純喫茶珍事件
ちょこっとですけどスキがいただけてうれしい今日この頃でございます。
今日は、2年前ほど前に喫茶店で起きたことをふと思い出したのでそれを書きます。題して「純喫茶珍事件」。見た目の破壊力がすごい。強そう。「わては四字熟語になんか負けへんでぇ、こちとら六字熟語でやらせてもろてますからねぇ!」みたいな感じ。
本題に入りますね。
そう、あれは2年ほど前。私にはお気に入りの喫茶店があった。家の近所だったので、結構な頻度で通っていた記憶がある。「THE・喫茶店」というような感じ(これを純喫茶と呼ぶのか)で、大変居心地がよいのだ。店内は程よく静かで、そして程よい音量でjazzが流れている。お昼時を除いて、お客さんも程よい少なさである。そしてこれは結構大事なことなんだけど、客が自分ひとりになることはほとんどない。もちろん店主の方も干渉し過ぎない穏やかな方、という好物件であった。椅子もおおむね座り心地が良く、気づけば2時間も座っていたということもしばしばあった。それを許容してくれる喫茶店なのだ。コスパ悪い客でごめんなさい。
私がこの喫茶店に行く理由はだいたい2つだった。ひとつは、書き物系の作業をしたいとき。もうひとつは「やばい今日何もしてない掃除する予定やったのにしてないし洗い物もしてないやばいやばいなぜもう夕方になっている?これはもうあそこ行こう本読もう、そして外に出たという事実を作ろう」というときである。珍事件が起きたのも後者の理由で喫茶店に行ったときだったと思う。
その日私は店に入って、本を読んでいた。たしか、「東京百景」(又吉直樹著)だったと思う。しばらくしてとなりの席に人が座った気配がした。ここまでは何もおかしくない。よくあることである。しかし、ひとつだけ異なる点があった。それは、その方の視線を異常に感じたことだ。
え?めっちゃ見られてる?いや気のせいか?いや絶対に見られてる。すごく気配がする。異常な気配。私が読んでる本が気になるの?これ、又吉さんの「東京百景」と言いまして、又吉さんが東京で過ごした思い出や記憶が綴られていまして、私は又吉さんの表現やちょっとひねくれた考え方がすごく好きで、あの、なんならお貸ししましょうか?と気配に話しかけていたら、気配ではなくて気配の持ち主が突然
「これ持ってきちゃまずかったですかね?」
と話しかけてきた。
お気づきの通りこの時点では私は気配の持ち主ではなく気配と話していたので、声をかけられてから初めて気配の持ち主を見た。ひと目でわかった。彼はホストだった。夜のにおいがプンプンした。
彼が手に持っていたのは、あろうことかストロングゼロ。そう、あのストロングゼロ。アルコール度数9%で、すぐに現実から逃避できるあの飲料物。
え?ストロングゼロ?こんな純喫茶にストロングゼロ持ってくる?しかもフタ空いてるがな!飲みさしやがな!ここまで純喫茶にそぐわない飲み物持ってくる?純喫茶にそぐわない飲み物選手権不動の1位のストロングゼロ。どう考えてもまずいでしょ、それはまずいよ。いやーまずいまずい。私に確認することではないよそれは。しかもこわい。何より怖い。夜のにおいがすごい。普段23時には睡魔に負けて寝てる私には刺激が強いのよ。
「ちょっと……まずい?んじゃないですかね…?」
あれほど脳内はうるさくなっていたし、それに「絶対ダメでしょ」と思っていたのに、私の小心者が先頭に立って曖昧な返事をした。そのためこの返事は私の本心ではないことを理解していただきたい。
でも彼は素直に「…っすよね」と返事し、ストロングゼロを最後に一口飲んで(心残りがあったのだろう。きっと。)申し訳なさそうにソファに置いた。そして彼はボンゴレビアンコを注文した。
一安心し、再び本を開けようとしたところで、彼は
「僕、何してると思いますか?」
と聞いてきた。彼は職業のことを聞いてきたのだ。彼は見るからにホストだ。ホストの道を貫いている、志高きホスト。考える時間はいらない。だってホストだもん。
「……そうですね…えーーと……ホスト…?ですかね?」
って答えた。また私の小心者が先陣をきって答えやがった。疑問形などにしなくてもよいのに。自意識とひとり戦っていると、彼はどこ吹く風で嬉しそうに
「やっぱ見えっすか?そうなんすよ、俺ホストなんすよ」
と答えた。でもその職業は私の知らない世界なので当然話を広げられることはなく、「目指したきっかけは何ですか?」「やりがいはなんですか?」と就活で聞くようなことを当時の私が思い浮かぶわけもなく、とにかく愛想笑いをしていた。目の前に小宇宙が存在していたのではないかと思うほどカオスな時間だった。
しかし、救いの手が突然差し伸べられた。ほどなく彼が注文したボンゴレビアンコが運ばれてきたのだ。やはりこの喫茶店は優秀だ!これ以上は耐えられないというタイミングで運ばれてきたボンゴレビアンコ!あの時は本当に店主に後光がさしていた。単に照明の塩梅のせいだったのかもしれないけど。
彼がボンゴレビアンコをおいしそうに食べ始めたので、私は安心して読書を再開した。井の頭公園での話だった。
もう久しくあの喫茶店には行けていない。そろそろ行こうかな。あの珍事件があった数週間後に喫茶店に行ったとき、偶然にも再び彼が来店したのはまた別の話である。
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