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『ブルータス948 特集 村上春樹』(2021年10月15日号)/『ブルータス86』 (1984年4月15日号)/パティ・スミス『Mトレイン』

☆mediopos-2512  2021.10.2

ブルータス最新号の特集は「村上春樹」である

最近村上春樹はなにかと露出が多すぎるのもあって
かつてのように村上春樹の名を見つけると
エッセイでも翻訳でも片端から読んでみる
ということはほとんどなくなっているが

今回のブルータスの特集には
なんと1984年のブルータスのドイツ特集のときの
村上春樹の記事がそのまま復刻されている

村上春樹は当時ブルータスのスタッフと
1ヶ月の現地取材をし
小説「三つのドイツ幻想」と
11のエッセイを寄稿しているのだ

1984年の村上春樹は
1982年に『羊をめぐる冒険』がでて
そのあとの1985年の
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も
まだでていない頃だ
やっと作家としてひとり立ちした頃

村上春樹も若く
またブルータスもまだ若い盛りで
(ぼくもまだまだ若かった)
1984年のドイツ特集のときのブルータスもまだ86号
(最新のブルータルはすでに948号を数える)
当時のブルータスは素晴らしい特集が多く
このドイツ特集の号も処分せずにとっておいた号の一冊だ
懐かしさとひとつひとつの記事の熱量に
読み始めるとつい入り込んでしまう

さて今回の村上春樹特集は「読む。」編で
「私的読書案内」が主となってはいるのだけれど
それとはべつに「エッセイで巡る村上カルチャー地図」という
世界各地を旅したときに書かれたエッセイの一部が
ロンドンやベルリンなどの場所別に紹介されている

そのなかにドイツにも関係した「ベルリン」のところに
パティ・スミスの話が書かれてあった
わざわざパティ・スミスが村上春樹に会いに
ベルリンまで来てくれて歌ってくれたという話だ

少し前にちょうど
パティ・スミスの回顧録『Mトレイン』を読んで
そのなかに村上春樹の小説を読む話がでてきていたのを
興味深く思っていたところである
『ねじまき鳥クロニクル』の「井戸」を抜ける話で
パティ・スミスはある種の「解決策」を得る

パティ・スミスは村上春樹のために
(ちょっとしたお礼の気持ちもあるのだろうが)
わざわざベルリンにやってきて
「「アンプラグド」で二曲を歌」う

ちなみに二人の話に
「ロックンロール・ニガー」がでてきているので
コメント欄でそれを

■『ブルータス948/特集 村上春樹 上 「読む。」編』
 (2021年10月15日号 マガジンハウス)
■『ブルータス86/巨大特集 ドイツの「いま」を誰も知らない』
 (1984年4月15日号 マガジンハウス)
■パティ・スミス(管啓次郎訳)
 『Mトレイン』(河出書房新社 2020.11)

(『ブルータス948/特集 村上春樹 上 「読む。」編』より)

「村上春樹さん、今、どんな気分ですか? 「どんな状況でも、人は楽しめるなにかが必要です」と言うように、最近の村上さん周りはなんだかにぎやかです。ラジオ番組を始めたり、自伝的エッセイを書いたり、「楽しくやっているうちに、気がついたら一冊分できていた」というクラシック・レコードの本や、なんとなく集まってしまったTシャツの本。おまけに村上春樹ライブラリーまで、村上さんのにぎやかな今の気分を動詞で探ったら、1号では収まりきらないボリュームになりました。上巻は「読む」というキーワードで、村上さんは本について話し始めました。」

「実は、村上春樹とBRUTUSは古い付き合い。1984年のドイツ特集では、1ヶ月の現地取材を経て、小説「三つのドイツ幻想」と11のエッセイを寄稿してもらいました。今回、そのレアな記事を復刻掲載。次号でPart2もお届け予定です。」

(『ブルータス86/巨大特集 ドイツの「いま」を誰も知らない』〜「日常的ドイツの冒険 by 村上春樹」・序−−秋のドイツとブルータス工場」)

「「秋のドイツ」という映画があったけれど、それとはべつにドイツの秋はひどく寒い。ほんとうに嫌になってしまうくらい寒い。日なんてまるでささないし、おまけに天井の雨もりみたいなかんじのしょぼしょぼとした雨が降る。そんな秋のドイツを「ブルータス」のスタッフとついたり離れたりしながら、約1ヶ月間歩きまわった。
 一般論から始める。
 ドイツとはドイツ的日常の集積である。これはまああたりまえの話だ。認識とは誤解の総和であり、感動と非感動の集合体である。我々が誰であろうと、我々がどこに行こうと、このコンテクストは不変である。我々が何かに近づこうと努力すればするほど、状況との誤差は増大する。
 だから、というわけでもないのだけれど、僕はこの長い旅行のあいだ、何をも理解するまい、何をも志すまいと努力した。この手の努力は僕にとってはもっとも特異な作業のひとつである。
 具体的にいうと、朝起きて近所を走り、ビールをたらふく飲み、散歩をし、日が暮れると映画かオペラか酒場に行き、土地の美味を食し、ぐっすり寝る。この繰り返しである。ハンブルクからケルン、ジルト、ベルリン、フランクフルト、と一ヶ月間このペースは崩れなかった。
 それとは逆に同行した「ブルータス」スタッフの方法論は、すべての断片を過激に拡大することにあった。僕はそんな彼らの行動様式を便宜的に〈ブルータス工場〉と名付けたわけだが、正直なところ僕は一人の小説家として、どんなドイツ人と会うより、どんなドイツの風景を眺めるより、そのブルータス工場の作業ぶりを見ている方が楽しかったと告白でざるを得ないのである。しかしまあとにかく、ドイツの話。」


(『ブルータス948/特集 村上春樹 上 「読む。」編』〜「エッセイで巡る村上カルチャー地図」@ベルリン「パティ・スミス」より)

「パティさんは先日わざわざベルリンに来てくれて、僕のために「アンプラグド」で二曲を歌ってくれました。自分でギターを弾きながら。とても素敵だったですよ。そのあと食事をしながら、二人でずいぶん話をして、僕が「ロックンロール・ニガー」が好きだと言ったら、笑って、あれは歌詞がずいぶん問題になって(ニガーという言葉を使っている)、いろんなところで放送禁止になった。でもがんばってステージで歌っていたら、目の前の席にジェームズ・ブラウンがむずかしい顔をして座っていて、「あれはびびったよ」ということでした。とても面白い話がいっぱいありました。素敵な人です。(『村上さんのところ』より)

(パティ・スミス『Mトレイン』〜「井戸」より)

「私は『羊をめぐる冒険』という本を開いた。タイトルに興味を引かれたのだ。あるフレーズが私の目を捉えた−−−−狭い通りとどぶ川でできた迷路。私は即座にそれを買った。ココアに浸して食べるための、羊のかたちをしたクラッカーのつもりで。それから近くの蕎麦屋にゆき、冷たいとろろ蕎麦を頼んで、読みはじめた。『羊』にすっかり夢中になった私は、日本酒を一杯飲みながら、二時間以上もそこにいた。青いジェロー[ゼリーの商標]みたいな塞いだ気持ちが、その縁から溶けてゆくのが感じられた。
 それにつづく数週間、私はいつもの角のテーブルで、ムラカミばかりを読みつづけた。息を吸うために水面に出てくるのは、お手洗いに行くときか、コーヒーのお代わりを頼むときだけ。『ダンス・ダンス・ダンス』と『海辺のカフカ』が、『羊をめぐる冒険』にただちにつづいた。そして、ついに、『ねじまき鳥クロニクル』にとりかった。これが私を打ちのめし、地球の不毛で完全に無垢な領域へと突っ込んでゆく隕石のような、止めようのない軌道へと投げ込んだのだった。」

「結局、私につつまりいい解決策を提供してくれたのは、ムラカミその人だった。『ねじまき鳥』の話者は、井戸を通り抜けてどこともしれないホテルの廊下に出ることに成功するが、それは彼自身のもっとも幸福な時のように、泳ぐ自分自身を想像することによってだった。ピーター・パンが、ウェンディとその弟たちに、飛ぶために必要なものを教えたのと同じ。「楽しいことを考えてごらん。」」

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◎パティ・スミス「ロックンロール・ニガー」
Patti Smith - Rock n' Roll Nigger (Unofficial Video)
From the album "Easter" (1978)


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