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紅茶を飲んだと彼は言った

年少さんになった娘にはとても仲の良い男の子がいる。赤ちゃんのももぐみさんからずっと一緒でもうすぐ2年になる。まだ名前も呼べなかった時から、今では「今日は一緒に遊んだの。」と嬉しそうに話してくれた。

そういえばとふと、自分が保育園の時に大好きだった男の子のことを思い出した。
あっくんと呼んでいた。顔がまんまるで、笑顔が可愛くて、ずっと一緒に遊んでいた記憶がある。

でも、私のあっくんに対する記憶というものは滑り台の上で撮った写真一枚、あの写真の光景しか覚えていない。いや、もしかしたらこの記憶も勝手に捏造されたものなのかもしれない。あの時は確かに好きだったはずなのに、あっくんとの思い出なんてあの写真一枚しか覚えていないのだ。初恋だったはずなのに。でもそれはまだ本当に恋なんてしてなかったのかな。

初恋は叶わないという。
まあ叶ってしまったら、今の夫とは出会えていないし、娘も生まれてこなかったのだから私の場合叶わなくても良かったのかもしれない。
あっくんは初恋ではなかった。私の本当の初恋は小学生の時だ。今でもはっきり覚えてる。小学生のくせにしっかりと嬉しかったこと、傷ついたこと、楽しかったこと。

彼のことは、うーんとそうだな、大森くんと呼ぼう。大森くんは小学3年生で同じクラスになった男の子だ。身長は私より10センチほど小さくて、頭が良くて、足は速かったかな、いや普通だったかもしれない。ノリが良く、話しててとっても面白い男の子だった。

大森くんのことを知ったのは同じクラスになる少し前の話。仲の良かった友達が大森くんのことを好きだと教えてくれた。

「へーそうなんだ。」

好きな子なんていなかった。アイドルが好きでゲームが好きな私にはクラスの男子なんてあまり興味がなく、仲良しのお友達とお絵描きしているほうが楽しかった。

桜が風に舞う頃は少しだけ自分が大人になった気持ちでランドセルを背負う。今日からまた新しい学年にあがる。クラス発表の紙が廊下に貼られているのをドキドキしながら見た。

私は3年2組だ。
仲の良い友達が同じクラスにいることに安心しながらも新しいクラスは楽しいかな、担任の先生は誰かな、なんてずっとそわそわしていた。

あ、そういえば大森くんが同じクラスだ。
仲良くなれるかな。仲良くなれたら友達とうまくいくように協力してあげたいな。友達はクラスが離れてしまったから。

あっという間に日差しが眩しい季節がやってきた。すっかりと新しいクラスに馴染んだ私は大森くんとも仲良しになっていた。そう、まさに気の合う男友達。

きっかけはドラクエだった。
大森くんが男友達とドラクエの話をしていた。あそこが全然わからなくて…と聞こえてきて、ちょうどクリアしたばかりの私は「そこはまずあの宝箱を取りに行くんだよ」と少し自慢げにアドバイスをしてあげた。

「えっドラクエやるの?」
「うん、もうクリアした」
「すっげー!!」

女の子と話している方が楽しかった。
でも、大森くんと話せば話すほど好きなものが似ていてずっとずっと楽しかった。

席替えで隣の席になった時は正直とても嬉しかった。毎日色んな話をした。漫画の話、ゲームの話、最近読んだ本の話。頭の良い大森くんは授業でわからないことがあれば聞いたら大体なんでも教えてくれた。

「なぁなぁこれ見て!」
大森くんが自慢げに見せてくれたドラクエのバトルえんぴつ。

「わーーいいないいな!」
「お前に一本あげるよ。」

そう言ってもらったバトエンはずっと大切に筆箱の中にしまっていた。


夏休み、私は外に出るのがおっくうで扇風機の風にあたりながらダラダラとベッドの上で漫画を読んでいた時だった。

プルルルル…
電話の音が部屋に鳴り響き、3コールもしないうちに母が取った。

「大森くん」

子機を私に渡しながらそう言う。

えっ?大森くん????
なに??????

「えっなんで?」
「知らないわよ〜早く出ちゃいなさい。」

大森くんから電話がかかってきたこと。
母に繋がってしまったこと。
変に思われてないかな。恥ずかしい。でもなんで電話?なにかあった?なんで?なんで?

「も、もしもし…」
『あーーごめん急に!聞きたいことがあって!』
「どうしたの?」
『あのさ、ドラクエのあれが…』

ドラクエでどうしてもわからないことがあったので私に電話してきたという。本当にそれだけ。時間にして5分もなかった。

あつい。顔があつい。夏のせい?ううん、違う。男子が家に電話をかけてきたなんて恥ずかしくってたまらないのだ。大森くんじゃなくてもきっと恥ずかしいに決まってる。火照る顔を冷ましたくて私は扇風機にあたりにいった。

夏休み終盤、私は毎年のことながら宿題に追われていた。今日中にある程度終わらせないと夏祭りには行っちゃだめとお叱りをうけていた。夏祭りは夜に行われるので絶対に絶対に行きたかった。小学生にとって夜に友達とお出かけできるのは最高に楽しいイベントなのだ。風邪で学校休んだ時にママと一緒に食べるお昼ご飯とアイス並みに嬉しいレアイベントなのだ。行かないわけにはいかない。

なんとか必死にドリルを終わらせて外出の許可が出た。地元の小さなお祭りなので浴衣は着ない。友達の家に自転車を置いて、そこから歩いて公園に向かった。

もらったお小遣いを計算しながら使い、キラキラ光るサイリウムのブレスレットを友達みんなで付けた。
キョロキョロと周りを見渡す。いないな。会えると思ったのにな。お洒落してきたのに。

「あっ大森達も来てるじゃん。」
友達が指差す方向を見る。

嬉しかった。会いたかったから。
そっか、会いたかったんだ私。
そっか、大森くんのこと好きだったんだ。

気持ちに気付いたのは祭りの灯りが消える1時間前。


「今はね、もう大森くんのこと好きじゃなくて違う人が好きなの。」

これは、私の友達の台詞。
最初に私に大森くんのことを教えてくれた友達。

やっぱり友達の好きな人を好きって子供ながらに罪悪感があった。いや、子供だからこそか。別に付き合うとかそんなの頭にもなかったけど、同じ人を好きになるっていけない感じがしたから友達に思い切って聞いてみたらそう返ってきた。

「そっか、そうなんだ!頑張ってね!」
友達には、大森くんのことを好きになったとはなんとなく言えなかった。

あの暑い夏の日が嘘かのようにあっという間にコートを羽織る冬がきた。そして気がついたらまた桜が咲いていた。

朝の読書時間、私が読む本は大体大森くんがオススメしてくれた本だった。小説を貸してくれる代わりに私が漫画を貸す。漫画なんて学校に持ってきちゃいけないから誰にもバレないように紙袋に入れてこっそり渡す。2人だけの秘密。人気者の彼を好きな子は沢山いた。私は彼の1番仲の良い女友達だった。そして、私が大森くんのことを好きなのは誰も知らなかった。

5年生になった。うちの学校では2年に1回クラス替えがある。つまり5年生が最後のクラス替え。卒業までこのクラスなのだ。

仲の良い友達がいますように。
良いクラスでありますように。
大森くんと同じクラスになれますように。

張り紙を見た。自分の名前を確認した後、クラス全員の名前を見る。

大森くんは……

同じクラスだった。

良かった!良かった!嬉しい!!!
心の中でガッツポーズをしながら、新しいクラスに入っていった。

初めて同じクラスになった子も何人かいて、4年生の時に可愛いなって思って密かに憧れていた女子も同じクラスだった。

彼女は優ちゃん。可愛くて、お洒落で、頭が良くて、誰にでも好かれていて、確実にカースト上位の女の子。

知らなかった。大森くんとマンションが同じで、親同士仲が良くて、幼馴染なこと。

優ちゃんが大森くんを好きなことを知ったのは、修学旅行の夜だった。私は今好きな人いないかな〜なんて笑って誤魔化したけど、本当は泣いちゃいそうだった。だって、そんなの、かないっこない。ヒロインだもん。幼馴染なんてずるい。親が仲良いなんてずるい。同じピアノ教室で、同じ塾で、そんな漫画みたいな。私はぽっと出の脇役で、優ちゃんからしたら敵でもなんでもない。

大森くんと付き合いたいとかそんなことは思ったこともなくて、思ったこともなかったけど、少女漫画に憧れていた私はやっぱりどこか少しだけそんな未来を思っていたのかもしれない。

このクラスになって1年が過ぎようとしていた。明日は6年生の卒業式、私たちも来年には卒業式なんだ。

優ちゃんから突然、私にしか頼めないのって切羽詰まった様子でお願い事があると言われた。

渡されたのは可愛らしい封筒。

「これ、大森に渡して欲しいの。」

頭を鈍器で殴られたかのように私の時間は一瞬止まった。思考停止。なんで。

「なんで私?」

頭の中で思ったことがそのまま言葉として出てしまった。

「1番大森と仲良いから…」

ずるい。ずるいよ優ちゃん。自分で渡しなよ。嫌だよ。協力なんてしたくないよ。

頭の中で思ったことは今度は全部飲み込んだ。

「わかった!うまくいくといいね!」
「ありがとう…!」

可愛くて大好きな優ちゃん。同じクラスになって仲良くなれて本当に本当に嬉しかった。でも、こればっかりは悲しかった。

卒業式の準備で体育館に椅子を運んでる時に、預かった手紙を大森くんに手渡した。

「なにこれ?」
大森はいつものように笑顔で返してくれた。

「優ちゃんから。」
「優?なんで?」
「大事な手紙らしい。」
「いやだからなんでお前が渡すの?」

大森の顔から笑顔が消えたのはこれが初めてだった。あの瞬間、彼は何を思ったのか。

休み明けの月曜日、朝教室に入ると優ちゃんがあのいつもの可愛い笑顔で私に抱きついてきた。

「ありがとう!本当にありがとう!!」

どうやらうまくいったらしい。お似合いの2人。私のおかげだなんて凄く感謝されたけど、私はただ手紙を渡しただけだから。

そこから大森くんとはあまり話さなくなった。
私も避けてたし、彼もどこか私を避けてる風に見えた。


これが私の初恋。誰にも言えなかった、叶わなかった初恋の話。


その後中学生になった私たち。
優ちゃんは私立の中学へ。私と大森くんは地元の中学へ。どうやら風の噂によると優ちゃんと大森くんは自然消滅したらしい。私は大森くんと3年間同じクラスで、でも中学生にあがると女子と男子が全く仲良くなくて、みんな思春期か???ってぐらい仲悪くて。私と大森くんはその中で言えば割と話すほうだねぐらいの距離感だった。


ハタチの同窓会では全然話せなかった。

23歳になった。
小学校からの友達と遊んでいて、地元で遊ぶから誰か誘おうよって話になり大森とかどう!?と友達が提案してきた。

気になったのは事実だ。会いたかったのも事実だ。あんなに仲良かったのに中学卒業してから話していなかった。

友達伝えで連絡先を聞き連絡をしたら「空いてるから行く」とすぐ返事が返ってきた。

ドキドキした。大森くんはどんな大人になってるのだろうか。

地元の居酒屋で友達と先にお店の中に入ってたら大森くんがやってきた。

あまり見た目は変わっていなかったのですぐにわかった。身長はあまり伸びていなかったけど私より少し高くなっていた。笑顔はあの頃のまま。

「久しぶり〜!!!!!」
お酒の力と懐かしさでテンション高く出迎える。

「まじで急すぎてマルチの勧誘かと思ったわ…」

そんな冗談も交えながらも3人で昔話や近況など楽しく話した。

2時間ぐらい経った後酔いもいい感じにまわってきたところだった。友達がトイレに行く〜とふらふらしながら個室から出た。

大森くんと2人で話すのなんて中学生ぶりだ。

「お前がさ〜」
大森くんが話し始めた。

「え?」
「お前がさ、紅茶好きって言ったじゃん。あれから俺ずっと紅茶飲んでたの。」

…???

「なんの話…?」
「いやだからお前が小学生の時紅茶好きって言ったじゃん!」
「言ったっけ…??」
「言ったよ〜。俺それ聞いてかっけーって思って、それから紅茶飲むようになったんだよ。」

思わず笑ってしまった。
思い出話にかこつけて、あわよくば好きだったとかあの時手紙渡したくなかったとか言っちゃおうかななんて思ったりもしたけど、そんなのどうでも良くなっちゃった。

彼の中にも私がしっかり存在したんだ。
思い出の中に私がいたんだ。

私、紅茶好きなんて言ったこと全然覚えてないけど、それが彼に影響を与えたこともあったんだ。

なんで、今、このタイミングでそんな話をしたのかは全くわからないけど。それでも私は嬉しかった。小学生の時の気持ちが報われた気がした。

そこから終電までめちゃくちゃ楽しく笑って話して、最後はまた飲もうねなんて言ってバイバイして。

そこから10年、会うこともなく私は結婚した。初恋なんてそんなもの。彼は今どこで何をしているのだろうか。


紅茶でも、飲んでるのかな。

私は今、幸せに暮らしているよ。

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