サンタクロースお手伝いの指定校
学級活動の時間に、先生が言った。
「今年、大森小学校は、サンタクロースのお手伝いの指定校になりました。」
先生の名前は、澤田先生。4月から6年2組の担任の先生だ。クラスメイト、お互いの名前と顔を覚えたころの4月下旬、澤田先生の言葉で、クラスはザワザワした。
「それでは、今日はサンタクロースの代理の方がいらっしゃっているので、説明をみんなでききましょう」
澤田先生はそう続け、教室の後ろに座っていたメガネのおじさんを前に呼んだ。
「みなさんこんにちは。私は、サンタクロースの代理をしています、十文字といいます。
みなさん、サンタクロースは知っていますか?クリスマスに、子供たちに贈り物をくれる、赤い服を着て、トナカイを連れたおじいさんとして知られていますね。サンタクロースはとても忙しいので、私のように代理の者が何人もいるのです。
実は、サンタクロースは数年前から人手不足です。そこで、毎年一部の小学校にご協力をいただき、サンタクロース業務を手伝ってもらっているのです。みなさんの大森小学校は、今年、お手伝いをお願いしたいのです」
十文字さんがそう続けると、教室はよりいっそうザワザワした。
「え?サンタクロース?マジで?」「本当にいるの?」「いるわけないじゃん」生徒たちからはそんな声がちらほら聞こえた。
十文字さんは、そんな言葉には慣れっこな様子で「信じてもらえなくても結構ですよ、これから何回か学級活動の時間を、少しお借りします。お手伝いをしていただける方だけ、よろしくお願いします」と話した。
十文字さんが話す、サンタクロースのお手伝い内容は下記の通りだった。
・この町の子供たちが欲しがるであろう、おもちゃとその数を予想すること
・おもちゃ購入資金の足しになるよう、「誰かが喜んでお金を払ってくれそうなアイデア」を出すこと
・クリスマスまでに早寝の習慣をつけること
・お手伝いは参加したくない人はしなくても大丈夫。でもやり遂げてくれたら、最後に何でも質問に1つ、サンタクロースが手紙で答えてくれるということ
十文字さんは静かにゆっくりと話す、不思議な雰囲気の人で、いつのまにかザワザワしていたクラスはしーんとしていた。
「最後に、このお手伝いのことは6年生だけの秘密にしていただきたいのです。約束していただけると嬉しいです。では、また来週の学級活動で会いましょう」
十文字さんはそう言って、澤田先生にぺこりと頭を下げ、教室を出て行った。
澤田先生にみんなが「澤田先生!どういうこと?」「サンタ、本当にいるの!?」と質問がとんだが、先生はにっこりとして「質問は、お手伝いをやり遂げた人にだけ、最後に教えてくれるんじゃなかったっけ?」と言い、そのまま学級活動は終わった。
次の日の朝、6年2組はザワザワしていた。
「昨日のお手伝いの話、パパやママに話した?」「ううん、話そうと思ったけど、次の学級活動の後でいいかなと思って…。」
誰も十文字さんとの約束を、破っていないようだった。
そして翌週の学級活動、十文字さんはやってきた。
「みなさん、協力どうもありがとうございます。本当に助かります。では、この町の子供たちが、どんなものをクリスマスに欲しがるか、何を何個用意したらいいのか各班ごとに予想してくださいね。みなさんの参考になるよう、私が知っている分の、町にいる子供の人数と年齢を、プリントにして配ります。」
十文字さんはプリントを配り、隣の6年3組へ説明に出て行ってしまった。
ある班では「え~何が欲しい?」「俺は、ゲーム!ゲームソフトが山ほどほしい!」と、自分が欲しいものを言い合っていた。
また別の班では「幼稚園の女の子はプリンセスセット、男の子は電車でいいんじゃない?それでもう数を決めちゃおうよ」「でも私女の子だけど、幼稚園の時にプリンセスセットより拳銃をお願いしたことあったよ」「え~そんなこと言いだしたらいつまでたっても決まらないよ~!」と少しもめていた。
結局、1時間では終わらずに、おもちゃの予想は5月が終わるまでかかった。
それでも、各班の予想のおもちゃも個数も、てんでばらばらだった。
回答したプリントを受け取った十文字さんは
「みなさん、ありがとうございます。各班の予想をもとに、数をサンタクロース本部で分析しますね。本当に助かります」と、小さな声でいい、笑顔で頭を下げた。
帰り道でこんな会話があった。
「ねえ、あの子供がほしがるおもちゃ予想ってさ、僕思ったんだけど。もしかして十文字さんはおもちゃ会社の人なんじゃないかな。それで、クリスマスに売れそうなおもちゃを今からたくさん作るんだよ」「あ、そうかも。な~んだ!」
それでも子供たちは誰も、6年生以外の誰かにお手伝いの話をしたり、秘密を破ったりはしなかったようだ。
6月に入り、学級活動に十文字さんがやってきた。
「こんにちは。今日は、みなさんにお仕事のことを考えてもらいます。サンタクロースがおもちゃを買うには、とってもたくさんのお金が必要です。みなさんが予想してくれたおもちゃを、この町の子供たち全員に買うためには、これだけのお金がかかります。」
十文字さんが黒板に数字を書いて、みんなは驚いた。0が何個も何個もついている。右から順番に数えないといくらなのかわからない。
みんなが数字を数えていたところで、十文字さんがまた言った。
「サンタクロース本部では資金を準備するために、たくさんの事業を展開しています。その事業に参考にするためにみなさんのアイデアをください。喜ばれ、そしてお金を払いたいな、と思うようなお仕事を考えてくださいね。」
十文字さんは、プリントを配って、また隣のクラスへ行ってしまった。
ある班では「サンタクロース、子供に喜んでもらっているのにね。ああでもそういえばサンタクロース、喜ばれてもお金はもらえないもんなぁ」と誰かが言った。
別の班では「僕は、サッカーをしてるけど、すぐ疲れちゃってスタミナが足りない!ってコーチに言われるんだよね。だから、スタミナがつく薬があれば、うれしいしお小遣いをためて買うかも。」と言った。
遠くの班では「既存のビジネスを小さくまねして、成功したら大きくしていくものなんだよ。あとは、投資だね」という声が聞こえた。
今回のお手伝いは「誰かに喜んでもらえる」というポイントがあったので「どんなことが自分はうれしいか」という楽しい会話で教室中が盛り上がった。
十文字さんはプリントを回収してにっこりとして言った。
「ありがとうございます。みなさんがうれしいことが、こんなにたくさん書かれているのは素敵ですね。サンタクロース本部でもよく読んで、喜んでもらえる事業を考えていきますね」
帰り道で、こんな会話があった。
「私、将来はパティシエになりたいんだけど、誰かがお金を払ってくれるほど喜んでくれるかな。」「私は、なりたいものは決まっていないけど、喜んでもらえるお仕事っていいよね」
7月になった。
学級活動の時に、十文字さんが来た。
「こんにちは。みなさんのアイデアのおかげで、新しい事業もスタートできそうです。もしかしたら、この前お伝えした金額が、クリスマスまでの用意に間に合うかもしれません。ありがとうございます。」
十文字さんは続けた。
「みなさんに最後のお手伝いのお願いです。サンタクロースがクリスマスにプレゼントを配りきるために、早寝の習慣をつけてください。子供たちの家を回るのに、たくさん時間がかかります。でも、最近は夜遅くまで起きている子供も多いですね。お勉強や遊び、忙しいとは思うのですが、早く寝るようにしてください。サンタクロースがプレゼントを配るのに、間に合わない子が出てしまうと、本当に悲しいからです。」
その言葉に、クラスのみんなは「ヒィッ」と小さな悲鳴を上げた。寝るのが遅いと、夜の間にプレゼントが配り切れないということに気づいたからなのだろう。
「それでは、私が来るのは今日が最後です。みなさん、お手伝いをここまでありがとうございます。サンタクロースに質問がある人は、今日、この手紙に書いてください。クリスマスまで早寝の習慣を続けること。そこまでが、お手伝いですが、先にみなさんからの質問だけ、預かっておきますね。」
みんなは学級活動の時間いっぱい使ってサンタクロースへ手紙を書いた。もしかしたら、欲しいおもちゃを書いた人もいたかもしれない。
帰り道では、こんな会話が聞こえた。
「十文字さん、もう会えないの、ちょっとさみしいね」「ほんとだね…みんな早寝、しなくちゃね」
別の道からは、こんな会話が聞こえた。
「お金、足りそうだって言ってたけど、足りないこともあるのかな。」「あるっぽいね。私、サンタクロースにお願いしたのと、違うものが届くもん。」
不思議と、十文字さんがおもちゃ会社の人だとかいう人はいなくなっていて、本当に十文字さんがサンタクロースの代理の人だと、みんな信じていた。
8月、9月…と、月日が過ぎて、だんだんみんな十文字さんのことを忘れていった。
秋になり、冬になった。
木枯らしが吹き、分厚いジャンパーを着るようになった。
ある日、澤田先生が言った。
「みんなに、お手紙を預かっています~」
澤田先生が持っていたのは、サンタクロースからの返事だった。
みんなそれぞれ、サンタクロースに質問をしていて、その返事をもらっていた。
ある子にあてた手紙には、サンタクロースからこう書かれていた。
「こんにちは。今年はお手伝いをどうもありがとう。おかげで今年のサンタクロース仕事はうまくいきそうです。たくさんの子供たちに喜んでもらえるようにサンタクロースもがんばります。
サンタクロースが来ない家もあるのはなぜ?と質問をくれましたね。
みなさんが協力してくれても、全員分のおもちゃを用意しきれない時や、子供がいるお家を、見逃してしまうことがあります。夜の時間内に終わらなくて、あきらめることも。もし、あなたの家に行けなかったことがあるのなら、本当にごめんなさい。それでも、一人でも多くの誰かに喜んでもらえるよう、サンタクロースを続けていたいのです。」
そして、冬休みになり、クリスマスイブがやってきた。
6年2組のみんなは、それはそれは早くベッドに入り、頑張って寝たらしい。
みんなのところに、サンタクロースは来たのかな。お手伝いしたから、ちょっとくらいプレゼントを豪華にしてくれてもいいのにね。
おしまい。
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