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『被り』

『被り』【超短編小説 085】

今日はいい天気だ。工場を閉めるには、もってこいの陽気だ。
朝礼が始まる前の数秒間、工場の汚れた窓から空を眺めて大きく深呼吸をする。

わたしの父が立ち上げたこの工場は、かつて鉄道車両の部品製造で国内シェアトップを担うほどの技術と信用力を誇っていた。順風満帆な時期にわたしは社長の座に就いたが、近年、海外製品との競争に敗れて工場を閉鎖せざるおえなくなってしまった。

今日が最後の日。午前中に出荷業務を終えたら、いつも通りに清掃をして、社員に給料を渡して、わたしの手でブレーカーを落とす。
工場も土地もすでに売れている。来年にはここにマンションが建つらしい。
正直、最近は資金繰りが厳しかったので、これで肩の荷が下りると思うと今日の空のように心の中は清々しかった。

明日からは、年相応の何か新しいことを始めよう。前進する気構えが溢れている。そういえば、わたしは父の工場を継ぐ前に小説家になる夢があった。

子供の頃からわたしは空想が好きで、思いついた短編小説をノートに書き溜めていたのである。主にSFが好きで自分の書いた物語を何度も何度も読み返して一人で勝手に興奮していたのを覚えている。自分の作品が好きすぎて、本屋で売っている本は読んだことは無かった。

中学生の1975年12月、わたしの短編小説のファンである同級生の勧めで出版社のコンテストに応募したことがある。「たくさんのタブー」という作品だった。そしてその作品で入賞して、わたしは中学生作家としてデビューすることとなったのだ。

しかし、わたしはデビューすることは出来ず。入賞すら取り消されてしまった。

理由は、「盗作」。
デビューと、今後のスケジュール決めのために編集者との打合せがあったので、わたしは今まで書き溜めた200編の短編が書かれたノートを持っていった。その作品の多さに編集者は喜びと驚きの表情だった。がしかし、いくつかの短編を読み進めているうちに編集者の眉間にしわが寄り雰囲気が一変した。そして一言「これ、あなたが全部書いたの?」
わたしは、にこにこしながら「はい」と答えたが、編集者は更に困惑したような表情になった。わたしのノートは一度出版社に持ち帰らせてほしいと言われたので、承諾して、打合せは終わった。

後日、編集者から連絡があり「新作を書いて下さい」と依頼があったので、新しい短編を3編ほど書いて編集者に持って行った。

そこでの出来事は、思い出すと今でも辛くなるくらいのものだった。
編集者2名と編集長が目の前に座りわたしの新作を代わる代わる読んだ後に、編集長に「キッ」と睨まれ「大人を馬鹿にするな!」と激しく怒鳴られたのだ。そのあとも長い間、ひどい口調で怒られて、説教されて、ノートを投げつけられて、出版社を追い出された。わたしは意味も分からずに泣きながら家に帰った。

翌日、同級生に出版社で起きたことと言われたことを報告した。わたしの書き溜めた短編は、全て有名作家の「模写」であり、応募作品と新作は、その作家の未発表作品の「盗作」であると言われ、どこでどのように盗んだのか問い詰められたこと。そしてその問いに何も言えなかったこと。

わたしも同級生も有名作家の名前は知っていたがその作家の本を読んだことなどなかった。すぐに2人で図書館へ行きその作家の本を読んでみた。

驚くべきことに、作家の作品とわたしの短編は、タイトルも内容も全く同じだった。文章の一字一句、登場人物の名前、句読点の位置、完全に被っている。わたしも同級生も言葉を失った。

わたしの短編の作成日が作家の発表日よりも明らかに早い作品もあった。しかし、わたしが作家の作品を模写していないことと同様に、作家もわたしの短編を模写することは出来ない。この「被り」はあまりにも非現実的な奇跡であった。

翌年、わたしの入賞作品と新作と同様の内容の短編小説が発表された。もちろん有名作家の作品として。

わたしはその後も短編小説を書き続けた。そして全ての短編が完璧に有名作家の作品と「被り」続けた。わたしにとってそれは嬉しいことだった。なぜなら、わたしの短編と同内容の作品が世に出ると、みんなが評価する。それは作家と作品への評価であると同時にわたしへの評価でもあったからだ。「面白い」「驚いた」「次が楽しみ」「短編の神様だ」などと言われて有頂天になる時もあった。

わたしは大学を卒業して、父の工場で働くようになり短編小説を書くことをやめた。それまでに書いた短編小説は1138編にのぼる。1138編、見事にあの作家の作品と「被り」続けた。

社長になって30年。あっという間だった。苦楽を共にしてきた社員も若い社員も、わたしの知り合いの会社で高待遇で雇用してもらうことになったので、みんな表情は明るい。

工場長に促され最後の社長挨拶をした。

最後の日とは思えないくらいバタバタと忙しい一日が過ぎ、気が付けばもう夕方5時になっていた。社員一人一人が挨拶をしてくれて、最後の一人を見送る。事務室に戻り神棚の整理を行い、最後に自分の席に座った。袖机の引き出しの鍵を開けて中から封筒を取り出す。

わたしの1138編の短編小説が書かれたノートが入っている封筒。
封印を解いて、再びノートを開く。改めて読んでみるとやっぱり面白い。
白紙のページを開いて思うがままに鉛筆を走らすと、何十年というブランクを感じないくらい物語が溢れてくる。あっという間に短編を1編書き終えて余韻に浸る。

明日からまた短編小説を書こうと決心する。あの作家はもうこの世にはいないので、これからはわたしだけの作品なのだ。微笑みながらわたしは工場のブレーカーを落とした。

通いなれた道を歩いて、我が家に帰ると窓から室内の明かりがもれている、玄関先まで妻の料理のいい匂いが漂っていた。
勢いよく玄関扉を開く。

「ただいま!」

「お帰りなさい お父さん!」
「おかえり パパ!」
「お帰りなさい あなた お疲れ様でした」

娘のユリカとマリナが元気よく、そして妻の香代子が優しくわたしの帰りを迎えてくれた。

未来都市01

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