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『鈴木大拙 禅を超えて』

☆mediopos2273  2021.2.5

鈴木大拙がいなければ
いまのように禅がZENとして
世界に知られ親しまれることはなかっただろう

しかしだからこそ
あらためて鈴木大拙が禅として
伝えようとしたものがいったい何だったのかを
検討してみる必要があるとともに
これまであまり問われずにいた問いを
あらたに持つことが重要になると思われる

五年ほどまえの2016年
没後50年で著作権が切れ
さらに昨年2020年11月11日
鈴木大拙生誕150年を迎えたこともあり
にわかに鈴木大拙の著作が書店に並ぶようになり
その諸著作が容易に読めるようになったことは喜ばしい

本書の題として記されているように
「禅」とされるものを「超えて」いく視点を
そこに見出すことも可能となっていく

大拙ファンとしては
これまでに大拙が大拙になった背景や思想の系譜
大拙がなそうとした営為については何度も記してきたので
ここでは大拙が図らずも陥ってしまったかもしれない
思想の陥穽について本書からいくつか引いてみることにした

まず「禅における他者的契機」である
禅はもっぱら「己事究明」を事とするがゆえに
そこに「他者」という契機が見落とされがちになってしまう

その問題と関連するが
先日トマス・アクィナスの「感情論」に関連して
「自己肯定感」つまり「自己を愛する」ためには
自己と切り離しえないこの世界をも同時に肯定し愛する」ことが
必要となるということを示唆したところだが
他者とは人でもありまた森羅万象でもあるがゆえに
その関係が探究されていかなければならない

たとえ「己事究明」により「(大)悲」が生まれたとしても
そこに「愛」という他者の個をふまえた世界」が展開していかなければ
禅なるものは実際のところ現在若干のブームにさえなっている
自己実現のための瞑想になってしまいかねない

さらに大拙の「神道」への視点である
たしかに国家神道の問題は批判されてしかるべきではあるが
そこには日本において切り離すことのできない神と仏との関係
さらには熊楠が守ろうとした寺社の杜などへの視点が欠けている
神道は仏教思想のような言挙げがなされにくいこともあり
また神話などもその背景に持ちながらの習俗的な要素もあるために
そうしたことについて理解が及ばずにいたということはありそうである
もちろん戦争責任の問題を仏教的なものから逸らす政治的意図も見える

そして「歌舞音曲や大衆文化」への無関心がある
禅を高尚な精神文化として位置づけ
大文字の「日本文化」を西欧のそれに対比させ
東洋の深みを啓蒙することには成功したが
それゆえに大文字ではない日本文化である
「大衆」のそれへの視線はあまりみられない

ないものねだりではあるが
妙好人へ深い視線を向けたように
「大衆」にも目を向けることができていたら
ひょっとしたら現代の日本のような「軽佻浮薄」な文化状況にも
なんらかの示唆となっていた可能性もあるのではないか

はたしてこれから
禅はZENはどのように展開していくのか
またそれはどのように影響を与えていくのか
大拙における問いもふまえながらこれからも見ていきたい

■山田奨治・ジョン・ブリーン 編『鈴木大拙 禅を超えて』(思文閣出版 2020.11)

(ジョン・ブリーン「まえがき」より)

「鈴木は、世界史上最も激動した時代である二〇世紀を日本とアメリカで暮らし、そして一九六六年に九五歳の高齢で亡くなった。今日に至っても鈴木の業績に関する学術的関心、そしてそれをしのぐ大衆の興味は衰えていない、これまで欠けていたのは、鈴木と彼の遺産を当時の文脈に位置づける包括的な評価だろう。今こそがその内省と再検討に最も適した時期だと言える。鈴木の没後五十数年が過ぎ、彼の著作物の著作権は切れた。目下、著名なアメリカの大学出版会が鈴木大拙の著作集を出版している。私たちは今、鈴木が宗教、哲学、文化とどのように学問的そして実践的に関わったのかについてこれまで以上に知り、理解することができる立場にある。」

(末木文美士「大拙をどう読むか? <人(にん)の思想を中心に>より)

「『日本的霊性』の検討の際に触れたが、大拙の<人>の理解の中には、他者という契機が見えにくい。『日本的霊性』では、受動性として取り上げられていたものが、十分に展開されることなく、消えてしまっている。『臨済の基本思想』では、『臨済録』の「信」という問題が取り上げられているが、これは主として自らを信ずることであり、必ずしも他者的な問題へと展開していかない。おそらく禅における他者的契機は、何よりも信ずることであり、必ずしも他者的な問題へと展開していかない。おそらく禅における他者的契機は、何よりも「以心伝心」における師資相承関係に求められるものであろう。師と弟子がぶつかり合うところに、はじめて「以心伝心」が生ずる。あるいは、師資関係以外でも、数多く残された禅の問答は、他者との共同性からしか禅が成り立たないことを如実に示している。しかし、大拙は。あるいは大拙に限らず、近代的な禅解釈は、禅を「己事究明」に限定してしまうことで自己閉鎖化し、重要な問題を見失うことになったように思われる。」

(ジョン・ブリーン「鈴木大拙と神道---批判の構造」より)

「鈴木大拙の終戦直後の著作『日本の霊性化』、『霊性的日本の建設』などの一特徴は、痛烈な神道批判にある。神道は「霊性」(宗教性)を有しない、政治性に富んだ危険思想だ、戦争に導いた責任があるなどという内容である。」

「「政治的特殊性」を意味する「日本精神」と違って日本的霊性は、「徹底的に大悲である、大慈である、悲願である、無辺無人の悲願である」と主張する。鈴木はこうした価値観を中世以来の浄土真宗に見出すが、神道はどうだ。神道には、祓と禊があり、敬虔も畏みもあるが、「絶対愛」や「大悲」がない。「涙がない」、「泣き崩れる神様」もない神道はむしろ「力の宗教」で、そのためか「多分に政治性に富んだ、排他性で固まった、幼稚な国家主義を包んでいる外、深い宗教性がない」。そのような神道から出る力は必ず「排他的自尊心」や「帝国主義、侵略主義、兼併主義」に導くという。
 そしてこのような神道を国際舞台の上に実行しようとしたのは「平田篤胤及びその一派の信徒」だと訴える。」

「鈴木の終戦前後の神道批判派個性的で、対象は(江戸期の平田国学まで含む)思想としての神道である。一方で神社局・神祇院など国家神道を支えた制度、伊勢神宮・靖国神社・官幣大社などの神社、神社がとり行う祭祀、その祭祀を意味づける記紀神話などには、ほとんど言及していない。それはなぜだろう。」
「鈴木大拙の神道批判と終戦前後の仏教とさらに言えば、GHQが一九四六年に発した「神道指令」との相関関係を探るのは重要な課題として残っている。」

(ロイ・スターズ「鈴木大拙の霊感論----文化を越えた伝達に挑む」より)

「時折、鈴木は、日本文化への禅の影響を誇張していると非難されることがある。一般的な事実はどうであれ、西行から芭蕉まで、日本の代表的な詩人の多くに禅が深い影響を与えていたことは否定できない。ただ、それは「禅」が何を意味するかにもよる。西行が「歌道はひとへに禅定修行の道」と述べ、心敬がこれを肯定的に引用するとき、両者が言及しているのはおそらく禅宗ではなく(西行も心敬も禅僧ではない)、「禅定修行」の包括的な意味での禅であろう。瞑想は、日本の詩人にとって非常に魅力的だったのである。おそらく同じ理由で、ゲイリー・スナイダーやレナード・コーエンなど、多くの現代の作家や芸術家にとっても魅力的なのだろう。つまり、それは創造的な霊感の深い心の源泉に達する方法を約束しているのだ。」

(山田奨治「アメリカ大衆文化への鈴木大拙の影響」より)

「大拙が歌舞音曲や大衆文化にあまり関心をもたなかったのは、残念なことだ。彼は華やかな世界が好きではなかったのだろう。そのことは『日本的霊性』(一九四四)で、「源氏物語」のことを「貴族生活の恋愛葛藤・政治的陰謀・官能的快楽・文学的遊戯気分・修辞的技巧などで充たされて」いると断じたことからもわかる。
 日本では、禅は大衆文化とは対極の、高尚な精神文化だと位置づけられている。そうした位置づけを得たこともまた、大拙の働きによるところが大きい。だが「大衆」の語は、もとは仏教用語だと聞いたことがある。もしも大拙が大衆文化にもっと心を寄せていたならば、ディランがアメリカでなしたように、日本の伝統にも新たな詩的表現が作り出されていたかもしれない。」

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