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ミッションとパーパスは同じもの

 2,000字くらいで書けるんじゃないかと思っていたら、約4,700字になってしまった。

 ミッションとパーパスは、企業理念に関する文脈で多用され、時おり混乱を引き起こす。その意味や定義を巡って、何時間も(あまり利益の無い)議論が今日も日本のどこか勃発しているかもしれない。

 この二つが異なるものだと主張する人もいる。Web上で検索すれば山ほどその種の記事が見付かる。僕がこの記事を書くのをためらったくらいだ。
 しかし、同じものだと考えると極めてすっきりするという利点がある。また、もともとは同じものとして使われていたと考えられる。


1.一般的な定義のおさらい

ミッション mission
ビジネスの文脈では、日本語では「使命」や「存在意義」と言う。企業が社会の中で果たすべき使命である。
ちなみに英和辞書では次の訳語が当てられている。

mission
〔海外交渉団などの〕任務、使命。
〔人がその全てをささげる〕使命、天職、目的、目標。
出典:スペースアルク

パーパス purpose
ビジネスの文脈では、日本語では「存在目的」や「存在意義」と言われる。(ここで「存在意義」の訳語がmissionとかぶっている。)
社会の中で、何のためにその企業が存在するのか?を定義したものである。

 どうもこの「パーパス」と言う言葉がビジネス界で一躍脚光を浴びるようになったのは、米ビジネス・ラウンドテーブル(日本の経団連みたいなもの)が2019年8月19日に出した声明の影響が大きいようだ。(この辺もいくらでもWeb上に記事があるが、たとえばHBR日本語版[2019.9.11]を見られたし。)この声明は「株主資本主義」を批判し、企業は自社利益の追求だけでなく「purpose」を実現すべきであると主張した。
ちなみに英和辞書では次のようになっている。

purpose
〔望む〕目的、目標、狙い。
〔存在などの〕理由、意義、意味
出典:スペースアルク


2.ミッションとパーパスを違うものとして定義すると不自然になる

 Web上を検索すると、両者を別々のものとして定義した説明は容易に見付かる。(あえて個別のWebサイトは明示しない。)

例1
パーパスとは、その企業が何のために存在するか?、を言うものであり、ミッションは、そのパーパスを実現するために何をやるか?を言う。

例2
パーパスは、社会(3人称)の視点が含まれる。ミッションは、企業(一人称)の視点で定義される。その企業が(パーパス実現のために)やること。 

 一見筋が通っているように見えるが、実際ミッションやパーパスを作ろうとすると、かなり混乱するのではなかろうか。

 まず例1について考えてみる。

 企業全体を視野に入れた文脈で、言い換えれば抽象度が高い議論で、「我が社は~のために存在する」と「我が社は~をやる」は、ほとんど同じ表現になるんじゃないだろうか。それを考える題材として、ジョンソン&ジョンソンの企業理念の一部(※)を挙げる。

<ジョンソン&ジョンソンの企業理念(一部)>
当社は「痛みと病気を軽くするために」存在している。
※正確には、同社の企業理念と想定されるものとして、『ビジョナリー・カンパニー』で紹介されているもの。
ジム・コリンズ他著『ビジョナリー・カンパニー』[日経BP]p113

 どうだろうか。「痛みと病気を軽くする」はミッション(使命)だと言えそうだし、「痛みと病気を軽くするために存在する」はパーパス(存在意義)だとも言えそうだ。もちろんここで頑張って、あくまでもミッションをパーパスと違うものとして記述することもできるはずです。記述レベル(粒度)を変えれば良いのです。パーパスより一段階ブレイクダウンしてミッションを記述すれば良い。(実際、そのように考えてミッションとパーパス両方を制定した企業もあるようだ。)しかしそうなると、結局ミッションとパーパスは本質的には同じものであり、1個の概念に対して要約(スローガン)と説明文(ボディコピー)を作ったに過ぎない。

 次に例2について考えてみる。

 題材は同じくジョンソン&ジョンソンの企業理念である。『当社は「痛みと病気を軽くするために」存在している。』は明らかに企業の視点(1人称)で書かれている。しかし、これに社会の視点(3人称)が入っていないと言い切れるだろうか。もともとミッションとは、社会の中で企業が何をなすべきか?を規定するものである。それゆえ、ミッションには社会の視点は必ず入っているのである。もちろん、ここでも頑張ってあくまでもミッションとパーパスを違うものとして定義することも可能なはずだ。形式的に、文章を1人称で書くか、3人称で書くか、を分ければ良い。しかしそうなるとやはり、ミッションとパーパスは本質的には同じものだということになってしまう。

3.ドラッカーは区別していない

 ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)の概念の提唱と言われているドラッカーは、少なくともその著書『マネジメント』の中では、missionとpurposeを区別していないようだ。(企業理念としてのミッションという概念を初めて用いたのが誰だったのかは寡聞にして知らないが、ドラッカーは現代経営学の父とも呼ばれている人だから、少なくとも現代経営学の範囲内ではドラッカーが最初だと考えて差し支えないであろう。)
 たとえば、ドラッカーは次のように書いている。

マネジメントには、自らの組織をして社会に貢献させるうえで三つの役割がある。それら三つの役割は、異質ではあるが同じように重要である。
①自らの組織に特有の使命を果たす。マネジメントは、組織に特有の使命、すなわちそれぞれの目的を果たすために存在する。
(太字はわたくし。)
ドラッカー著、上田惇生編訳『【エッセンシャル版】マネジメント 基本と原則』[ダイヤモンド社]p9

 なお、原書だとこうなっている。

There are three tasks―equally important but essentially different―that face the management of every institution.
To think through and define the specific purpose and mission of the institution, whether business enterprise, hospital, or university.
(太字はわたくし。)
Drucker "Management, revised edition"[2008], p26

 日本語版では明らかに、使命と目的は同義語として扱われている。(ちなみにマネジメントの初版が出たのは1973年である。実にビジネス・ラウンドテーブルがパーパス重視の声明を出す50年近く前である。)しかし原書では「purpose and mission」と並列で書いてあり、ここだけ読むと、両者は別々のもので、それぞれ定義する必要があるかのようにも、読めないこともない。そこで別の箇所も念のため見てみる。

 以下はすべて、「3 事業は何か」という標題が付けられた一節からの引用である。

 企業の目的としての事業が十分に検討されていないことが、企業の挫折や失敗の最大の原因である。…
 企業の目的使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。…顧客を満足させることこそ、企業の使命であり目的である。…
したがって「顧客は誰か」との問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである。
(太字はわたくし)
ドラッカー著、上田惇生編訳『【エッセンシャル版】マネジメント 基本と原則』[ダイヤモンド社]p23~24

 少なくとも日本語版は全編この調子であって、使命と目的の二語は、本質的に同一の概念をより分かりやすく伝えるために、複数の表現を使っているものと理解できる。
 さて原書の対応箇所を探そうと夜中に頑張ってみたのだが、挫折した。ごめんなさい。というか手元にある日本語版のほうは「エッセンシャル版」(要約版)であり、原書はフルバージョンだから、常に一対一で対応しているわけではなさそうである。しかし、見る限りやはり別者扱いはしていないようであった。

 一つ傍証を挙げておく。前述の日本語版の章節構成は次のようになっている。

……
Part1 マネジメントの使命
  1 マネジメントの役割
 第1章 企業の成果
  2 企業とは何か
  3 事業とは何か
……
ドラッカー著、上田惇生編訳『【エッセンシャル版】マネジメント 基本と原則』[ダイヤモンド
], ix

 原書の、対応していると思われる箇所を含む章節構成は以下の通り。

……
Part Ⅱ Business Performance
 8 The Theory of the Business
 9 The Purpose and Objectives of
  a Business
……
Drucker "Management, revised edition"[2008], vii

 日本語版の「第1章 企業の成果」が原書の「Part Ⅱ Business Performance」に対応する。「9 The Purpose and Objectives of a Business」の中には、目次には表れないが「WHAT SHOULD OUR BUSINESS BE?」と標題の付けられた一節(p103~106)がある。かなり編集されているようだが、ここが「3 事業とは何か」に対応しているようだ。

 ここで注目するのは「9 The Purpose and Objectives of a Business」という標題である。標題にはmissionは出て来ないが、その中の文章には「purpose and mission」という表現が何度か登場する。要するにミッションについても言及されている。さらに同書の中には、ミッションについて特筆したセクションは、存在しないのである(少なくとも目次を見る限りは)。言い換えれば、パーパスを冠した一節の中で、パーパスもミッションも論じている。等しく重要な概念ならば、それぞれ一章節を設けて論じそうなものだ。

 実際、ドラッカーは事実上企業理念の型としてMVVを提唱した(※)が、この中にパーパスは入っていない。重要ではないから除外したのではない。パーパスとミッションは同じだからである。

※ドラッカーは、「MVVは企業理念の型だ」とは言っていないが、mission、vision、valuesを明確にすべしという趣旨のことは言っているので、事実上の提唱者と言って良いと思う。また、厳密には、『経営者に贈る5つの質問』ではvisionはmissionを補足するものという扱いで、必須のものという扱いにはなっていない。この辺のこともいずれ別途記事にしたい。

4.実用的なまとめ

 「我が社のミッションは?パーパスは??」と悩んでいる人のために実用的な助言にまとめるとすると、次のようになるだろう。

ミッションを既に定義しているのであれば、パーパスを新たに定義する必要はない。一方、パーパスを既に定義しているのであれば、ミッションを新たに定義する必要はない。

 ではなぜ、用語をめぐる混乱が生じたのであろうか。もともと英語ではmissionもpurposeも日常語なのに、外来語として日本語に入って来た時に、何か特殊な専門用語だと誤解されてしまったからではなかろうか。

5.補遺

 ドラッカーの他に、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』も援用すれば、この記事の説得力をもう少し増すことができるが、すでに長くなったのでごく簡単に触れる。

 同書によると、良い企業理念とは「目的意識」と「基本的価値観」(企業が大切にしている考え方と行動の仕方)の二つを含んでいる。コリンズの言う目的意識はミッションやパーパスであり、基本的価値観はバリューに相当する。

 また、ドラッカーがMVVについて解説した『経営者に贈る5つの質問』を確認すれば、この記事の主張の説得力をさらに補強できると思う。

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