢はじきに息絶え、秩序があらためて優位に立った。世界はそう簡単には変わらない。[…] こうしてわたしは、自分でも気づかないうちに、「文化革命」から「思考の革命」に心変わりしていた。 […] したがって、科学の道に進むことは私にとって、一種の妥協の産物だった。 変革と冒険への欲求は手放したくない。 考える自由は捨てたくない。 いまの自分は裏切りたくない。それでも、まわりの世界と極端に対立することなく、むしろ、世界から好意的に受けとめられるような仕事をしながら、生きていく術はないだろうか。思うに、知的または芸術的な仕事の多くは、こうした葛藤から生まれてくる。それは、潜在的な社会不適合者にとっての、一種の避難所なのだ。

Che cos'è il tempe? The cor's le spazio pp.9-11

自分がいまこの場所にいること、胡散臭いコンサルタント・リサーチなんていう仕事をしているのも、ここが避難所だからなんだ。よっしゃ、知的で芸術的な仕事をするぞと改めて決意した次第です。

知性を追い求める全ての人に。正しい世界理解を求める全ての人に。確実かつ完全な知が存在するという幻想を捨てて、最良の道を探ろうとする全ての人に。素敵な知性を一緒に探求しましょう。


少しでも皆さんの世界を広げることに役立ったのであれば幸いです。
これまでのわたしの読書記録として、↓で800冊近い書籍を纏めています。
もしここでご紹介した本が皆さんの心をかすめたのなら、ちらっと覗いていってください。

良い本とともに、良い2023年にしましょう!

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