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島内景二『和歌の黄昏 短歌の夜明け』

☆mediopos-3055  2023.3.30

日本という国の文化は
『古今和歌集』(九〇五年)からはじまった

日本文化の主流として働いていたのは
平安時代に書かれた
『源氏物語』『古今和歌集』『伊勢物語』
という三点セットである

『万葉集』は江戸字時代の中期以降
本居宣長らの「国学」が起こる前には
ほとんど日本文化への影響はなかった

というのが島内景二の示唆する「新常識」である

上記三点セットが
柔らかな女性の言葉による
「和」(平和と異文化統合)の思想であるのに対し

『万葉集』は力強い男性の言葉であり
それは国内の古い体制や国外の敵と戦うために
異文化排除の思想を盛り込みやすく
「戦うための武器」ともなり得るものだった

明治に入っても
正岡子規たちの力もあり
『万葉集』が近代の日本文化の屋台骨となった

島内景二は本書において
千四百年の歴史を誇る和歌・短歌の変遷を
丁寧にひもときながら日本の近代を問い直そうとする

そして令和という『万葉集』から命名された元号の現代は
かつて「戦うための武器」であった『万葉集』が
「和」の『万葉集』へと転換する好機だとしている

「和」(平和と異文化統合)の思想をもつ新たな源氏文化と
「和」へと新生した『万葉集』が手を取り合って
あらたな「和」の文化を作りだせるようにと・・・

あらためて日本の歴史をふりかえってみたとき
平安時代には「勅撰和歌集」のように
和歌が国の重要な事業のひとつとなっていたことに驚く

「和」するという力を持つ「和歌」として
「言の葉」はそれだけの力をもっていたのである

短歌は現代において
「かつてないほどの隆盛を見せている」が
その言の葉にそうした「和」する力はあるだろうか

わたしたちは長い歌の歴史をふまえつつ
その力をつくりだす可能性に
目を向けていかなければならないのではないか

いまや言葉があまりにも軽く稚拙なものとなり
劣化しつづけているなかで
あらたな「和」の文化が求められているはずだから

■島内景二『和歌の黄昏 短歌の夜明け』
 (花鳥社 2019/9)

(「序章 早わかり「和歌・短歌史」より)

「和歌・短歌には、およそ千四百年の歴史がある。「五七五七七の三十一音から成る短詩型文学」という形式面は一貫して変わらなかったが、「何を、どう詠むか」という内容面・技術面では、さまざまな変遷があった。(・・・)

 和歌と短歌は、永く、日本文学、いや日本文化の玉座に君臨してきた。なぜ、和歌と短歌にはそれだけの力があったのか。その秘密を知りたければ、古い常識を捨てていただこう。

 いわゆる「日本文化」は、『古今和歌集』(九〇五年)から始まる。これが、新常識である。

 季節や恋や旅、つまり「人生」を美しく歌い上げ、秩序だてて配列して織り成した『古今和歌集』が、日本人の心の原郷(ふるさと)である。『古今和歌集』のほぼ百年後には、『伊勢物語』(十世紀後半)と『源氏物語』(一〇〇八年前後)も成立した。この三つを合わせた「古今+伊勢+源氏」の三位一体が、日本文化の「最強の原郷」と言ってもよい。

 「日本文化=和歌文化」は、『万葉集』から始まったのではない、ということだ。『万葉集』が歴史を動かす「文化的エネルギー」を持ち始めるのは、江戸時代の中期以降である。つまり、『万葉集』の流れは、平安時代以降は、ずっと日本文化の地下深くに伏流していた。日本人の美意識を成熟させたのは「中世」だったが、その時代に『万葉集』は日本文化の生成と展開とは縁の薄い存在として、文化の傍流に位置していた。正確には、地中深く埋蔵され、それを発掘し汲み上げてくれる「近代」を待ち続けていた。

 『万葉集』の歌が、平安時代の『六古今和歌六帖』や勅撰和歌集や『小倉百人一首』などに選入される馬合いは、表現が王朝和歌風に改変され、「王朝和歌」とした読まれた。」

(「Ⅰ 和歌の黄昏」〜「1 和歌は、異文化統合のシステムだった」より)

「近代の「短歌」とは、本当に、古典の「和歌」を、時代の変化に適応できるように革新したものだったのか。あるいは。近代短歌の否定した『古今和歌集』が、あらゆる文化を受け入れる柔軟構造を保有していたことの方が、近代和歌の直線的で剛直な構造よりも、西洋文化の衝撃をうまく緩衝できたのではなかったか。

 一九四五年八月十五日の「近代の挫折」を見据えて、戦後、現代の日本文化が再建された。しかし、本当に「再建」できたのか。現代文化は、「近代」の敗北と正面から向かい合い、近代化路線の設計ミスに気づき、「近代以前」には有効に機能していた日本文化の再評価を行っただろうか。答えは「否」である。

 第二芸術や前衛短歌、ライト・ヴァースなどを経て、現代短歌はかつてないほどに隆盛を誇っている。若者たちも、短歌という器に魅力を感じ始めている。スマホやSNSなどと短歌は適合性が高いようで、その点は何とも心強い。

 だが、私には大きな不安がある。現代短歌は、「異文化」の概念が融けつつある現代において、グローバリゼーションに対応できていないのではないか。かつての短歌が持っていた水母のような柔軟構造があれば、次から次へと世界から押し寄せる変革の衝撃を吸収しやすい。

 二十一世紀の短歌は、新たなる開花と見事なる結実の季節に向かうためには、近代短歌がとっくの昔に乗り越えたと錯覚し、実のところはまったく乗り越えていなかった「和歌」の長所と短所を、今一度、再確認しておく必要があると思う。現代歌人は、古典和歌を生み出した日本の「伝統文化」(『古今和歌集』『源氏物語』『伊勢物語』の三位一体)の強靱さを見極めたうえで、「近代」や「現代」とは何か、「短歌」とは何かについて考えるべきだろう。

 十世紀初頭(九〇五年)に成立した『古今和歌集』から、十九世紀の明治維新まで、和歌が長い間培ってきら伝統文化は、二十一世紀の今日でも、まだ超克されていない。ならば、和歌というジャンルは、永遠に敗れざるものなのか。そう言えば、散文の世界において、いまだに十一世紀初頭に書かれた『源氏物語』も乗り越えられてはいないではないか。

 『古今和歌集』や『源氏物語』が作り上げた古典文化は、決して乗り越えるべきものではなくて、空気のように呼吸するもの、水のように摂取するもの、そして、歌人がそれぞれの時代を生きる栄養源だったのである。」

「和歌は、人間と神、男と女など、ありとあらゆる人間関係を発生させ、維持し、拡大させるエネルギー源である。すなわち、「和歌」の「和」は、調和・和解・融和・和合の「和」であり。最終的には平和の「和」なのだ。和歌が作り出す調和と平和の王国。それが、「和国」と呼ばれる日本という国の理想像である。

 これが、紀貫之の「和の王国」の樹立宣言だった。和歌だけではない。散文もまた、「和の王国」に招き寄せられ、組み入れられた。和歌を含む『伊勢物語』や『源氏物語』は、男女の陰陽和合だけでなく、和の思想の理論的支柱となったのだ。」

(「Ⅱ 短歌の夜明け」〜「14 現代短歌は、いつから平面化したのか」より)

「現代において、短歌ジャンルは、かつてないほどの隆盛を見せている。歌集の出版点数には膨大なものがあるし、歌集の批評会も頻繁に行われて、それらの質的な検証もなされている。だが、真剣で熱気あふれる批評会において、古典和歌にまでさかのぼり、「この歌集は、千三百年の蓄積のある文学史の中で、どのように位置づけられるのか」、「今、あぜ、この歌集を読む必要があるのか」を問い直すことは、ほとんどなされない。この点に、古典研究者が現代歌壇にも必要な、根源的な理由がある。」

(「おわりに 「令和」の祈り」より)

「新しい元号が、「令和」に決まった。国書である『万葉集』が、初めて元号の典拠となった。万葉ブームも盛り上がっている。

 ところが、「万葉仮名」は大和言葉を漢字で表記して苦心の産物なので、解読がむずかしい。解読の試みは、古く平安時代から始まっていたが、研究が本格化したのは、江戸時代の中期に「国学」が起こってから後である。明治に入ると、正岡子規たちの力で、『万葉集』が近代の日本文化の屋台骨になった。

 「国学」以前、つまり、平安時代から江戸時代の中期(元禄あたり)まで、意外なことに、『万葉集』は日本文化にほとんど影響を及ばさなかった。現在の日本文化の原型は室町時代に完成したと言われるが、そこには『万葉集』の痕跡はない。では、何が日本文化の本流だったのか。

 平安時代に書かれた『源氏物語』『古今和歌集』『伊勢物語』の三点セットが、日本文化の主流として、ずっと機能し続けていたのである。源平騒乱、南北朝の対立、戦国乱世と混乱の時代に、文化人たちは『源氏物語』から、「人間関係が調和すれば世の中は平和になる」という主題解釈を引き出した。

 これが、「和の思想」、別名「源氏文化」である。紫式部が書いた『源氏物語』は、男と女の恋愛を描く風俗小説である。それに対して、源氏文化は、戦乱の時代にあって、調和・和解・融和・平和を祈る高邁な思想だった。

(・・・)

だが、ここから国内情勢と世界情勢は激変する。尊皇攘夷の志士たちを動かしたのは、本居宣長や平田篤胤の国学であり、異文化排除の思想だった。宣長の『古事記伝』(一七九八年完成)は、日本の遅すぎる「ルネサンス=古代復興」だった。

 江戸時代の後期には、開国を迫る列強が相次いで出現した。オランダから知らされたヨーロッパの科学力・軍事力・経済力には、圧倒的なものがあった。

 そこで、『源氏物語』で欧米列強と戦えるのか、という根源的な疑問が湧き起こった。柔らかな女性の言葉ではなく、力強い男性の言葉でなければ、外国と対等に戦えない。そこで、『万葉集』や『古事記』などの古代文学が必要となったのである。」

「現在、グローバリゼーションとIT化の大波が世界中を覆い、日本を取り巻く内憂外患は多い。だからこそ、「令和」という元号が『万葉集』から命名されたことの意義は大きい。特に、「和」という言葉が重く響く。『万葉集』は、「戦うための武器」から解き放たれ、「和」の『万葉集』へと転換する好機を迎えた。

 国内の古い体制や、国外の敵と戦うために『万葉集』を利用してきた近代の悲劇は、もう繰り返すことはないだろう。かつて日本文化の主流だった源氏文化の「和」(平和と異文化統合)の思想と、このたびの『万葉集』の「令和」(美しい和)、の理念とは、完全に合致している。

(・・・)

 『源氏物語』と『万葉集』は、今、二十一世紀の日本で、初めて手を取り合おうとしている。甦った源氏文化と、新しくなった『万葉集』は、協調して平和な文化を作ってゆけるだろう。「令和」の思想が、活力に満ちた新しい世界を作り出す種子となってほしいと、切に祈る。それが新しい短歌を生み出すことだろう。」

◎島内景二・プロフィール

1955年長崎県生。東京大学文学部卒業、東京大学大学院修了。博士(文学)。現在 電気通信大学教授。

・主要著書
『塚本邦雄』『竹山広』(コレクション日本歌人選、笠間書院)
『源氏物語の影響史』『柳沢吉保と江戸の夢』『心訳・鳥の空音』(いずれも、笠間書院)
『北村季吟』『三島由紀夫』(共に、ミネルヴァ書房)
『源氏物語に学ぶ十三の知恵』(NHK出版)
『大和魂の精神史』『光源氏の人間関係』(共に、ウェッジ)
『文豪の古典力』『中島敦「山月記伝説」の真実』(共に、文春新書)
『源氏物語ものがたり』(新潮新書)
『御伽草子の精神史』『源氏物語の話型学』『日本文学の眺望』(いずれも、ぺりかん社)
歌集『夢の遺伝子』(短歌研究社)
『楽しみながら学ぶ作歌文法・上下』(短歌研究社)
『短歌の話型学 新たなる読みを求めて』『小説の話型学 高橋たか子と塚本邦雄』(共に、書肆季節社)

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