アイニッサ・ラミレズ『発明は改造する、人類を。』
☆mediopos-2449 2021.7.31
生物はみずからの樹状進化のなかで
みずからを作り変えていくが
人間はさらに「発明」によって
短い間にじぶんたちの生活や思考のかたちや
さらには身体性までも急速に変化させていく
たとえば時計が発明されることで
それまで自分の生物時計(体内時計)に
従っていた生活を
時計に合わせて生活していくようになり
睡眠のあり方もずいぶん変化してしまった
いまではあまり想像しにくいが
それまでの睡眠のとり方は「分割睡眠」がふつうで
九時か一〇時に床に就いて三時間半眠り(第一睡眠)
その後一時間ほど起きて
また三時間半ほど眠る(第二睡眠)
というのが通常の眠り方だったそうだ
時計の発明とさらには人工照明の発明によって
かつての分割睡眠というあり方は失われ
生物時計(体内時計)に合わせた
覚醒と睡眠のリズムは失われてしまうようになった
生物時計(体内時計)から自由になった
ということもできるかもしれないが
そこでさまざまな病気も生まれるようになった
それは「発明」による生活や思考の変化に
身体の変化が齟齬を起こしているということでもある
現代における「発明」が
もっとも私たちに影響を与えているのは
コンピューターとインターネットだろう
とくにそれは私たちの「脳」に
大きな影響を与え始めている
脳の変化は身体の変化にくらべて
多くの時間をかけなくても起こるという
インターネットは考える力や創造性を
劣化させると考えられてもいる
そのためシリコンバレーの富裕層などの
子どもの通う高校にはパソコンが存在しないという
ふつう考えられているよりも
コンピューターとインターネットは
私たちに大きな影響を与えているのは間違いない
「発明」によって得られるものは大きくても
失うものは多いのだ
そして問題が起こってしまったときには
「発明」以前には戻れなくなってしまっている
「発明」によって世界を変えるということは
私たち自身を変えるということでもある
それは通常の生物の樹状進化のように
「発明」による進化ということもできるかもしれないが
それによって「改造」されてしまったとき
その身体はすでに「改造人間」となり
もとの「人間」に戻ることはできなくなってしまう
■アイニッサ・ラミレズ(安部恵子訳)
『発明は改造する、人類を。』
(柏書房 2021/7)
(「まえがき」より)
「本書では、材料が発明家によってどのように形作られたかだけでなく、そうした「材料」がどのように「文化を形作った」かを紹介していく。各章は、動詞のタイトルがつけられ、その動詞の意味することが、どのように形作られたかを、実例によって明らかにする。特に本書が光をあてるのは。「クォーツの時計」が「交流する」ことを、「鋼鉄の鉄道レール」が「結ぶ」ことを、「銅の通信ケーブル」が「見る」ことを、「磁気を持つハードディスク」が「共有する」ことを、「ガラスの電球フィラメント」が「発見することを、「シリコンのチップ」が「考える」ことを、どのようにして徹底的に変えたのかということだ。本書はテクノロジーについてのたいていの本に欠けた部分を補うために、無名の発明者を紹介したり、有名な発明家を違う角度から映し出したりする。私はこうした欠けた部分、つまり歴史で誰にも語られていない部分を調べることを選んだ。それも、私たちの文化を作るうえで有益だからだ。「ほかの人々」に光をあてるこよで、より多くの人々がそこに自分の姿を見いだせるようにする。私は科学の驚きと楽しさがより多くの人々に届くことを願って、本書では物語を話すという方法を用いている。
この世界にあふれかえるテクノロジーの真価が理解されること、そして、危機感が伝わることも、願っている。人間の未来を最善のものとするように、私たちは自分たちを取り囲むツールについて批判的に考える必要がある。」
(「第1章 交流する」より)
私たちは生まれつき、食事時間、睡眠時間、遊ぶ時間など自分の生物時計(体内時計)を持っているが、成長するにつれて、生活がこれらの生物時計のきっかけからは切り離されて、学校の始業時間や休み時間、下校時間といった時計に従うようになる。社会もまた同じように変化して、自然の合図から時計の合図に切り替わった。もともと、日の出や南中、日没など、時間管理のおもな手段は太陽だった。時計以前は、社会は時間の束縛のある約束はしなkった。時計のおかげで人々はいつでも会って交流できるようになったが、時計にはオルダス・ハクスリーのいう「スピードの悪」も伴った。時計以前は、誰かが現れるまで長いあいだ待つものだった。(…)正確な時間管理者社会を変え、生活のあらゆる側面に影響を与えている。時間管理が引き起こした変化の一つは、私たちを夜に眠らせないでおくことだ。時計による生活は、私たちの眠り方を変えた。」
「私たちの先祖は違う眠り方をしていた。私たちより長くは眠らなかったし、深くも眠らなかった.。彼らの実際の睡眠のとり方は、現代の私たちには理解しにくいものだろう。産業革命前に、夜の睡眠は二つの時間に分かれていた。当時を再現すれば、九時か一〇時に床に就いて、三時間半眠る。それから、真夜中すぎにふいに目を覚まし、一時間かそこら起きている。また疲れてきたら、ベッドに戻って三時間半ほどうとうとする。分割したそれぞれの睡眠は「第一睡眠」「第二睡眠」として知られていて、それが通常の眠り方だった。
現代の睡眠についての感じ方と違って、私たちの祖先は、夜中に目覚めることは心配ではなく、病気だと悩むようなことでもなかった。実際に私たちとは反対で、目覚めていることを楽しんでいた。睡眠のハーフタイムを利用して、書き物や読書、縫い物、祈り、トイレ、軽食、掃除、あるいは隣人たち(こちらもおそらく真夜中から夜明けまで起きていた)と噂話をした。この夜遊び仲間がまた眠くなり、ハーフタイムが終了すると、ベッドに入って第二睡眠に続く。
現代の私たちはこうした分割睡眠に驚くかもしれないが、意外にもかなり古くからの慣習だ。少なくとも二〇〇〇年は下らない。」
「分割睡眠は西洋文化の日常生活の一部だったが、二〇世紀初頭までにはなくなった。産業革命がワンツーパンチで、私たちの睡眠パターンを変えてしまったのだ。第一のパンチは、人工照明の発明、という直接的で明らかなものだ。第二のパンチは、時計に引き起こされた時間厳守したいという欲求によるもので、文化的でとらえにくい。人工照明が出現すると、暗闇は押しのけられて、一日が伸びた。さらに私たちは、時間のことや、時間どおりにすること、時間を浪費しないようにすることで、頭がいっぱいになった。そういうわけで、この強迫観念が睡眠に影響するのは、時間の問題だった。」
(「第5章 見る」より)
「目は心の窓だ、と詩人はいう。科学者によれば、目は時計であり、もっと正確には、時計のリセットボタンのようなものだという。私たちの体には一日の始まりを予測する固有の内臓リズムがある。この体内時計は毎日訳一二分ずる遅れていって、「一日」が二四・二時間だ。私たちは視覚的手がかりのない暗い洞窟に連れていかれたら、ゆっくり時を刻むアンティーク時計のようになって、太陽の一日よりも遅れをとるだろう。だが、朝の光、特に朝の空の青い光を見ると、私たちの生物時計は地球と再び同期する。」
「残念ながら、人工照明は自然の光、つまり太陽の光を完全にまねしてはいない。偉大な太陽が放つ光には、虹の色すべてが含まれる。人工照明には太陽光のスペクトルの一部しか含まれず、白熱電球は赤みがかっており、家庭用蛍光灯やLED電球は青みがかっている。(…)処方箋はシンプルだ。癌疫学者リチャード・スティーヴンスによれば、私たちには「薄暗い夜と明るい朝」が必要だという。一日は、体内時計をリセットする明るい青い光で始めなければならない。「散歩をするのがベストだ。運動をして、明るい青い光をたっぷり浴びることだ」。」
「日中のあいだに青い光をたくさん浴びるのはいいことだ。だが、光の種類は一日が進むにつれ変えていかなければならない。「朝の光は体に一つの影響を及ぼす。[青い光が]夕方から真夜中にもたらされると、悪影響を及ぼすだろう」とレンセラー工科大学のマリアナ・フィゲイロ教授はいう。それが、光の色を一日のうちに変えなければならない理由だ。夕方には赤っぽい光にする必要がある。」
「人間の健康を増進するためには、一日の適切な時間に適切な種類の光を浴びる必要がある。これは超自然的な主張ではなく、医学的根拠のあることだ。」
(「第8章 考える」より)
「脳の変化は、多くの時間をかけなくても起こる。人の一生涯の中で起こることだ。科学者は特別なカメラを使ってそうした脳の可能性を調べて証明した。核磁気共鳴画像法(MRI)と呼ばれるテクノロジーを利用すると、生きている脳を調べてそれが働くのを見ることができるのだ。研究によると、熟練の音楽家は。音楽家でない人よりも脳(の大脳皮質)の一部が大きいことがわかっている。ロンドンのタクシー運転手は市内の道路をすべて記憶しており、脳の記憶中枢が増大しているそうだ。ある科学研究では、数週間ジャグリングを練習して身につけた人々も、脳の頭頂葉の一部が大きくなっていた。以上やその他の非常に多くの研究で、私たちは自分の脳を変えられることが明らかになっている。これは、すばらしいことでもあり心配なことでもある。脳のやわらかさは神の与えたもうた資質であり、頭蓋骨内の一・四キログラムの驚異的物質の柔軟性はスーパーパワーである。だが、この能力は、私たちの行いの有無にかかわらず私たちの脳が変化しうることも意味する。現時点において、インターネットは、持続的に、広く遍く、常に利用されている。これは、ウェブが私たちのできるものを拡張しているだけでなく、私たちの脳が考える方法も変えているのだ。」
「すべての学者は、インターネットの勢力範囲が私たちの脳にまで拡張されていることを認めている。一方、インターネットは私たちを賢くしているのか、あるいは愚かにしているのかには議論がある。この問いに対しては、「それを知るのは難しい」と「誰が尋ねているのかによる」というのが答えだ。科学者は実験をしたいときには必ず、一つのグループは変化させ、比較のために他のグループは同じ状態のままにする。後者のグループは対照群といい、実験が実際に何をしているのかを見るためのペースカー(レースの先導者)のようなものとして働く。だが、インターネットの影響の実験を行うために、インターネットを使ったことがない人を見つけることがものすごく難しく、対照群の設定が困難になっている。」
「インターネットの影響について楽観的な考えの人々は、インターネットが私たちを賢くしていると主張する。」
「だが、インターネットの影響についてそれほど楽観的に見ていない人々もいる。」
「何世紀にもわたって知識を書籍から得てきて、私たちの灰白質は、一つの思考から、次の思考へ、それからさらに次の思考へと順に流れていく直線的な思考に慣れている。だがウェブでは、思考は流れない。いきなりグイッとつかまれて、引っ張られ、揺さぶられる。さらに、情報の氾濫に対して、私たちは新しい読み方の習慣を発達させることで対応してきた。ウェブページを読んでいるとき、私たちは文章を流し読む、キーワードを探す、表面的に目をとおす、といったことで必要なものを得る。神経科学は、これらの新しい習慣によって脳がそうしたスキルに堪能になることを示している。私たちがインターネットの使用から育てた学習環境は、私たちの深く考える能力を弱めると考える研究者もいる。」
「人間がインターネットによって影響を受ける側面は、知恵と見識、理解にとどまらない。創造性もまたそうである。」
「イーグルマンによると、創造的であることには二つの部分がある。第一に「全世界を吸収すること」、第二に「消化して複数の物事を新しい方法で統合する時間をとること」だ。私たちのテクノロジー時代において、第二の部分を手に入れるのは簡単ではない。テクノロジーを伴う時代は、創造性とは反対向きの時代だ。イーグルマンのようなサイバー楽観主義者でさえ、それには同意する。」
「私たちには岐路に立っている自覚があるし、このテクノロジーの作り手さえ、何かを獲得しながら何かを喪失しつつあることをわかっている。お金に糸目はつけないシリコンバレーの多くの私立学校で、訪問者は、そこにあるはずのものがないのに気づいて不安になるだろう。コンピューターがないのだ! シリコンバレーの一部の親たちは、自分たちが社会へもたらす助けをしたテクノロジーを、自分たちの子どもに使わせないようにしている。アップルの創業者スティーヴ・ジョブズでさえ、「ローテク・パパ」だった。」
「テクノロジーで私たちが何かを得るのは確かだ。」
「しかし、私たちが失うものもある。「私が心配しているのは、場合によっては人々が理解力を失い始めるかもしれないことだ」と哲学者のチャーマーズはいう。」
「人を人たらしめるものは何か。このことを私たちはコンピューターの進歩によって真剣に深く考えざるをえなくなった。私たち人類は分かれ道にさしかかっていて、どちらに進むか方針を決めなければならない----もっとよい機械を作ることを目指すのか、それとも、もっとよい種になることを目指すのか。今はまさに、進むべき道を考えるときなのだ。そして、私たちには勇気も必要だ。歩き出した道が私たちには合わない方向ならば、勇敢にも向きを変えて別の道をいかなければならない。
私たちは勇気をもってスイッチのように切り替えるべきなのだ。」
【目次】より
第1章 交流する
小さな金属ばねと振動する鉱石によって時計の性能がアップしたおかげで、私たちは時間に合わせて暮らせるようになったが、貴重な何かを見失うことにもなった。
第2章 結ぶ
鋼鉄は鉄道レールとしてアメリカを一つにしたが、文化の大量生産もうながした。
第3章 伝える
初めは鉄製で、後に銅製になった電信線が、コミュニケーションの高速伝達方法を生み出して、情報を形作り、そして意味を形作った。
第4章 とらえる
写真感光材料は、目に見える方法と見えない方法で私たちをとらえた。
第5章 見る
炭素フィラメントは暗闇を押しのけて、そのおかげで私たちはよく見えるようになったが、それと同時に私たちの目を覆って、その過剰さの影響が見えなくなった。
第6章 共有する
データの磁石粉は共有することを可能にしたが、共有を止めることを困難にもした。
第7章 発見する
実験用ガラス器具のおかげで、私たちは新しい薬を発見し、またエレクトロニクス時代への秘密を発見することになった。
第8章 考える
原始的な電話交換機の発明は、コンピューター用シリコンチップの先駆けになったが、私たちの脳の接続方法も変えた。
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