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マイケル・E・ウェバー『エネルギーの物語』

☆mediopos-2254  2021.1.17

物理学者のファインマンは
「現代物理学では、
エネルギーが何かについては何も言えない。
そのことを自覚しておくことが大切だ」
といっているそうだが

だれでも知っているつもりになっている
エネルギーなるものがいったい何なのか
あらためて問い直してみると
それが何なのかはわからないままだ

化学者のスモーリーは
人類の最重要課題の筆頭に
エネルギーを挙げているが
最重要課題そのものは
ある意味で謎に包まれている

やっかいなことに
わからないにもかかわらず
エネルギーを生み出す技術を進歩させ
それを未来に向けクリーンなかたちで
いわば最適化させていかなければならない

しかしそのわからなさゆえに
アーサー・C・クラークが
「十分に進歩したテクノロジーは魔法と区別がつかない」
といったように
エネルギーをめぐる科学技術は
それそのものがある種の魔法ともなっているといえる

魔法といえば
ポール・デュカスが交響詩にもした
ゲーテがギリシアの作家サモサタのルキアノスの詩をもとに
書いたバラード『魔法使いの弟子』では
魔法使いに命じられた水汲みの仕事に飽きて
箒に魔法をかけて自分の仕事の身代わりをさせるが
呪文を止める魔法がわからず床が水浸しになってしまう
ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』で
ミッキーマウスがその弟子を演じているで有名だ

現代の人類も
そうした「魔法使いの弟子」のように
エネルギーをどう制御したらよいか
わからないままだといえるのかもしれない
しかも魔法使いが帰ってくるのを待つわけにもいかない

わからないまま
エネルギーの利権をもった存在が
ある意味で世界を支配しているともいえ
戦争はそのエネルギーをめぐって
さまざまに起こっているともいえる

さてわたしたち人間も
エネルギーを使って生きているといえるが
健康や食べ物など
エネルギーに関係しているものはわかっても
そのエネルギーがいったい何なのか
やはりよくわからずにいる

地質年代を人新世と書き換えようとする動きがあるように
人間はそれほどに地球環境に影響を及ぼし続けているのだが
そのもとになっているのは
わたしたち人類の生きるエネルギーなのだといえる
しかもそのエネルギーのもとが
いったい何なのかわからずにいるのだ

私たちが生きるうえでの重要な心的な原動力を
リビドーという言葉で表現したりもするが
その無意識から来るともいえ
ポジティブにもネガティブにもなるエネルギーを
制御できるようにならなければ
結局のところ地球環境にかかわるエネルギー問題も
解決できないのかもしれない

「わたしたちにとってエネルギーとは何なのか」
という問いは
地球環境保全への問いでもあり
わたしたち自身を動かしている根源への問いでもある

■マイケル・E・ウェバー
 『エネルギーの物語/わたしたちにとってエネルギーとは何なのか』
 (原書房 2020.7)

「古典的な定義によれば、エネルギーとは仕事をする能力のことだ。つまり楽しみや有益なことを実現する能力のことだ。作物を収穫し、冷蔵し、飛行機で世界中に輸送することを実現する能力である。当然エネルギーなしでは仕事はできない。文明はエネルギーを利用することで生まれる。そしてエネルギーがなくなれば文明を維持できない。またエネルギーは物理的な意味での保存量で、本質的に有限の資源だ。エネルギーを新たに作り出すことはできず、わたしたちにできるのはエネルギーを移動したり他の形態に変換するだけだ、エネルギーの変換による環境への影響を抑えつつ、変換で得られる便益を利用すること、それがエネルギーとの付き合い方の基本だ。
 エネルギーが重要であることはわかっても、それだけではエネルギーについて理解しているとは言えない。エネルギーが実在していることはわかるし、その存在を測定することもできる。ところがエネルギーは見えないし触ることもできない。実はエネルギーについては説明することすらできないのである。ノーベル賞受賞者のリチャード・ファインマンは「現代物理学では、エネルギーが何かについては何も言えない。そのことを自覚しておくことが大切だ」と述べている。目には見えないのに、仕事をする能力がある。エネルギーは不思議な存在だ。
 有名なSF作家のアーサー・C・クラークはかつて「十分に進歩したテクノロジーは魔法と区別がつかない」という「第三法則」を発表した。クラークは人間が共同で実現する技術革新能力について科学界はあまりに悲観的すぎると感じていた。そんなクラークが腹立ち紛れに書いた未来に関する一連のエッセイから生まれた法則だ。楽観主義者のクラークは魔法と見分けがつかないようなテクノロジーの進歩を確信していた。その魔法というのが現代のエネルギー・システムで、クラークはエネルギーに関連する多くの驚くべき進歩を例に挙げて自らの正しさを主張した。」

「まず初めに認識しておかなければならないのは、エネルギーが文明を構築するのであれば、エネルギーは文明を破壊することもできるということだ。ノーベル賞を受賞した傑出した化学者リチャード・スモーリーは最晩年の数年をかけて、彼が考える世界の最重要課題を伝えてきた。スモーリーは人類の十大課題を重要な順に次のように示した、(1)エネルギー、(2)水、(3)食料、(4)環境、(5)貧困、(6)テロと戦争、(7)病気、(8)教育、(9)民主主義、そして(10)人口だ。エネルギーがリストのトップに来ているのは、エネルギーの利用可能性がそれに続く9つの課題を解決する鍵となるからだ。」
「スモーリーの理論によれば、エネルギーは世界で最も重要なチャンスであり、同時に最も重要な課題でもある。世界には大きなエネルギー不平等が存在する。世界の人口ひとりあたりが平均的に消費しているエネルギーは、イギリス国民の半分、イギリス国民の消費量はアメリカ国民の半分、アメリカ国民の平均消費量は典型的なテキサス州の人々の消費エネルギーの3分の2だ。世界人口がこのまま増加し、世界中の人々がテキサス州と同じ消費水準でエネルギーという魔法を求め、活気ある工場と空調のある快適な住居、大きな車を持つとすると、世界のエネルギー生産と消費を一桁増加させなければならない。現在の国家安全保障の水準と世界エネルギー・システムの顕教影響への程度を考えれば、エネルギー生産、輸送、利用を10倍に拡大することは大きな転換がなければ絶対に不可能だ。
 大気を汚染せず、海洋を酸性化させず、大地を丸裸にせず、これだけの規模のエネルギーの便益をすべての人に提供するには、新たな魔法が必要になる。それがわたしたちに課せられた地球規模の課題だ。」

「重要なのは、エネルギーとは世界の秩序を変える手段であり、それ以上でもそれ以下でもないということだ。エネルギーは魔法のようだ。結局、エネルギーが現在のこの世界をつくりあげ、おそらくこれから何度も世界を作り替えていくことになるだろう。だからこそエネルギーを理解しようとする意思ががある限り、エネルギーはわたしたちが必要とする解決策を提供してくれると信じることには十分な理由がある。いまあるわたしたちの問題を若い世代に解決してもらおうとするのは、ふざけているか責任の放棄と思われるかもしれない。特に現在のエネルギー問題を引き起こしてきたすべての人々が、かつては子どもだったことを考えれば、そう思われてもおかしくない。しかしエネルギー問題の解決には想像力、多くの人のたくさんの想像力が必要だ。エネルギーは夢を生む。小さな子どもが不思議を愛するようにエネルギーを深く理解すること、そしてエネルギー問題に柔軟な心で立ち向かうこと、それが解決に向けた第一歩となるのではないだろうか。
 子どもたちの資源問題を解決する能力を育むためには、エネルギー教育の新しいアプローチも必要だろう。科学的研究によると、人が気候科学に関する誤った情報を信じ科学的証拠を拒絶する場合、たいてい論理的な誤りに気づいていないという。事実と虚偽をはっきり区別できる批判的思考を身につけなければならない。科学、技術、工学、数学(STEM)の教育にとって分析的思考を培えるが、批判的思考を育むには人文科学の教育も欠かせない、新しい解決策を見いだす創造的思考には芸術の教育も必要だ。こんなジョークがある。「芸術(art)のない地球(earth)なんてエーッ?(eh)」つまり地球にはアートが必要だということ。その線で行けば、エネルギー教育にはSTEMだけでなくSTEAMが必要だということ。Aは芸術(fine arts)と人文科学(liberal arts)のAだ。」
「よりクリーンな選択をしながらエネルギーの利用を広げ、汚染に染まった過去から離脱することが将来へ向けた重要な過程だ。しかし貧困な人々のエネルギーの利用手段を否定したり、先進諸国の裕福な人々にエネルギーなしで生活するよう命令するだけでは、失敗は目に見えている。エネルギーの魔法のような力に注目すれば、わたしたちはエネルギーを憎んだり敵に回したしせずにこの問題を解決できる。変化の方向は間違っていない。だから変化をさらに進めていかなければならない。変化が現れるまでには時間がかかる。だから今すぐにでもはじめなければならない。わたしたち全員がその結果に関わっている。やるべきことはたくさんある。だから全員が全力で取り組まなければならない。わたしたちひとりひとりがエネルギー物語の新たな扉を開く力となる。」

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